3 明かされた事実
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兄は前公爵から聞かされていた事だと前置きして、キリアンが王太女殿下との婚約解消の際どんな主張をしていたのか、初めてセシールに教えた。
セシールの子どもは自分の子ではない、無関係だと言ったこと、セシールを愛してなどいない事、平民になるのも結婚も嫌だと泣いた事を話し聞かせた。
その上で、硬直するセシールにさらに新しい事実を告げた。
「キリアンは、お前と住むはずだった家にはもういない。いなくなった後、村長が公爵と私に連絡をくれて、公爵家が人をやって確認させている」
「いないって…。いったいいつから」
「はっきりとは分からないそうだ。あいつの仕事は村長の家の下働きだった。最初の二、三か月は仕事に来ていたらしいが、いつの間にか来なくなり、家を確認したら姿を消していた」
「何かひどい事をされたり、仕事が辛かったのじゃないかしら。働かないと生きていけないのに、どこでどうされているのでしょう」未だキリアンを心配するセシールに、憐れみを感じながら兄は続けた。
「前公爵夫人が、出立前密かに金と宝石を渡していた。それを持って、領都へ行ったんだ。領都には前公爵夫人の息のかかった者がいて、しばらくはそこで暮らしていたらしい。
村長からの連絡を受け、不審に思った公爵が母親を疑い問い詰めた結果、ここまでの事が判明した。前公爵夫妻は離縁して、夫人は既に修道院へ送られている」
「それならまだ領都にいるのではないの?公爵家はキリアン様を探してはいないの?」
「公爵は、弟は平民で家とは縁を切っているから、放っておくと言っていたよ。もう金をくれる母親はいないから、手持ちの物が無くなれば死ぬなり働くなり、好きにするだろうと。お前はこれでもまだキリアンを愛していると言うのか?」
セシールは初めて聞くことばかりで頭が混乱していたが、藁にもすがる思いでハンナを見た。あの時ハンナは、キリアンはセシールを愛していると、ずっと見てきたから分かると言ってくれたはずだ。
セシールの視線を受けたハンナは、蒼褪めた顔で口を開いた。
「お嬢様。私はお嬢様に嘘をつきました。あの時のお嬢様は、キリアン様がお嬢様を愛していると思えないと、生きる気力を失くし、衰弱して亡くなられていたでしょう。
私はお嬢様を生かす為に、悪いと知りながら心にも無い嘘をつきました。申し訳ございません」
セシールは最も信頼してきたハンナの言葉に衝撃を受けながら、尚も問いかけた。
「でも、最初はそうじゃないでしょう。子どもが出来てから、キリアン様は連絡をくれなくなったけど、それは王家と公爵家の間で大変な事になってしまったからで、それまでは私を愛してくれていたでしょう⁈」
最後は叫ぶように問い詰めるセシールに、ハンナは辛くて涙を流しながら、それでももう嘘はつけないと本当の考えを告げた。
「キリアン様は、お嬢様を遊び相手としては好ましく思っていたでしょう。
けれど、愛していた事はありませんでした。その証拠に、あの方はお嬢様に会いに来られるこの家で、当時仕えていた若い侍女に言い寄り、手籠めにしようとなさいました。侍女は寸での所で逃れましたが、あの方の策略でその後解雇されたんです。愛している女性の家で、そんな事をする男はいません」
黙り込んでしまったセシールに、兄が優しく話しかけた。
「そう言う事なんだよ、セシール。お前はあいつに騙されたんだ。殿下を裏切った事は確かにお前の罪だが、あの男が不実な人間でなければ、そもそもお前に言い寄ったりはしなかったのは分かるだろう…。
王太女殿下もそれは分かってくださっている。あいつの出奔をホール侯爵令息経由で報告した際、王家は平民になった者がどこに行こうと構わないとおっしゃって頂けた。つまり、お前がここにずっといても構わないということだ」
「王太女殿下が…」
「王家としては両家が恭順の姿勢と忠誠を表し、婚約解消が王太女殿下の名誉を汚さなければそれで良かったんだよ。
幸い民衆の間で、王太女殿下はお前達の結婚を許した寛大な方と受け止められている。
貴族達には本当は何があったか知られているが、お前たちが廃籍され平民になった時点で、済んだ話になった。後は、両家がそれぞれ評判を回復していくしかないんだ。
だから、急ぐ事ではない。リリーの事を第一に、ゆっくり考えなさい」
兄が部屋を出て行き、後にはセシールとハンナが残った。部屋の隅の囲い付きの小さなベッドには、リリーが周囲の声にも起きずよく眠っていた。
「…二人で料理や掃除を習っていた時も、キリアン様はもういないって、ハンナは知ってたの?」
「あの時はまだ知りませんでした。…リリー様が産まれてしばらくしてから知りました」
「どうして黙っていたの。私が信じているのを知っていて、なぜ教えてくれなかったの」静かに聞いてくるセシールがハンナは怖かったが、正直に答えた。
「それはお嬢様に生きて欲しかったからです。前の様にお食事をなさらず、死んでしまいたいとおっしゃるのが怖かった。あの時お嬢様もお腹のリリー様も、本当に死にかけていました。ハンナは、生きてさえいれば、お嬢様がいつかまた幸せになる時が来ると信じています。だから、お嬢様の命を守る為に言えませんでした」
涙ながらに言うハンナに、セシールはうなずく事が出来なかった。
ハンナの言っている事は分かる。弱かった自分が悪かったのだとも思う。
しかし「いつかくる幸せ」は、自分が望んだものだろうか?
今、私は不幸だ。キリアンはいなくなった。最初から愛されていなかった。信じていたハンナは私に嘘をついていた。お兄様は今は優しいけれど、元は両親同様私の事を放っておいた人だった。こうなって初めてまともに話した兄に、私はこの先も世話になり感謝して生きなければいけないのだろうか。
今私はハンナに『あの時死んでいた方が幸せだった』と言いたい。けれど、それだけは言ってはいけないと本能的に悟っていた。
だからセシールは沈黙を選んだ。沈黙しか、幼い頃から自分を守ってくれた侍女の心を、決定的に壊す言葉を言わずに済む方法が無かった。
ただ泣いて詫びるハンナに、セシールは沈黙を続けた。
翌日、セシールは兄に告げた。
「お兄様。リリーは置いていきます。お世話をかけますが必ず迎えに来ますので、それまで面倒を見てやってください。私はクロフト領へ行って、働きながらキリアン様を探します」
話を聞いていたハンナが「私もご一緒します」とすがるように言う。
「ハンナ。あなたはリリーに付いていてやって欲しいの。私は一人で行きます。その方が、自分の為になると思うから」「お嬢様」
セシールは、ハンナの絶望した目を見ないようにして、兄の前を去った。
伯爵は、感情を失くした虚ろなセシールの目を見て、それ以上引き留める言葉を出せず了承した。ただ、セシールが言う乗合馬車ではなく、伯爵家の馬車を使う事だけは譲らなかった。
一週間後、セシールは伯爵家の馬車に乗り、クロフト領へ旅立った。
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