ご注文は子猫ですか? 30
ひたすら不穏な笑顔を私に向けてくるシェラさんは、私の許可さえ出れば本当にあっという間にブルグ王国のあの刺客達を連れ戻してきそうだった。
せめてシェラさんの部下のキリウ小隊の人達が進言して止めてくれないかなとそちらを見れば、みんな「仕方のない隊長だ」みたいにやれやれといった風情ながらも馬の手綱に手を掛けていつでも動けるように準備している。
しかも
「まあこれが隊長ですから」
「お付き合いしますよ」
なんて事まで言っているんですけど!?
ある意味こんな厄介なシェラさんにそこまで付き合ってくれるなんて、シェラさんなりにキリウ小隊の人達からは慕われていると言っていいのかも知れない。
だけど今はそんな事を嬉しく思っている場合じゃない。
それならリオン様に止めてもらおう、と次にリオン様に声を掛けようとしたらその後ろの方でユリウスさんが口をパクパクして私に何か伝えようとしているのに気付いた。
ユリウスさんはシグウェルさんと一緒に私が加護の力を使う立会いとブルグ王国の人達の見送りに同席してくれていた。
でもシグウェルさんはシェラさんの今の騒ぎを面白そうに見ているだけで全然止めに入ってくれない。
ユリウスさんはそんなシグウェルさんや、私を抱きしめているシェラさんに見られないようにしながら私に何か伝えようとしていた。
うん?何を言ってるのかな?
その口パクを頑張って見つめれば、
『い、ろ、じ、か、け、っす!』
と言っている。色仕掛け!?
一瞬ぽかんとしてしまう。すると自分の意図が伝わったことに気付いたユリウスさんは大きく何度も頷いて「頑張るっす!」とまた口パクをしながら親指を立ててきた。
た、確かにシェラさんをこの場に留めるにはリオン様に止めてもらうよりも私が何かして止めるのが一番効果的かも知れない。
シェラさんも私にしばらく会えていなかったからこその久しぶりの過激思想に走っているみたいだし。
端的に言えばこれも寂しさから来ている言動なのかも?
さてどうしよう、と考えてシェラさんをなだめるため背中に回していた手に力を込めた。
すると非力な私だけどそれでもその手に力が入ったのはシェラさんにも充分伝わったらしい。
「ユーリ様?」
どうされました、とエヴァン様達の消えた方へ向いていた意識が私に向いた。
何か言いたそうな私に、今の今までいつもよりずっと強く抱きしめていたシェラさんの腕の力もふと緩む。
何を言おうかと悩み俯いている私にシェラさんの視線が突き刺さっているのを感じながら口を開いた。
「え、と・・・」
「はい」
「せっかく帰ってきたのに、私を置いてまた出掛けちゃうんですか・・・?」
必死に考えたのに出てきた言葉は色仕掛けどころか留守番を嫌がる子供みたいなセリフだった。
我ながらなんか違う、と思いつつせめてもの頑張りとして10歳女児姿だった頃の子ども偽装術を思い出しながらあざとい上目遣いでちらりと見上げて見た。恥ずかしい。
「・・・!!」
だけどそれが意外にも効果あったらしい。
衝撃を受けたようにシェラさんは目を見開くとまるでレジナスさんみたいに固まった。
「い、行かないで欲しいなあ~、なんて・・・」
効いてる、と思ったので力を込めて握っていた服をくいと引いて言葉を重ねる。するとシェラさんはそんな私に
「・・・申し訳ありません、オレとしたことが。ゴロツキどもを消し去ろうとするあまり何よりも大切なユーリ様に寂しい思いをさせるところでした」
そう謝ると頭を撫でながらそっと額に口付けてきた。
「ユーリ様。ユーリ様もオレがいない間はオレと同じ気持ちでいてくれたのですか?」
「え?あ、はい・・・」
それは寂しかったか、って意味?
よく分からないけどシェラさんの意識がこちらに向いたみたいなので適当に話を合わせる。
すると
「嬉しいです。いつもユーリ様のことは想っておりますが、離れている間はより強く想っておりました。戻ったらどのようにお仕えしご奉仕すれば満足していただけるのか、どうやって離れていた間の時間を埋め合わせるようにユーリ様を満たして差し上げられるのかとそればかりを考えておりました」
ゆるゆると私の後ろ頭を撫でながらシェラさんはうっとりと謳うようにそんな事を言っている。
いや任務だったよね?私のことばっかり考えてないで仕事に集中するべきじゃない?
それに、あれ?なんか私の考えていた寂しいとか何とかよりも、もっと重い事を言ってないかなこれ?
でもまあ話を合わせていたらとりあえず刺客達を連れ戻しに行く気はなくなったらしい。
微妙に色仕掛けとは違ったけどユリウスさんのアドバイスのおかげだ。
ありがとう、とアイコンタクトで感謝を伝えようと思ってユリウスさんを見ればまた口パクで何か言っている。
今度は顔色も悪く何故か焦っていた。
『や、り、す、ぎ、っす!』
え?やり過ぎ?どこが、と思っていたら目の前のシェラさんに顎をすくい取られて上向かせられるとおもむろに口付けられた。
「んむっ・・・!?」
驚いているとちゅ、という軽い音と共に離れたシェラさんの形の良い唇が言葉を紡ぐ。
「ずっとこうしたかった・・・。ユーリ様もオレと同じ思いだったとは天にも昇る気持ちです」
ぴったりと腰を密着して抱きしめられ、さっきまで鋭い光が浮かんでいた金色の瞳が今はうっとりと蕩けるような妖しい輝きにきらめいている。
「任務の後はすぐ休暇に入れるよう申請済みですので今この時から心置きなく二人で過ごしましょうね。もうどこにも行きませんから、ずっと側にいてオレの全身全霊をかけて必ずユーリ様を満たして差し上げますよ」
そう話しながら頭を撫でていた手がいつの間にか耳元や頬をやわやわと撫でている。
するとそのやり取りを今まで黙って見ていたシグウェルさんが異議ありとばかりに
「おい、ユーリの一日は謝礼として俺が貰うことになっている。俺の方が先約なのだが?」
と余計な口を挟んできた。だけどシェラさんは怯まない。
「申し訳ありません。ですがさきほどユーリ様もオレと同じ気持ちでいたと仰ってくださいましたので。どこにも行かず離れる間も惜しんでオレに抱いて欲しいとねだるユーリ様の願いを叶えるのが優先ですから」
「言ってない!私、そんな事ひとことも言ってませんよ!?」
堂々と公衆の面前で恥ずかしいことを言い放つシェラさんに抗議する。
「オレと同じ気持ちでいたと仰ってくださったではありませんか」
「え・・・!?」
さっきのやり取りにそこまで深い意味なんてあった?どこ?どこにあったの?
何しろこっちはシェラさんがブルグ王国の馬車を追わないようにと適当に話を合わせていた上に、またいつもの大げさな美辞麗句だと聞き流していたところもあったのでよく分からない。
「ち、違う・・・誤解!」
ぶんぶんと首を振ったけどシェラさんには腰に手を添えられてエスコートされながら有無を言わさず歩かされた。
「その可愛らしい恥じらい方も久しぶりに目にするとなお愛しさが増しますね。まずはオレも埃を落としたいですし、どうやらユーリ様も御力を使われたようですから・・・共に風呂で疲れを癒やすところから始めましょうか」
危険だ。これがただ普通のお風呂で終わるわけがない。
シェラさんとお風呂の組み合わせが危険なことは身を持って学習済みなので即座に断る。
「癒やしなら今すぐ私が力を使って・・・!」
「おや、言わせたいんですか?」
目を細めたシェラさんが腰をかがめて耳元で私にささやいた。
「久々にお会いしたのにあれほど可愛らしく側にいて欲しいなどと甘えるようにねだられると、腰に来てたまりません。痛いほど張り詰めそうになる『もの』を我慢して収めるのは結構辛いんですよ?ですから早く行きましょう」
遠慮のないその言葉にさすがに赤くなる。
さあさあ、と促されればそこにまたシグウェルさんが後ろから声をかけてきた。
「おい、俺はいつ行けばいい?」
いつ行けばいい?え?来るんですか?何言ってるの、と振り向けばそんなシグウェルさんにシェラさんは
「とりあえず二、三日後においでください。それまでは離れていた分オレだけがユーリ様との時間を堪能させていただきますよ」
今まで以上に輝く笑顔でにっこりと微笑む。
それはまるでシグウェルさんだけに向けた言葉と言うよりも、リオン様やレジナスさんにも言っているように聞こえた。
私はと言えばシェラさんの恐ろしい宣言に声も出ない。
「・・・!?」
シグウェルさんからまたシェラさんを降り仰ぎ、とあちこち見ている私の顔の動きもせわしない。
まさか、まさかだけど三日も離してもらえないってこと?適当に話を合わせた代償にしては大きすぎる。
気のせいかシグウェルさんの後ろでユリウスさんが「だからやり過ぎって言ったじゃないっすか」と呟いた声が聞こえた気もしたけど、それもシェラさんに引きずられるようにして行けばあっという間に遠くなったのだった。




