4 閑話 元婚約者達の消息
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「マーク・クロス伯爵から報告がきました」
朝の挨拶をして机に座ると、今日の業務に使う書類を整理していたエドワードから、一通の手紙を差し出された。アイリーンは、封の切られたそれを受け取り目を通した。
「セシール、本当にアルカン村に出立したのね」
セシールが女児を産んだ時も伯爵から報告は来ていたが、そこには子どもの身体が弱く、クロフト領へ行くのはいつになるのか分からないと記されていたので、正直言ってセシールはこのまま伯爵家に残るのではないかと思っていた。
「キリアンが話してた事も、侍女にした非道な行いも、全て聞いた上で旅立ったって書いてあるわ。キリアンはもうあの村にはいない事も知ってるって。
それなのに子どもも、例の侍女も置いて一人で行ったそうよ。まさか、又死んでしまおうと思っているわけじゃないわよね」
「一応、子どもを迎えに来ると言っていたそうですから、そんな事はないと思いますが。アルカン村村長のジャックさんには、セシールが向かったことを伯爵から知らせたそうです。
最初、本人は乗合馬車で行くと言ったらしいですね。今まで乗合馬車に乗った事も無い女性が、しかも一人で旅するのは無理だと言い聞かせて、やっと伯爵家の馬車に乗せたらしいですよ」
「この手紙には、そんな事書いて無いわよ。エドワードは何で知ってるの」アイリーンは驚いて尋ねた。
「あの家には、前の素行調査の時に知り合いになった使用人が残っていますので」
当然のように答えるエドワードに、(ああ、こういう人だったわ)とちょっと脱力する。
アイリーンは終わった事はすぐに忘れて、次へ向かいがちだが、エドワードは一度作った関わりは出来るだけ無くさず、何かあればそれを取り出して生かしてくれる。
今回もアイリーンがセシールを気にしているのを知っていて、伯爵の手紙以上の詳しい情報を先回りして集めてくれたのだろう。
「色々調べてくれてありがとう、エドワード」お礼を言うと、彼は「何でもない事です」と答えて頬を緩めた。
「それにしても、キリアンはいったいどこに行ったのかしら。結局、キリアンのお母様、前の公爵夫人が彼に支援していたのよね」
「はい。それは判明した時点で、現クロフト公爵がすぐに止めさせましたが、そもそも王都を離れる時点で、相当の金銭と宝石を渡していたらしいです。前公爵は、妻が末子を溺愛しているのは知っていましたが、自分に背いてそんな事をするとは思っていなかったそうです」
「セシールもそうだけど、愛って時々恐ろしいわね。
夫人も、こんな事バレないとは思っていなかったでしょうに、結局離縁されて修道院へ行くことになってしまって。
婚約期間中に個人的にお会いした事が何度もあるけれど、本当に大人しくて、言葉は悪いけれどご自分の意見があるのかよく分からない、夫の言う事に決して逆らわない従順な方だったの。そんな方が独断でここまでするとは誰も思わないわ。
セシールだって、私に罪悪感があってもキリアンを愛してしまったって言うし、愛って良い事ばかりじゃないってつくづく思う。まあ、そもそも私にはそういう気持ちが良く分からないんだけど」
私があーあという調子で言うと、エドワードはニコリと笑った。
(え、なんでここで笑うのよ)気分を害した私に「殿下は、ご自身の中に愛の恐い面を育てる土壌が無いから大丈夫です」と言ってくる。
「幼い頃から個人の感情と、公の正しさを区別する訓練をなさってきましたし、元からご自分の意見が常にあって、それが正しいと思えば表に出し、間違っていると悟れば迷わず捨て去りますよね。それが自然な殿下らしい性質なので、愛を怖がる必要はありせん」
よく分からないが褒められているようなので、私は良しとした。
「セシールは、伯爵家の馬車なら無事にアルカン村に着けるわね。後はジャックさんが目を配ってくれるから、とりあえずはお任せしましょう。…着いたらきっとキリアンを探すんでしょうけど、会えた時にひどく傷つかなければ良いわね」
「そうですね」
「さあ、今日は昨日の続き、王都のごみ処理場の問題から始めましょう」
「はい、こちらが資料になります」
エドワードは、本当はキリアンが今どこでどうしているのか既につかんでいた。
現クロフト公爵には教えてあるが、お互いに「平民の男がどうなろうと関知しないで良い」という結論で放置している。
むしろ、内心ではこのまま消えてしまえば面倒が無いと二人とも思っていた。
公爵は母親の所業に頭を痛めて、ただでさえ評価の落ちた公爵家に、さらなる醜聞を与えた弟に憎しみさえ抱いている。
クロス伯爵には、セシールがそのまま伯爵家にいたなら何も伝える必要はなかったが、今後を考えるとキリアンの消息を伝えた方が良いかもしれない。金の尽きたキリアンが、万一村に舞い戻ったらセシールに危険が及ぶ可能性がある。
「じゃあ、やはり今の処理能力では足りないわね。新しく処理場を作るにはどこを選ぶべきかしら」「そうですね、やはり…」
アイリーンと未来に向けた施策を考えながら、エドワードは元婚約者達の未来に思いを巡らせていた。
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