指輪ものがたり 4
「とにかく、これは一体どういう事なのか説明してもらおうか」
転移魔法陣を使って現れたミアさんを魔導士院の団長室へ案内すると、お茶を出すなり前置きもせずにいきなりシグウェルさんは本題を切り出した。
ミアさんの前に突き出したのは先日送られて来た婚約確認証明書だ。
ミアさんはそれをちらりと見て、
「どういうことも何も、そのままの意味ですよ?」
と、優雅な仕草でお茶を飲む。
「三年前、私とシグウェル様のお見合いの席で結ばれた婚約がまだ有効である事を確認して次の段階に進むためのものです。婚約後、全く音沙汰がなかったあなたが突然ユーリ様と式を挙げられたのでうちの父から私も早く結婚しろとせっつかれているんですの。」
いい迷惑です、とミアさんは肩をすくめているけどそれを言いたいのはいつの間にか身に覚えのない婚約をしていたシグウェルさんの方だろう。
僅かに眉を顰めて苦々しい表情をしたシグウェルさんが
「前提が間違っている。その『婚約をした』ということ自体があり得ない。俺がそんな事をするわけがない。」
ときっぱり言った。だけどミアさんはそんなシグウェルさんを見つめて目を細めると、
「あなたがそんな風に何がしかの感情を込めた目で私を見つめてくれる日が来るなんて、思いもよりませんでしたわ。これもユーリ様のおかげでしょうか?」
なんて言っている。多少嫌がられてもその辺の草木や石ころを見るような目で見られるよりはマシってことだろうか。そう考えるとお見合いをしていた時期のシグウェルさんはなかなかにヒドイ。
「・・・つまり団長は三年前にミラ様と婚約の誓書を交わして、それっきり音沙汰がないままいきなり別の人と結婚したってことっすよね?」
話だけ聞いてるとなかなか酷いものがあるっす、とミアさん視点の情報を簡潔にまとめたユリウスさんが呟いた。
「お前はどっちの味方だ。」
そんなユリウスさんにまたシグウェルさんは顔を顰める。
ミアさんはティーカップを静かに置くと、
「まあシグウェル様もお忙しい方ですものね。時系列的に私との見合いの直後にルーシャ国の姫巫女様の御神託がくだり約百年ぶりの召喚の儀を取り仕切る立場になられたようなので、お忙しいあまり私のことを後回しにしていたのも理解できます。」
話しながら片手をあげるとその手にパッと紙が一枚空中から現れた。
「召喚の儀の後も、現れた癒し子ユーリ様の魔法の指導にもお忙しかったでしょうし。それでもまさか、そのユーリ様とご結婚されたのは予想外で驚きましたが。・・・これが当時の婚約の誓書ですわ。」
シグウェルさんに手渡されたその紙は金色の模様が型押しで装飾された縁取りも豪華な、なんだか表彰状を連想させるものだ。
「・・・俺の筆跡だな。」
「うわ、マジで団長のサインっす!しかも魔力入りだからちゃんとした魔導士の誓書‼︎」
腑に落ちないといった顔つきでシグウェルさんは手にした紙を見つめ、後ろから覗き込んでいたユリウスさんも驚いている。
魔力入りのサインって何だろう、ハンコをついたみたいなちゃんとした契約書的なものかな?
そんな疑問が顔に出ていたらしく、ミアさんがああ、と頷いて教えてくれた。
「ユーリ様には馴染みがないようですが、自分の魔力を込めたサインをするということは魔導士にとってある種の誓いになるんです。そのサインをした約束事を破った場合、その者にはペナルティが科されます。」
それは一体。そう思ったら、ミアさんがにんまりと妖艶な笑みを浮かべた。
「相手との取り決めにもよりますが、今回は正当な理由なく婚約が破棄された場合シグウェル様の魔力の半分ほどをいただく事になっております。」
「「ええっ⁉︎」」
ミアさんの言葉に驚いて声を上げたのは私だけでなくユリウスさんもだ。
だって、今のシグウェルさんには魔力がいつもの半分しかない。もう半分の魔力は私の持っている指輪の中だ。
ユリウスさんが念のためミアさんに
「じゃ、じゃあもし団長が奥さんはユーリ様だけでいいからこの婚約は破棄するって言ったらどうなるっすか?対価として魔力を渡さなきゃならないっすか⁉︎」
と確かめた。すると当然、とミアさんは相槌を打つ。
「婚約破棄の正当な理由とは、例えば相手が信頼を裏切るような不義理を働いただとか違法行為を行なっていたなどでしょうか。単純に婚約破棄したいというだけなら対価として魔力をいただくことになりますわね。」
ミアさんに魔力を半分渡せばシグウェルさんは今すぐにでも婚約破棄出来る。
でもそうしたら、私の指輪の中にある魔力を自分の中に取り戻したとしてもシグウェルさんは魔力が回復するまで当分の間は本来の半分の魔力量で過ごすことになるのだ。
・・・自分の魔力に余裕があるから私にその力を半分預けておいても平気なわけで、私に預けている分しか自分の魔力がなく余分な力がないのでは、本当に万が一不測の事態が起きた時に困る。
「減った分の魔力を私の癒しの力で回復させればどうでしょう・・・?」
こっそりシグウェルさんに聞いたつもりがミアさんにもしっかり聞かれていて咎められた。
「ズルはダメですよユーリ様。そんな事をしても、不自然な増え方をした分の魔力も私がいただくことになります。そうでなければ誓書の意味がありませんからね。」
ダメか。つまり、このままだと誓書通りに婚約を進めるか魔力を半分渡して婚約破棄するかの二択だ。
「団長が魔力を半分失って、それを自然回復にまかせるとしたらどれくらいかかりそうっすか?」
ユリウスさんが聞けば、シグウェルさんはまだ紙を眺めながら
「お前やユーリからの回復魔法や治癒の力がなければ数年単位だろうな。と言っても、そんなことになった事がないから予想でしかないが。」
と答えた。その答えにユリウスさんが青くなる。
「数年単位とか!そうなったらその間の国の結界維持や諸々の業務はどうなるっすか⁉︎団長のバカみたいに膨大な魔力がいつでもあるっていう安心感が頼りなのに!」
「あらユリウス様、その時はクレイトス領に外注していただければいつでも優秀な魔導士をルーシャ国へ派遣しますわよ?なんなら婚約破棄で手に入れたシグウェル様の膨大な魔力を持って私がルーシャ国へ移住してお手伝いしましょうか?」
「婚約破棄したのに押しかけ女房しに来るとか詐欺じゃないっすか!悪魔の契約っす‼︎」
朗らかに笑うミアさんにユリウスさんがツッコミを入れたので慌てる。
「ちょ、ちょっとユリウスさん落ち着いて・・・」
いくら個人的な訪問とはいえ仮にも小国の王女様にも匹敵する地位の公女様にツッコミを入れるなんていつものユリウスさんらしくない。相当テンパっている。
するとそこで、おもむろにシグウェルさんの冷静な声がした。
「・・・そうか三年前。夕食をとった時に書いたあの誓書か。」
どうやら今のいままで、ひたすらその当時のことを思い出そうとして紙とにらめっこをしていたらしい。
「思い出しました?」
ミアさんがまた華やかな笑顔を見せる。
「まんまとハメられたな。」
シグウェルさんがちっ、と舌打ちをした。
「な、何なんすか⁉︎団長、何をやったんすか?」
ユリウスさんが聞くのは怖いけど聞かずにはいられない、と言った風に恐る恐る聞いた。
「ミア・アンジェリカ嬢と賭けをした。」
意外なその言葉に耳を疑う。シグウェルさんが賭け?キリウさんでもあるまいし、賭け好きには見えないんですけど?




