余話・君も猫にならないか 3
シグウェルさんの魔法で猫にされた私は「何てことしてくれたんですか!」って声を上げた。
ていうか、上げたつもりだった。だけど実際出た声は
「ナーーーン!!」
という猫の鳴き声だった。その声に自分で自分にびっくりする。
リオン様とレジナスさんも驚いたまま猫になった私を凝視した。
その間にもなんとか元に戻れないものかと私は元の人間の姿をイメージして頑張って癒やしの力を使おうと試みる。その力でシグウェルさんの魔法を解除出来ないかなと思ったのだ。
だけどいくら力を込めても黒猫になったその体は淡く輝くばかりでその光もすぐに消えてしまう。戻れない。
もしかして、さっき自分でも猫になるのを受け入れてしまったから?
「にゃあ・・・」
耳を下げ、がっくりとうなだれる。
そんな私の側に膝をついて様子を見守っていたリオン様がよしよしと頭を撫でてくれた。
「かわいそうに。もしかして戻ろうとしていたのかな?それにしても、今の様子からするとユーリはユリウスと違って自分の意識と意思はちゃんと持っているみたいだね。ユーリ、僕らのことは分かる?もし分かっているなら何か合図が出来るかい?」
そう聞かれたのでリオン様とレジナスさんを交互に見て「ニャッ!」と声を上げながら招き猫よろしく右手を掲げた。
もちろんちゃんと分かってますよ。ただ人間の言葉を話せないだけで。
するとそんな私にリオン様は
「何それ、可愛過ぎるでしょ!?レジナスも見た?ユーリのあの特徴的な瞳の色はそのままに、くりくりした丸い目で僕らをちゃんと見てたよ!手を上げる仕草も可愛いね」
猫になった私の背中を撫で回しながら珍しく興奮したように頬を染めてレジナスさんに話しかけている。
だけどレジナスさんから返事はない。
「レジナス?」
不思議に思ったリオン様が振り向いて、どうしたのかなと私もそちらを見た。
すると興奮で赤く染まった頬を隠すように顔に手を当ててこちらから顔を背けていたレジナスさんが僅かに声を震わせて
「・・・そうですね」
と短く答えた。え、レジナスさん大丈夫?どうしたのかな。
「にゃあ・・・?」
レジナスさんに話しかけたつもりだったけど、やっぱり私の声は言葉にならない。
「待ってユーリ、ホントに可愛過ぎるから!」
ついに我慢できなくなったらしいリオン様がひょいと私を抱き上げる。
「いつも可愛いと思っていたけど猫になったユーリはまた格別の可愛さがあるね。ほらレジナスもちゃんと見て撫でてあげなよ、すごくかわいいよ。真っ黒で肉球と鼻先だけが淡いピンク色だ」
そう言いながらリオン様は抱いている私をレジナスさんにも見せて触らせようとした。
ついさっきまでシグウェルさんが私に魔法をかけるのを反対していたはずなのにえらい変わりようだ。
するとちらりとこちらを見たレジナスさんもそうっとその指先で私の顎先に触れてきた。
そのまま顎の下をゆっくり撫でられるとすごく気持ち良くて脱力する。
思わずうっとりと目を閉じれば、自然と自分の喉奥からゴロゴロと大きな音が鳴った。
「良かったね、レジナスに撫でられてユーリも気持ちいいんだね」
まるで赤ちゃんでもあやすようなリオン様の声にいや、こんな事をしている場合じゃなかったとハッとする。
リオン様の腕の中でもがき、レジナスさんの指を捕まえてそれを支えに立ち上がる。
「うー、にゃん!にゃにゃーにゃ、なー!!」
(シグウェルさん!早く戻してください!!)
シグウェルさんに抗議したけどその声は全部うにゃうにゃ言う猫の声に変換されてしまう。
そんな私にまたリオン様は
「一生懸命なユーリ、可愛いね」
と言ってレジナスさんも自分の指を私に捕まえられたまま静かに頷いて同意している。
そして肝心のシグウェルさんはといえば、必死に訴える私を観察するようにじっと見つめていたので、もしかして伝わった?と期待した。だけど
「何を言っているのか全く分からないな」
とあっさり言われてしまった。そのまま思案顔をして
「何を言っているのかは分からないが意思疎通は出来ているようだし自意識もある。ユリウスよりも遥かに魔法は成功していると言えるだろう。やはり召喚者だと最初から魔法のかかり方が違うということか」
なんて私の状態を分析していると思ったら、不意に風魔法で突然自分の手の甲を傷付けた。
「!?」
血が出てるよ、何してるの!?
びっくりして抗議の鳴き声をぴたりと止めればシグウェルさんはその手を私に差し出してきた。そして
「どうだ、この傷は治せるか?」
なんて聞いてくる。その言葉にリオン様が
「いや、無理でしょ?何度もこの魔法を使っているエヴァンですら猫の時は魔法を使えなかったのに。初めて猫になったユーリに自分の意識が残ってるだけでもすごいと思うんだけど」
と私をしっかり抱え直した。でも私としては試すためとはいえ血が滲んで痛そうな手をそのままにしておくのも忍びない。
「にゃ!」
もう少しその手をこっちに寄せて欲しい、と猫になった前足でちょいちょいと手招きをすれば
「こうか?」
とシグウェルさんが手を近づけてくれた。
そのまま猫らしくその手の甲を舐めてみる。
すると切り傷は淡く輝いたと思ったらあっという間に消えて無くなってしまった。
「え、猫なのにユーリは魔法・・・って言うか癒やしの力を使えるの!?」
リオン様が驚く。傷を治した私も自分で驚いた。
いや、まさか治るとは思わなかったよ?なぐさめ程度に舐めただけだったんだけど。
対してシグウェルさんは元に戻ったなめらかな自分の手の甲を返すがえすしながら確かめて
「なるほど、猫になっても女神の加護の力は使えるのか。さすが召喚者といったところか」
興味深い、と頷きながら呟いている。
するとそれまで黙って事の成り行きを見守っていたレジナスさんが口を開いた。
「・・・それでユーリはいつ元に戻るんだ?ユリウスが二日も猫のままでいるということは、ユーリも最低でも同じくらいの日数はそのままということか?」
そうだ、私もそれが知りたい。
さすがレジナスさん、と掴んでいたその指先にすりっと顔を寄せたらさっと頬に朱が差して
「本当にかわいいな・・・」
と呟かれた。
シグウェルさんはレジナスさんの問いにしばし考え込むと
「さて・・・どうかな。召喚者という特性上、ユリウスよりも短時間で元に戻るかも知れない。もしくは自ら猫になることを受け入れて魔法にかかったのだから、ユーリを取り囲んでいる魔力や精霊達がそれに協力してユリウスよりも長時間そのままでいるかも知れない」
なんてあてにならないことを言う。つまりはいつ戻るか全然分からないってことだ。
「うんにゃー!!」
思わず癇癪を起こしてシグウェルさんの服にたしたしっ、と猫パンチをお見舞いしてしまった。
だけどそれすらリオン様とレジナスさんには「何それかわいい」だの「ユーリ、あまりかわいい事をするな」だの言われただけでシグウェルさんもノーダメージだ。
そして全くあてにならないシグウェルさんのその言葉にリオン様は
「じゃあいつ戻ってもいいように僕とレジナスがなるべくずっとユーリを見てなくちゃね。ルルーに言ってユーリを持ち運べる籠を用意してもらおう。それに食事をとる時はもちろん、夜も僕とレジナスどちらかが必ず一緒に添い寝をしないと」
と四六時中私と一緒にいる気満々になっていた。




