ご注文は子猫ですか? 29
ともかく、加護を付けた植木鉢は無事エヴァン様に引き渡せた。
ついでにエヴァン様と一緒にブルグ王国へ行くミルク達三匹の猫用にも三鉢の猫草を渡す。
勿論私の加護付きなのでいつでも新鮮な猫草が無くなることなく青々と茂り続けるだろう。
エヴァン様も
「ありがとう、猫と一緒に必ず王子達に渡すよ。貴女の心遣いに感謝する。いつか必ずリオンと一緒にブルグ王国を訪れて欲しいな、その時は国を挙げて歓待するよ」
と喜んでくれた。
そしてそのエヴァン様の乗る馬車を見れば、中にいるミルクも車窓からこちらをじっと見ているのに気付いた。
今は王族に飼われている猫にふさわしく、白いレースで縁取られて宝石まであしらわれた華やかな水色のリボンを首輪代わりに首に結んでいるミルクは、プリシラさんのカフェにいた時よりもなんだか偉そうにも見える。
うん、これだけ堂々としているミルクならどこに行ってもやっていける。
きっとこの先もエヴァン様のことを「仕方のない子分」みたいに思ってその側でずっと見守ってくれるに違いない。
「ミルクも元気でね」
馬車に向かって手を振れば興味なさそうにあくびで返されたのが相変わらずだけど。
苦笑してリオン様と二人並んで帰国するエヴァン様達の馬車を見送り、
「エヴァン様も刺客騒ぎのせいで予定していた行程を全てこなせなくて残念でしたね」
と言えば
「むしろ『この間の分の日程を取り戻しに来たよ!』って言ってまたすぐにでもこちらに来そうなのがイヤだよ。次はこんな厄介ごとを持ち込まないで欲しいな」
リオン様はそんなエヴァン様を想像したのか若干うんざり顔だ。
「放っておいたら何をし出すのか分からないエヴァンには、やっぱりユーリは関わらせちゃいけないっていうのもよく分かったしね。次も極力エヴァンとの接触はさせないから」
遠くに消えていくエヴァン様達の馬車の行列を見送りながらリオン様はそんな宣言をする。
「またまたそんな。でもエヴァン様が猫になって部屋を抜け出したらどうするんですか?」
「次はネズミ1匹通さない厳重な警備体制でエヴァンは部屋から出さないさ」
「それじゃ警備って言うより監禁じゃないですか・・・」
なんてやり取りをしていたら、エヴァン様達の消えた方向とは逆方向からこちらに向けて激しく駆けてくる馬の蹄の音や馬影、土煙がうっすらと見えてきた。
「え?何ごとですか?」
なんだか急いでこちらに向かってくるみたいだけど何か大変なことでもあった?
リオン様への急ぎの早馬かと思っていたら、私の隣でレジナスさんが
「あいつ、もう戻ってきたのか」
と舌打ちをして呟いた。あいつ?
するとリオン様も
「任務に集中してもらうために任務完了まではこちらで起きたことや情報は全て遮断していたのに、仕事を終えて情報を聞いたんだろうね。それにしても思っていた以上に戻るのが早いなあ。さすが、相変わらずユーリが絡む事には異常な力を発揮するね」
のんびり微笑んでいる。その言葉やレジナスさんの態度からすると思い当たるのは一つしかない。
「まさかシェラさんですか!?」
でもシェラさんはキリウ小隊の任務で隊員の騎士さん達を連れて遠く南の辺境まで行っている。
何日もかけて向かったから魔物の群れを討伐してから戻ってくるにしてもまだまだかかるはずなのに・・・?
と私が考えている間にも騎士さん達を乗せた数頭の馬は気付けばもう私達のところに到着していた。
その先頭で
「ユーリ様!」
と言う声と共にひらりと降り立ったのはやっぱりシェラさんだ。
いつもの優雅な足取りで、全然急いでいるようには見えなかったのにあっという間に距離を詰められるとがっしり抱きしめられた。
いつもはふんわり柔らかい感じで回される腕が今日は珍しくぎゅっとしがみつくみたいにやけに力が強い。
こんなシェラさんは珍しい、と思っていたら
「ご無事で良かった。無法者どもはもう処刑されましたか?」
物騒な言葉が私のすぐ側で吐き出された。
「処刑!?そんなことしませんよ!」
ひえっ、と声を上げればシェラさんはふっと息をつく。
「良かった、ではその役目はぜひオレにさせてください。オレの女神を手にかけようとするなど何度殺しても殺し足りません。一度で首を飛ばすのは惜しいのでまずは器具を揃えて」
まずは器具、って何それ拷問!?ちょっと会わないでいただけでシェラさんの癒やし子原理主義者ぶりに拍車がかかっている。
さっきのリオン様の言葉からしてどうやらシェラさんは自分がいない間に私の身に起きたことを知った上でのこの言動らしいけど。
「シ、シェラさん?私はほら、この通り何ともないですから。それにシグウェルさんの魔法が守ってくれたしレジナスさんもいたので大丈夫だったんですよ!」
子どもをあやすようにこちらからも腕を回してその背中をさすりながらなだめる。だけど即座に
「たとえご無事だったとしても襲われた事実は変わりません。今回はたまたまご無事だった、というだけです」
そう返された。
「あ、でもほら!身柄はブルグ王国側が引き取ってもう帰国しましたから。だからもう間に合わないし、そもそもブルグ王国の人のことはあちらに任せて・・・」
ちらりとエヴァン様達が消えた方角へ視線を送る。
するとシェラさんは私を抱きしめたままそちらをじっと見つめていたかと思うと口を開いた。
「残った土煙の匂いや馬車の轍の跡、皆様の様子などから察するに見送りをされてからまだそれほど時間は経っていないようですね?それなら追い付くのも容易いことです」
そのまま私にあの無駄な色気垂れ流しの笑顔を見せながら金色の瞳を鋭く光らせると更に不穏な言葉を口にする。
「大丈夫です。ブルグ王国の者でも国境を越えるまではルーシャ国の法の下にあり、ルーシャ国の王の下で裁かれるのですから。国境を越える前に捕まえてきますよ」
いやいや、ルーシャ国の法や王の下で裁くっていうか自分の法で裁く気満々でしょシェラさん!全然大丈夫じゃない。
このままだと私の方がエヴァン様やブルグ王国に迷惑をかけることになる。
レジナスさんも呆れて
「お前はそれでもキリウ小隊の隊長か。私情を優先して国の間に余計な争いを起こすな、ユーリを困らせるんじゃない」
と眉間の皺を深くした。だけどシェラさんは
「オレはユーリ様のお側にいるためならいつでも職は辞すると前から言っていますが?ユーリ様の伴侶として当然の務めが出来ないなら騎士の肩書きは邪魔になるだけですね」
とにべもない。当然の務めって・・・。物言いたげな私に気付いたシェラさんの不穏な笑みが深まる。
「ユーリ様の不安を煽りその安全を脅かすものを完全に排除するのは当然のことです。いつ如何なる時も、オレの腕の中でその美しく陽だまりのように温かな微笑みをオレに向けて穏やかに過ごしていただくためには、この身も命も惜しみませんよ」
「え、えーと・・・」
久しぶりにシェラさんの癒やし子原理主義の過激派思想・・・っていうか狂信者めいたところを見た気がする。
最近は落ち着いていたと思ったのにちょっと離れただけでこれ?
すると私のすぐ隣でレジナスさんが
「ユーリの不安を煽って安全を脅かしているのはお前だ!」
って言ったけど、どうやらそれも本人には聞こえていないらしい。
ただひたすらにこにこと微笑みながらシェラさんは私を見つめていた。




