18 閑話 エドワードと宝飾職人
見つけてくださってありがとうございます。
「リーン、ちゃんと婚約解消出来たんだ。良かったな」
ビルは一日の営業を終え、店の奥の作業場で新しい製作に取り掛かる前に一息入れていた。
手には今朝買った新聞を持ち、取り急ぎ一度目を通した記事をゆっくり読み直している。
いつもは自分で新聞は買わず、師匠が読み終わったものを一日遅れで貰っているのだが、今回は大見出しに『王太女殿下』の文字、その下にアイリーンの肖像画が見えたので是非もなく買い求めたのだ。
思った通り、新聞にはアイリーンの婚約が解消されたという記事が載っていた。
記事には解消理由として婚約者の公爵令息が伯爵令嬢と真実の愛に目覚めてしまったこと、それを知った王太女殿下は快く二人を許し祝福したが、二人は過ちを認め責任を取って、自ら貴族の身分を捨て一緒になることになったと書いてあった。
ビルには本当の所は分からないが、アイリーンから聞いていた婚約者の浮気癖から考えると、おそらく罰として平民にさせられたのだろう。公爵令息はともかく、たくさんいた浮気相手の中で一人だけ平民にされる伯爵令嬢は災難だな、と思う。
「まあ、俺たち庶民が好きそうな恋愛物に仕立てたんだろうな。殿下が悪く言われてさえいなければ良いか」独り言ち、無意識に肖像画部分を折らない様気を付けて新聞をたたみ、机の引き出しにしまった。
一つ伸びをして、さあ今日はあのネックレスの続きをやろうと立ち上がった時、閉めた扉から控え目なノックの音がした。
まさかと思いながら急ぎ足でドアまで行き「すみません。今日はもう閉店しました」と声をかけると「閉店後にすまない。以前セレンディピティで会ったエドワードです」と声が返って来た。
(また殿下が来るなんてある訳ないか)と一瞬がっかりした自分をたしなめ、気を取り直してドアを開けると、あの時ローブを汚した側近が立っていた。
「突然申し訳ありません。少しお時間をいただけないでしょうか」生真面目そうな表情で尋ねるエドワードに、ビルは戸惑いながらうなずいた。
二人は、結局またセレンディピティに来てしまっていた。
エドワードはドアを開ける前に「ここでは不敬を気にしないで良いですから」とビルに宣言した。
いつも通り混んでいる店内に落ち着き、最初に届いたエールで乾杯する。
「リーンの婚約解消がうまくいったことへ乾杯」ビルが少し声をひそめて言うと「乾杯」エドワードも声を合わせ、二人でジョッキを軽く掲げた。
次々届く料理をつまみながら、しばらく取りとめない世間話をしていたが、一息ついたところでビルが「それで」とエドワードを見た。「何か話があるんですよね」
「はい。あなたもご存じと思いますが、リーンの元婚約者とその相手の事なんです」
エドワードは、平民になった二人がクロフト領の村に住む事、女性の方の兄が今後の生活を心配している事、さらに妹が窮地に陥った際に手を差し伸べる許しを請い、アイリーンが許したことをかいつまんで話した。
ビルは複雑な話を何とか理解しながら聞いていたが、手を差し伸べるくだりで疑問がわいた。
「しかし、その二人はいわば罰としてそういう暮らしになる訳ですよね。それに手をさしのべても良いんですか」
エドワードは我が意を得たりという顔で「その通りです。普通そう思いますよね。
それなのに、殿、リーンときたら『本当に困った時に最小限』と条件は付けましたが、許したんですよ」多少酔いが回ったらしく、不満が顔に表れている。
「え、その妹っていうのは、浮気相手ですよね」
「はい。まあ、男の方は浮気でも、妹の方は本物の『真実の愛』だったらしいんですが。それでリーンは彼女の事に変に責任を感じているんです。自分が男を野放しにしたせいとか言っていました。リーンが彼女の手助けが出来ないかと思いついた事があって、今回私がビルさんに会いに来ることになったんです。本当はリーンも来ようとしたんですが、今回は阻止しましたよ」若干得意げなエドワードに「残念だな。また来てくれたら、今度はこの前食べ損ねた鳥を揚げたのを…」思わず本音を漏らしたビルを、エドワードがキッとにらんだので、ビルは話を進めた。
「いや、すみません。それで、俺にどんな頼みがあるんですか」
「はい。ビルさんか、伯父さんでも、アルカン村に知り合いの方がいれば、陰ながら女性を見守って助けてやって欲しいと言うんです」
「女性だけで良いんですね」男の方はさすがに助けなくて良いと思いながら確認すると、エドワードは声をひそめた。
「これはいずれ分かる事だからお教えしますが、侍女だった女性と、おそらく赤ん坊も一緒です。この三人の無事を見守ってもらいたい。赤ん坊がいるから、リーンもここまで手を差し伸べようと思ったんでしょうが、お人好しにもほどがありますよ。いい加減にするよう忠告はしましたが、一度ああなったら止められません」諦めたようにため息をつくエドワードに、ビルは笑った。
「分かりました。私には心当たりは無いですが、伯父は顔が広いのできっと誰かいるでしょう。手紙を書いて聞いてみます。詳しい事はあまり書かない方が良いんですよね」
「はい。移り住んでいる事はすぐ分かると思いますが、結局のところ醜聞なので、あまり広く知られない方が良いと思います。母子を気にかけてもらいたいくらいに伝えて頂ければ大丈夫です」
「わかりました。おせっかいなのはクロフト領民の気質ですから、きっと喜んで引き受けると思いますよ」
それからエドワードはビルから平民の暮らしの話を聞き、ビルはエドワードから貴族の流行や礼儀を教えてもらい、立場の違う二人は意外に良い相談相手と判明した。
しばらくして、突然エドワードが「私は、ビルさんが羨ましい」と言った。
「俺の何が羨ましいんですか」
「ビルさんは一度リーンと会っただけで、彼女を変える事が出来ました。私も彼女が煮詰まって投げ出したくなっている事は分かっていましたが、何も力になれなかった」悔し気に話すエドワードに、ビルは首を振った。
「俺はたまたま彼女に話すべき話を持っていただけです。それも一回限りのカードで、次に彼女が辛い時は使えないでしょう。でもあなたは違う。ずっと側で見て、支えていく事が出来る場所にいるじゃないですか。私の方が余程羨ましいです」
「な、ビルさんは、やはり」慌てるエドワードに「ちがう、ちがう」とビルはもっと慌てて「誤解ないように言っておきますが、リーンは俺にとって雲の上の人です。でも実は、俺の初恋は彼女なんですよ。クロフト領に出回った肖像画を見た時、絶対この瞳の色を見つけようって思ったくらいですから。だからずっと、肖像画に憧れるガキみたいな気持ちで応援しています」「私だって、初恋です!」「じゃあ、これから頑張らないといけませんね」
エドワードは情けない顔でうなずいた。
帰りがけにエドワードは、ビルに勧められて「鳥の揚げたの」をアイリーンへお土産に持って帰り、それを食べたアイリーンにエールも欲しかったとすねられて、次は一緒に行くと約束をさせられた。
ビルは早速伯父さんへ手紙を書き、伯父さんは「子供の頃の親友がアルカン村にいるから頼んでおく」と返事をくれた。(親友ってまた師匠みたいな大物じゃないだろうな)ビルは勘ぐりながら、エドワードに連絡用に渡されていた便せんと封筒を使い、それを伝えた。伯爵経由でハンナにだけ教えられたジャックというその人は、村長だったのはその後の話。
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