余話・君も猫にならないか 4
その後リオン様は手早く私の移動用の籠を手に入れ、ルルーさん達にも私がシグウェルさんの魔法実験で猫にされた事を伝えた。
だけどもはやシグウェルさんのやらかしや私の騙されやすさに慣れっこになってしまっているルルーさん達は
「まあまあ、今度はこんなにかわいらしい猫ちゃんにされてしまったのですか。早く元に戻られると良いのですがシグウェル様にも困ったものですね」
「寒くないようにケープのような、何か羽織るようなお洋服でもお作りしましょうか?」
「それいいですねシンシアさん!じゃあ私はプリシラに頼んで首輪代わりのリボンを色々取り寄せてみます!」
と全然私を心配する気配がない。エル君まで
「だから魔導士なんて信用するものじゃないんですよ、いい大人なんだからそろそろ学んでください」
とかぶりを振っていた。
そしてリオン様はそんな面々に
「ユーリが元に戻るまで必ず僕かレジナスが常に側にいて王宮にも騎士団にも連れて行くから」
と宣言するとさっそく私を用意された籠の中に降ろした。
そういえばユリウスさんもこんな感じの籠に入ってたなあと思いながら座ってみるとなんか落ち着かない。
狭い籠の中でぐるぐる回ってやっとしっくり来る座り方を見つけるとほっと息をついた。
その様子を見ていたリオン様やルルーさん達には
「やってる事やその仕草が完全に猫だよね」
「かわいいですよユーリ様」
って言われてしまったけどしょうがないよね。
だってなんかこう、そうしないと変な感じがするっていうかむずむずするんだもん。
ちなみにシグウェルさんはそんな私を横目に、目を覚ましたユリウスさんにミルクをあげては汚れた口周りを拭いてあげていた。
シグウェルさんがそんな風に誰かの世話を焼いているのを見るのは初めてだから新鮮だ。
「まったく世話の焼ける・・・」
なんて呟いて冷たい瞳でいつものようにユリウスさんを見ていたけど、お世話をしているその手つきは話ぶりとは逆に意外と優しい。
だからなのか、お腹いっぱいになったユリウスさんは「ミャー!」と元気な鳴き声を上げて自分を冷たく見つめるシグウェルさんにも怯まない。
そのままシグウェルさんに突進して行って服をよじ登ると頭の上まで到達して、そのてっぺんでまた眠り始めた。
「おい」
降りろ、と頭に手を伸ばしたシグウェルさんは眠り始めたユリウスさんが案外しっかりとその髪の毛につかまっていて降ろすのが難しいと分かると諦めた。
やはりユリウスを猫にしたのは失敗だった、なんて言ってるけど自業自得だと思うなあ・・・。
自分の頭上でぺしょっと潰れたように張り付いて小さな鼻音まで立てて寝ているユリウスさんを乗せたまま
「俺もユーリの世話と観察をしたいところですがこのままではそうもいかないようです。ユーリのことは殿下達にお任せして今日は一旦失礼し、魔導士院に残してきた仕事と実験に戻ります」
なんて言ったけど。え?大真面目な顔でユリウスさんを頭に乗せたまま仕事するの?
それは冷たく他人を寄せ付けない雰囲気のいつものシグウェルさんぽくなくて、なんていうかすごくかわいい。ていうか面白い。
その面白い図、私も見たい!と籠の中で立ち上がって
「ニャッ!」
と短く鳴いたらリオン様に頭をぽんと撫でられた。
「ダメだよユーリはここで僕らの側にいないと。もうすぐ夕食だからね、その後はお腹がいっぱいになったらブラッシングをしてあげる」
レジナスさんにも
「厨房にはさっき話して猫になったユーリでも食べやすそうなものを出してもらうように頼んだからな」
そう言われたらシグウェルさんについて行くわけにもいかない。
ごはん、と聞いて急にお腹が減ってきたような気がした。
気のせいかいつも加護の力を使った後よりも空腹な気がする。
でも力を使ったと言ってもほんのちょっぴりシグウェルさんの手の甲をぺろりと舐めただけなんだけどなあ・・・。
もしかして体が小さい分、いつも力を使った時より魔力の消耗が激しいとか?
これは後でどこかで試してみようと思いながら、くうくう鳴り始めたお腹を抱えて『ごはんください!』と催促した。
まあもっとも、私の口から出てきた言葉は
「ごにゃーーん!!」
という声なのか音なのかよく分からないものだったけど。
でもそんな私にリオン様とレジナスさんは
「何それ、かわいいね!?」
「言葉らしきものを喋れるのはすごいな、エヴァン様が猫になっている時よりもユーリの方がすごいんじゃないか」
とちやほやほめ殺しをする。
偉い、賢いとそのまま撫で回されれば自分の意思に関係なくまた喉からゴロゴロと音がして二人を喜ばせた。
その後夕食の席で私はシンシアさんにサッと首元に汚れ防止のスタイみたいな物を巻かれてリオン様の膝の上に乗せられ
「これで良し、さあ食べようか」
と微笑まれた。
・・・なんか猫になっても膝の上で食べさせられるとか、普段とあんまり違わないと思うのは気のせいかな?
腑に落ちないでいたけど目の前に料理の乗ったお皿を置かれたらすぐにそちらに気を取られた。我ながら単純過ぎる。
そんなザ・単純な私の前に置かれたお皿の上にはミルク煮の白身魚が綺麗に盛り付けられている。
その隣には細かく切った野菜を詰めてこんがりと焼かれた鶏肉も香ばしい匂いをさせていた。
「にゃうん!」
(おいしそう!)
思わず声を上げれば、リオン様と一緒にテーブルについていたレジナスさんが
「リオン様、ユーリが目を輝かせて舌なめずりをしています。口から覗く小さな舌と牙もとてもかわいいですよ」
とわざわざ実況までしたのでリオン様も上機嫌だ。
「まるで出会った当初の小さいユーリにおやつを食べさせているみたいで懐かしいね」
と片手で私を撫でながら、もう片方の手だけで器用に魚を小さく切り分けるとスプーンで掬い取って私の口に運んでくれた。
「はいユーリ、冷めてると思うけど舌を火傷しないようにゆっくり食べるんだよ」
そう言われたけどお腹が空いていたので待ち切れず、リオン様の膝の上から伸び上がってスプーンに顔を近付ける。
ふわっとほのかに香る白身魚の浮いたクリームスープをちろちろ舐めれば猫舌にも優しい適温で、味付けも猫仕様なのかいつもより薄味な気がした。
食べるタイミングも見計らっての適温はさすが王宮の一流料理人、プロの仕事だ。あと当然だけど味の方も薄味でも充分おいしい。
「ンニャッ!」
おいしいです!とペロリと口元を舐めてリオン様を振り仰げば
「どうしよう、早く元に戻って欲しいはずなのになんだかこのままずっと飼いたくなってきた・・・」
と言われてしまった。いや、それは困るから。
そんなリオン様にレジナスさんは明日の予定を確認しながら私はどうするかと話していた。
「午後の頭までは執務室にこもっての書類仕事だからユーリを部屋で遊ばせておいても構わないよね。ただその後僕はいくつか会議が入っているから・・・レジナス、その間は君にユーリを頼めるかな?」
「そうですね。俺も騎士団に剣術指南を頼まれていたのでリオン様の会議中はユーリを騎士団へ連れて行きます。・・・まあ、この状態のユーリを見た騎士達の反応が少し心配ですが」
そう言ったレジナスさんは僅かに眉を寄せて私を見た。
「ミャ?」
騎士さん達を驚かせたり心配させちゃうからかな?と小首を傾げればリオン様が笑いながら私の頭を優しく撫でた。
「でも明日騎士団に足を運ぶまでもなく、ユーリがシグウェルの魔法で猫になったっていうのはもうすでに騎士団のみんなには伝わっていそうだけどね。彼ら、ユーリの事となるとあの手この手ですぐに最新の情報を手に入れようとするから」
リオン様のその言葉にレジナスさんがハッと何かを思い出した様子を見せた。
「そういえばユーリの事となると一番厄介な奴がいましたね。あいつがユーリのこの状態のことをまだ知らないはずがないのに、いつもより帰りが遅くないですか?」
それってあいつことシェラさんだよね?
言われてみれば確かに、私の事はアンリ君達を通してとっくに知っていそうなのにまだ姿を見せない。
いつもなら夕食にも必ず顔を見せて食後のティータイムであれこれ私の世話を焼いているのに。
エヴァン様の帰国の見送り後、シェラさんには有無を言わさず本当に三日ほど立てこもり犯に取られた人質のように私は部屋から出してもらえなかった。
そして三日後シェラさんはものすごく清々しい顔で
『これでまた仕事をする気になれました。名残惜しいですが先日の遠征任務の残務処理もしなければなりませんし・・・また後でお会いしましょう、すぐに戻ってまいりますよ』
と口付けを一つ私に落として仕事へと復帰したのだ。
南の辺境での任務から帰って来てすぐ私と一緒にいたからきっと報告書作りなど色々な仕事が溜まっているからまだ帰って来ないのかな、と思っていたちょうどその時だった。
「お待たせしてすみません」
シェラさんがいつもの笑顔で帰って来た。
・・・そしてその手にやけに膨らんだ紙袋の包みを抱えている光景はデジャヴだ。
それ、賭けてもいいけど絶対に中身は私の猫用の服だよね!?




