指輪ものがたり 3
ユリウスさんが魔法陣の使用許可を貰ってきてからクレイトス公女のミアさんがやって来るまでは早かった。
リオン様が許可をした半日後の昼間にはもう来たのだ。
ちなみに公女様だから賓客扱いで歓迎の昼餐会でもやるのかと思ったら、
「シグウェルに対する個人的な事情での訪問なんでしょ?あまり大っぴらにしない方がいいんじゃないかなあ。」
と言うリオン様の判断で特に何もしないらしい。ついでに
「どんな事情でシグウェルが婚約してる事になってるのか知らないけど、聖女エリスの件もあるし公女からシグウェルの伴侶である君を守ろうとしてシェラが過剰反応しないように、今日のシェラには遠方への仕事を頼んだからね。」
とも言われた。通りでシェラさんの姿が見えないはずだ。確かにシェラさんなら異常に警戒して何かあったらすぐに
「あの口を切り裂きますか、それとも手足を落としますか?」
くらいは言い出しそうだ。
私も、余計な刺激を与えて話をややこしくしない方がいいのではと思って
「その公女様がルーシャ国を訪問している間、私は鉢合わせをしないようにおとなしく奥の院にこもってましょうか?」
とシグウェルさんに尋ねたんだけど
「いや、訪問には立ち会いむしろ同席してくれ。まさか知らないはずはないと思うが俺がすでに結婚していることは早々に教えた方がいい。」
そんな風に言われた。ユリウスさんも、
「まあ目の前で団長とユーリ様が一緒にいるのを見せて現状認識してもらうのが婚約解消するには手っ取り早いっすよね。お二人を見たミア様がぶち切れて何かしようとしても団長の方が魔力は上だし。」
とふんふん頷いているけども。
「それってシグウェルさんの魔力がいつもの半分でもですか?」
ふと、ユリウスさんは私の指輪の中にシグウェルさんが自分の魔力の半分を入れた事を知っているのか気になって聞いてみた。
すると私の言葉を聞いたユリウスさんが
「は・・・?何の話っすかそれ。」
初耳だ、とぽかんとした。
「団長の魔力が半分・・・?え、なんかあったんすか?冗談?それともまた何かの実験?」
「な?俺の次に他人の魔力の変化に敏感なこいつですら、俺の魔力の変動には今まで気付いていないんだ。それでもなんら日常の魔導士としての仕事にも生活にも支障はない。言った通りなんの問題もないだろう?」
自分の聞き間違いかな?とまだぽかんとしているユリウスさんの横でなぜかシグウェルさんは無表情ながらも満足そうにしている。
それを聞いたユリウスさんがハッとして、
「いやいやいや‼︎マジで今、団長の魔力は半分しかないんすか⁉︎なんで⁉︎どっか体調でも悪いんすか、それともまた何かバカな実験でもして呪い的なものでもくらったとか⁉︎」
一転して顔色を悪くした。心配しているところを大変申し訳ないけれど、残念ながらバカな実験と言う言葉の方が近い。
やっぱり誰にも言わないで勝手に私に自分の魔力を預けたんだ・・・と、青くなっていたユリウスさんに事の次第を説明する。
「なん・・・ってハタ迷惑な!何してんすか団長、万が一指輪が壊れたりしてその中の魔力が暴走したらどーするんすか、こっわ‼︎」
そしたらユーリ様の白魚のような指がぶっちぎれて飛んでいきますよ!なんて言ってるユリウスさんの方が怖いんですけど。
ていうかそうか、そういう危険性もあるってことね・・・。
じとりとシグウェルさんを見れば
「俺がそんな平凡なミスをするわけがないだろう。指輪には頑丈な保護魔法を何重にもかけてあるから俺以上の攻撃魔法の使い手でなければそれは壊せない。つまりこの世の誰もそれを壊せないと言う事だ。」
と事も無げに言われた。まあそりゃあね、シグウェルさん以上の魔力の持ち主なんているわけはないけど、でも・・・。
「言ってることは分かるんすけど、団長が自信たっぷりにしてるとそれが前フリみたいで何か起こりそうなのが怖いんすよ‼︎」
ユリウスさんが声を上げた。うん、そうそう。そういうことだ。
シグウェルさんに絶対大丈夫と言い切られるほど不安になるのはなぜだろう。やっぱり日頃の行いのせいだろうか。
その後、魔導士院の大規模な移動用魔法陣のある場所へ移動する間も、着いてから魔法陣が発動するのを待つ間もずっとユリウスさんの説教は続いた。
ようやくそのお説教が止んだのは、私達の目の前の魔法陣が赤く輝いたからだ。
騎士団の演習場みたいに広く開けたその場所は屋根もかかっていない屋外だった。
古代ローマのコロッセオみたいに石組みの壁で周りを円形にぐるりと囲まれていて、同じく年季の入った石造りの床には大きな魔法陣が彫ってある。
そこが突然赤く輝き、その光が増したかと思うとごおっと炎の火柱が立ち昇り風が巻き起こった。
ちょっとした炎の竜巻みたいなものが魔法陣を満たして中が見えなくなる。
「熱っつ・・・!」
その熱に思わず自分の顔の前に手をかざしたら、大丈夫か?とシグウェルさんが私の視界をあのひんやりする手で塞いでくれた。
途端に体全体にも感じていた熱が遮断されたから保護魔法でもかけてくれたらしい。
事前にユリウスさんから、公女様は火炎魔法が得意な魔法の使い手だと聞いていたけど、転移してくるだけでもこれほどとは。
するとふいに目の前の轟々と赤く輝く炎の熱と音がおさまり、
「シグウェル様ご本人のお出迎えだなんて光栄ですわ。」
艶やかな声がした。
「それにユリウス副団長まで。それから・・・」
そう言う相手が私を見つめている視線を感じる。
慌ててまだ後ろから抱きしめるようにしながら私の視界を塞いでいたシグウェルさんの手を取って目の前を確かめた。
華やかな真紅の薔薇の花のように鮮やかで真っ赤な、緩く波打つ髪の毛の美しさに目を奪われる。
こちらを見つめる知的な黒い瞳とつやつやと赤い唇、整った綺麗な顔。美女という他に言いようのない美人だ。
体には魔導士さん達がよく着ているような濃い茶色の地味なローブを羽織っているけど、そんな姿でも目を惹く華やかさがあるしなんならその焦茶色のローブが赤い髪によく似合っている。
美人は何を着ていても似合うなあ、とちょっと見惚れていたらおもむろにシグウェルさんに更にぐいと引き寄せられて
「《《妻の》》ユーリだ。詳しくは説明するまでもないはずだ。俺達の結婚がクレイトスで話題にならなかったはずがない。」
と紹介された。ルーシャ国の百年ぶりの召喚者と国一番の魔導士の結婚。魔導士が多く集まり形成されている領地だというクレイトス領なら、それに関心がないわけがない。
だから俺が妻帯者だと分かってるよな?とシグウェルさんは牽制じみたことを言ったわけだけど、公女様はそれに全く動じなかった。
それどころか、
「もちろん存じております。ではやはりそちらが例の癒し子様で第一夫人に間違いないんですね?初めましてユーリ様、ミア・アンジェリカ・クレイトスと申します。お会い出来て光栄です。これからどうぞよろしくお願い致しますね。」
とにっこり大輪の薔薇の花が咲き誇ったような笑顔と優雅なお辞儀で返された。
「・・・第一夫人?」
初めて言われた。第一というのは、その後に第二、第三が続く場合の言い回しだよね?
聞き慣れない言葉に思わず復唱すれば、あら!と両手を合わせてまたにっこりと微笑まれる。
「私はまだシグウェル様と婚約中ですし、先に結婚されたユーリ様が第一夫人なのは当然です。そのあたりはきっちり順序や位はわきまえておりますからどうぞ安心なさって下さい。噂に名高い癒し子様と、同じ方の妻になれるとは光栄なことです。どうぞ私のことはミアと呼んで下さいね!」
うん・・・?つまり目の前の美女のミアさんは私とシグウェルさんが結婚していることを知っていて、それでも婚約解消するつもりはなくそれどころか二番目の奥さんになるつもりでいると・・・?
「まあまずはこの婚約を円滑に進めませんとね。シグウェル様とユーリ様のお式が済んで落ち着いてからの方が良いだろうと機会を見計らって、やっと連絡をすることが出来ました。私達の式はこちらでやるのかそれともクレイトスか、生まれる子供の一人目はユールヴァルト家に入れるのかクレイトス公子にするのかなど、決められるものは今のうちに・・・」
どんどん話を進めるミアさんに私もユリウスさんも呆気に取られる。
つまり、私とシグウェルさんの結婚式の忙しさが落ち着くのを見計らって次は婚約者の自分の結婚式の番だと連絡をしてきたんだ?
ユリウスさんがハッとして、
「団長、まずいっすよ!このままだと婚約詐欺どころか結婚詐欺になるっす!いや、団長がユーリ様の他にも奥さんを持つって言うなら何も問題はないっすけどそれはないですよね・・・⁉︎」
と確かめた。対してシグウェルさんは
「絶対に有り得ないことを言うな、愚か者か?・・・これは話が長くなりそうだな。」
普段より一段と冷たさを感じる温度感で言葉を発し、ひそかにため息をついた。




