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女王陛下の宝飾職人  作者: Jun
第二章

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2 誕生と暗雲

*出産についての表現があります

五年前、自分とキリアンの起こした不祥事でクロス伯爵家は代替わりし、兄が当主となった。自分達がどうなるのか分からず怯えていたセシールは、兄から公爵家との取り決めを聞かされ歓喜した。知らない間に愛するキリアンと自分が、結婚して夫婦になっていたのだ。

お前たちは平民になったとも言われたが、生まれてくる子どもと三人、一緒に暮らすことができれば幸せだと思った。


「貴族として生きてきたお前達にとって、平民の暮らしは甘い物じゃない。これは両家がお前達に与えた罰でもあるんだ」兄に厳しく言われても、自分が殿下を裏切ったのはまぎれもない事実で心苦しく、むしろ罰を与えてもらえてありがたいと感じていた。

その上、公爵家はキリアンに仕事と住む家を用意してくれて、ハンナはセシールと一緒に来てくれると言う。こんな決定が為されると思っていなかったセシールは、心から感謝していた。


それからは死のうと考えた自分の弱さを恥じ、しっかり子を産めるよう健康に気を付け、村に移るまでに生活に必要な最低限の事を習得しようと決意した。

一緒に来てくれるハンナも、元々男爵家の出で下働きをした事はなかった為、その日から二人で下女や料理人から洗濯、掃除、料理を習い始めた。


大きいお腹で動き回るセシールを案じ、兄からは「出産後身体が戻ってから、ゆっくり学べば良いじゃないか。いつまでにクロフト領へ行くと決まっていないのだから、それからでも遅くないだろう」と言ってもらえても「キリアン様だけ頑張らせるのは申し訳ないから。私も早く行って、行ったらすぐにお役に立ちたいの」と言い張り止めようとはしなかった。


そんなある日、セシールは練習中、置いてあった桶にうっかりつまづいてしまった。

足元が良く見えなくて避けられなかったのだ。

不意の出来事で身体をかばう事が出来ず、したたかに地面に身体を打ち付けた。

倒れた先に雑草が生えていて衝撃が少し和らげられたが、気づくと足の間から生暖かい水が流れる感覚があった。一緒にいたハンナが助けを求めて叫び、使用人が駆け付けて、セシールはすぐに邸内に運ばれた。


それからは大騒ぎで、医師と産婆が呼ばれ診察した結果、転んだ衝撃で破水した事が分かった。

幸い破水後すぐ陣痛が始まり、十時間以上の長い苦しみに耐えたセシールは、翌日の明け方近く、予定より二週間程早く女児を産み落とした。

取り上げられた子はすぐに産声をあげなかったので、部屋の中に冷やりとした空気が流れた。不安に包まれる中、産婆が手早く産湯を使わせるとようやく声を上げて泣き始め、やっと皆の胸に喜びが溢れた。

知らせを聞いて飛んできたクロス伯爵も「頑張ったな、セシール。おめでとう。可愛い女の子、私の姪だ」と手放しで喜び、邸中が久しぶりに明るさに包まれた。


昼過ぎに疲れて眠っていたセシールが目を覚ますと、ハンナが小さな娘を抱いてきて脇に寝かせてくれた。

寝かせられた小さな娘の髪は自分と同じ茶色で、短い細い髪が頭に張り付くように生えている様子に愛しさが溢れた。顔の両脇で握りしめられた小さな手にそっと指を伸ばすと、セシールの指をぎゅっと握りしめた。思いのほか強い力に驚きながら、この子が生きている事の感謝が溢れて涙が流れた。悲しみでも喜びでもなく、愛しさで流れる涙を初めて知り、この子をきっと幸せにすると誓った。

セシールはこの時、自分と同じ茶色の髪、緑の瞳を持つこの愛しい子が生まれつき体が弱く、貧しい環境では育てられないことを知らなかった。


翌日起き上がれるようになるとすぐ、クロフト領にいるキリアンに子どもの誕生の知らせと、急いで名前を考えて欲しいと手紙を書いた。キリアンからは長い間何の連絡も来ていなかったが、状況の激変でそんな余裕も無いのだろうと、目を背け深く考えないようにしていた。

ただ、この国では洗礼を受けさせるには子どもに名前が必要なので、今回は少しでも早く返事が欲しかった。しかし二週間待っても、相変わらずキリアンから連絡は来なかった。


『深く考えないから、何も分からなかったのよ。都合の悪い事に目を背けていれば元に戻るなんて、あるはずないのに』セシールは独り苦く笑う。


名前の知らせが来ないうちに、娘の体調が悪くなった。

このままでは洗礼無しに逝くことになると恐れたセシールは、仕方なく、以前キリアンが好きだと言っていた花の名を娘に付けた。

「リリー、あなたの名前はリリーよ。お父様が好きな花の名前なの」


リリーと名付けられた子はその後何とか回復し、無事に洗礼を受ける事が出来た。しかし身体が弱い事は間違いなく、その後伯爵邸に医師が呼ばれる事が常となった。

リリーは少しの事で熱を出し呼吸が苦しくなるので、セシールもハンナも壊れ物を扱うように接し、育児の気が休まることも無く日が流れた。

そんな中でもリリーの成長は明るい話題で、首もすわり、寝返りをうち、9カ月になる頃はいはいも出来るようになった。屋敷の誰もに可愛がられ、特にマーク・クロス伯爵は、執務の合間に何度も顔を見に来るほどで、伯爵邸にはつかの間平和な日々が続いた。


しかしリリーが10カ月になる頃、ついにセシールは兄に「クロフト領へ行きたい」と言い出した。


兄は「リリーを馬車に乗せるのは無理だろう。いくらクロフト領が近いと言っても、一日か二日は馬車に乗らなければならない。着いてからもリリーは身体も弱いし、村の暮らしは邸とは違うんだ。リリーが病気をしたって、お前たちは医者に診せられないだろう。少なくともリリーが三歳になるまで待って、その時の健康状態を考えて判断するべきだ」とセシールに諦めさせようとした。

ハンナも「私もお嬢様も、リリー様をお育てするのでやっとではないですか。家の事も、まだ満足に出来るとは言えません。村で平民の暮らしをするのはとても無理でしょう」と反対する。


「でも、キリアン様があちらにいらして、もう1年になるわ。手紙の返事も来ないし、どうしているのか心配なの。私の手紙はきちんと向こうに届いているのかしら。どんな様子か確かめたいのよ」セシールが言い募ると、兄はため息をつき話し始めた。

「お前がそこまで言うなら、お前の心と身体を考えて今まで黙っていた事を伝えよう。

本当ならこのまま忘れてくれたらと思っていたんだが。

いいか。よく話を聞いて、自分だけでなくリリーの事も考えて、どうするかを決めなさい」



読んでいただき、ありがとうございます。


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