1 灯亭
見つけてくださってありがとうございます。
「王太女殿下、おめでとうございます!」
人混みに紛れ、アイリーンとエドワードのパレードを見ていたセシールは、懐かしい殿下の幸せそうな姿に喜びの気持ちが溢れ、思わず大声で叫んでいた。
折悪しく、それまで皆が「万歳!」と叫んでいた声がちょうど途切れたところだったので、自分の声だけが一直線にパレードの馬車に届いたような気がして、セシールは慌ててその場から逃げ出した。
実際にはセシールの言葉に皆が続き「おめでとうございます」の大合唱が起こった為、彼女に特別注目した者はいなかったのだが、セシールは恥ずかしさと居たたまれなさで、その場にとどまる事はできなかった。
一本裏に入った道をしばらく走って観衆から離れ、辺りに誰もいなくなった所で、セシールはやっと足を止めて息をついた。昔のセシールなら、こんなに走る事など決して出来なかっただろうが、今はそう息も上がらない。クロフト領の村の暮らしで鍛えられた身体は、今のセシールが持つたった一つの財産だ。
「王太女殿下、お幸せそうで良かった」
まだ遠くから聞こえてくる騒めきにアイリーンの末永い幸せを願ったセシールは、路地を右に曲がって、『灯亭』の看板を掲げる食堂に入っていった。
「ただいま帰りました」ドアに取り付けられたベルが鳴り、顔を上げたモニカにセシールは声をかける。
モニカはいつもの様に、夕飯用の仕込みの最中だった。灯亭は、モニカが店主で調理も一人でやっている、小さな食堂だ。
「ああ、おかえりセシール。ずいぶん早かったね。王太女殿下のパレードはちゃんと見られたのかい」
「はい、とても綺麗でお幸せそうでした」
セシールは自分もモニカを手伝う為、腕まくりして手を洗いながら答えた。
「そうかい。これでますますこの国も安心だね。王配殿下は長いこと側近として仕えた方らしいし、これからもお二人で私たちの為に頑張ってくださるだろう。前のご婚約の時は色々あったけど、かえって良かったのかもしれないね」
モニカがマッシュポテト用に茹でたジャガイモを、力いっぱい潰しながら言う。彼女はもうすぐ五十歳位(本当の年は分からない)、白髪が増えてきたと言うけれど綺麗な赤い髪で、背が高くがっしりしている。そんな、なんとなく強そうな外見を裏切らない大変な力持ちで、見る間にジャガイモはペースト状に変わっていく。
「本当にそうですね」セシールは答えて「それより、モニカさん。マッシュポテトっていうことは、今晩の日替わりはステーキですか?」
「ああ、そうさ。今日は皆、お祝いで財布の紐が緩んでるからね。ちょっとぐらい高いメニューでもきっとすぐ売り切れるよ。忙しいだろうけど、セシールもよろしく頼むね」
今晩の売り上げを夢見て明るく笑うモニカに、「任せてください!」セシールも笑って見せた。
モニカの予言通り「祝いだ!」「めでたいなあ」「殿下のティアラ、あそこの宝飾店のビルが作ったってほんとか?」などと口々に言い乾杯する客ばかりで、ステーキも酒も飛ぶように売れた。
常連客から「パレードを見たかい?」と聞かれたモニカが「私は人混みが苦手だからやめといた。でも、セシールは見に行ったよ。この子は王太女殿下が大好きなんだよ」と答えると、その客は「おお、そうか。殿下はお綺麗だったよな。じゃあ俺が買った絵姿の中に、殿下だけのがあったからやるよ。俺はお二人並んだ絵姿を飾ろうと思ってるんだ」
客が差し出したアイリーンの絵姿を、セシールはお礼を言ってエプロンで手を拭いて受け取り、折れないようにそっとメニューの間に挟んだ。
その晩思っていたより沢山客がきて、多めに仕入れた材料もなくなってしまい、モニカはいつもより早めに店じまいする事にした。
客のいなくなった店内で、セシールが沢山の皿を洗っている間にモニカが残り物で賄いを作ってくれ、二人で今日の盛況を喜びながら夕食を済ませ、テーブルと椅子を片付け掃除をした。今日はさすがにくたびれた様子のモニカが「セシール、あんたも今日は疲れただろう。明日は定休日だから良かったよ。私が出たら、ちゃんと鍵をかけるのを忘れないようにね」と、いつもと同じ注意をして、少し離れた所にある愛猫の待つ家へ帰って行く。
「はい、お疲れさまでした。モニカさん、気を付けて帰ってくださいね」
セシールもいつもの様にモニカに答え、言われた通りきちんと扉に鍵をかけてから、挟んでおいた絵姿を大事に持って二階の自室へ上がった。
灯亭は、元々モニカと亡くなったご主人の二人でやっていた店で、二人は別に自宅を持ってそちらに暮らしていた。ご主人が亡くなった時、自宅は手放してモニカが一人で店に住んでも良かったのだが、家には二人の思い出もあるし、猫は食堂では飼えないからと、そのまま自宅に住み続けている。そのお陰で、モニカに行き倒れ同然で拾ってもらったセシールは、この店に住まわせてもらえた。
与えられている、質素だけれどよく手入れされた部屋で一人になったセシールは、あの頃の事をまた思い出していた。
本当は何も思い出したくないのに、今日は昼間懐かしい人の幸せな姿を見たせいで、どうしても考えずにいられなかった。常連客にもらったアイリーンの絵姿も、昔のように自分を見つめて微笑んでいる。
読んでいただき、ありがとうございます。
第二章、始まりました。
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