オークス・若草物語/四姉妹(2)
5月23日土曜午後、雨が止み曇りから晴れ間が覗くようになる。
シェアハウスのリビングで、85インチ8K液晶テレビに向かう住民たち。
L字ソファーには窓側短辺にはピンクの果凛にネイビーの冴。
テレビが正面の長辺には白色の惠。
その隣には何時ものエプロン姿の鞍さん。
ソファーの右、オットマンにはグレーの優が座る。
鞍さん除く女性全員が上下ジャージだ。
果凛曰く、レース後には『ビクトリアスタイル』姿になるので、着替えが楽にしたいからという。
優は普段そのままの姿だが。
観戦するレースは京都のメイン、ダート1900mのG3である平安ステークスだ。
「オメガパフュームの単勝が5.3倍、ゴールドドリームが4.3倍って、何なのよ?」
冴が3番人気と2番人気の馬名とオッズへ驚きの声を出す。
「冴姉ぇ、六連勝中のロードレガリスが3.0倍で1番人気。世の中は新星を求めているのかねぇ」
果凛がニューフェースに期待を寄せる。
「でも、スワーヴアラミスが5.4倍の4番人気、ヴェンジェンスも8.6倍の5番人気で人気は割れていますよね」
惠が『だからじゃないですか?有力馬のオッズがついているように思えるのは』と解説する。
「でもねぇ…」
呆れて口ごもる冴に優が言いたいことを代弁する。
「…ゴールドドリームがG1を五勝、オメガパフュームがG1を三勝、このメンバーでは実績は抜けてますね」
「そう、海外遠征帰りと斤量59kgが嫌われたのかねぇ」
冴が眉間に皺を寄せて悔しがる。
「なら、買っちゃいますか。ゴールドドリームとオメガパフューム」
笑みを浮かべる鞍さんがそう宣言した。
ただ、口元は真一文字で反発心を隠すような笑顔に見える。
「でも、鞍さん、冴姉ぇ。スワーヴアラミスやヴェンジェンス、ハヤヤッコとか重賞勝ち馬もいるし一筋縄ではいかないんじゃ…」
「G1馬二頭ともレース間隔が空いていますし、果凛さんの言う通り紛れはあるかもです」
「だから、オッズが割れているのよね」
果凛、優、惠の若手三人がリスクを展開した。
『確かに…』
鞍さんも冴も悩みを吐露する。
腕組みをして首を傾げ合う妙齢の女性二人。
「鞍さん、二頭の調教に注目だよ」
冴が沈黙を破る。
「一週前にCWをゴールドドリームは80.9-65.4-50.8-36.8-12.1を一杯で5月5日から合計三本」
「同じく、オメガパフュームは82.0-65.8-50.6-37.1-12.2を馬なりで4月22日から合計七本だよ」
冴が調教内容を披露し『今週も両馬時計出しているし、特にオメガパフュームは日曜にも意欲的に坂路に入り、水曜日にも一杯に追われて絶好の動き』だという。
「冴ちゃん、ゴールドドリームとオメガパフュームの単勝とワイドを買って」
鞍さんは冴の肩を両手で揺らした。
『私は複勝と馬連を買うわ』という。
『鞍さん…』と名前を呼び、その瞳の中の自身に宣言する『腹は決まった』と。
ゴールドドリームとオメガパフュームの単勝、ワイドの馬券を各5,000円が冴。
ゴールドドリームとオメガパフュームの複勝、馬連の馬券を各5,000円が鞍さん。
『1万円の予算はオーバーだけどいっちゃいましょう』と鞍さんが気合いを入れる。
若手三人は『なるほど』と理解しつつも『子どもみたいな大人』だと微笑ましく思える。
意地を張り、シェアハウスの様々な騒動からすると納得だが。
「さぁ、実力のある馬の強い競馬をみせてもらいましょう」
鞍さんがスッキリとした表情で、期待をテレビに向け両手を広げた。
その『平安ステークス』のレースとなる。
正面スタンド前からのスタートは横一線、なかなか隊列が決まらない。
スマハマが先頭か、スワーヴアラミスが半馬身後、ヴェンジェンスがその次。
ゴールドドリームが4番手、その内にオメガパフューム。
ロードレガリスは押して後方のインを通る。
1、2コーナーでも隊列は変わらない。
虎視眈々と前を伺うゴールドドリーム、それをマークするオメガパフューム。
騎手が前へと促し続けるロードレガリスは最後方となる。
3コーナーを過ぎ、4コーナーは内スマハマ、中スワーヴアラミス、外ヴェンジェンスとなる。
その後でゴールドドリームが内、オメガパフュームが外を選択する。
最後の直線、スマハマが後退、スワーヴアラミスとヴェンジェンスの競り合いか。
「オメガパフューム!」
「ゴールドドリーム!」
鞍さんと冴の声援が飛ぶ。
オメガパフュームが鋭い脚で、前二頭を捉える。
少し遅れてゴールドドリームも脚を伸ばす。
先頭はオメガパフュームでヴェンジェンスが食い下がる。
だが、体勢は決した。
オメガパフュームがゴールイン、ヴェンジェンスが2着。
ゴールドドリームが底力でスワーヴアラミス躱し3着。
「オメガパフューム、強い!」
「ゴールドドリーム、頑張った!」
嫣然と笑う妙齢の女性たちは拍手!、拍手!である。
馬連こそ逃したものの単複ワイドが的中だ。
鞍さんと冴が肩を組んで体を揺らす、栗色のセミロングと漆黒のロングも同時に揺蕩う。
若手三人は『やっぱり』といい『子どもみたいな大人』を見詰め合っていた。
『子どもみたいな大人』は数十分後に本領を発揮しするのを、今からの写真撮影で優は知ることになる。
『平安ステークス』観戦の後にシェアハウス住民の写真撮影会となる。
午前の雨は曇りになり、午後は晴れ間が覗いている。
シェアハウスの二階は三部屋で女性住民が暮し、その奥の東側にはベランダがあり平久川が望める。
平久川は運河の街でもある東京・深川を象徴する川の一つだ。
シェアハウス近所木場公園にある『練習堀』でみられる『角乗り』が、昔はここでもみられたかという川が材木の街である名残として横たわる。
「だまされた」
顔を膨らませた優はそんなに大きくない平久川に嘆きを投げ入れる。
「確かにズボンは履いていますけど…」
「…何ですか、この服」
上半身は紺の詰め襟の学生服で、裾が長いが応援団が着る長ランとは異なる。
ウエストが絞られ、膝で裾が拡がっておりスカートに近い。
「ブルーマーズだけど」と鞍さん。
冴が肩先の膨らむパフスリーブからの腕で腹を抱えて、スカート丈が長い紫色のビクトリアスタイルを着て、ポニーテールを揺らして笑いながら、説明する。
十九世紀半ばにブルーマーというアメリカ人がズボンと短いスカートのショートドレスを組み合わせた着用を薦めたので、その名がついたとされる。
「また、女扱いですか」
グレーのズボンを撫でながら、優は愚痴る。
チュニックワンピみたいで可愛いねと果凛が励ます。
「可愛いなんて要らないです」
怒る優に『ご愁傷様』と肩を二度叩く惠。
若草物語の四姉妹、自分の家を持つ望む長女のメグ、小説家になりたい次女のジョー、ピアノが好きな三女のベス、画家になりたい四女のエイミー、そして四姉妹から尊敬され、慕われる賢母のミセスマーチ。
メグの冴、ジョーの優、ベスの惠、エイミーの果凛、そして慈母ミセスマーチは鞍さんだ。
ベランダで北側の植木を背景に椅子が一つ。
椅子には深紅のビクトリアスタイルを身に纏う鞍さんが座る。
ライトブルーのビクトリアスタイルの果凛が鞍さん胸に頭を埋めて目線をカメラに向ける。
鞍さんの右に冴、左には緑のビクトリアスタイルは惠。
優は服を隠すように鞍さんの後ろに佇む。
そのカメラ構図は『若草物語』原書のイラストをイメージしていた。
初版に掲載されたといわれる素朴でやさしい筆使いのイラストは、南北戦争が終結した頃の東部アメリカを再現しているようだ。
『若草物語』の作者、ジョーのモデルであるオルコットはエイミーのモデルである実妹のメイに四姉妹と母親のイラスト作成を依頼したとのことだ。
冴が三脚とタイマーをセットし撮影を始める。
覚悟を決めた優が開き直って笑みを溢す。
雨上がりの深川に虹が浮かぶと住民たちの歓声が上がる。
まずは『若草物語』のイラスト構図で撮影した。
次は、後にいた優を冴と惠が手を引き前の椅子へたぐり寄せる。
鞍さんが椅子を立ち上がると、左頬を並ぶ優によせる。
冴も鞍さんに、惠も優にそれぞれが身体を抱くようにして頬を寄せる。
鞍さんと優の前で果凛が腰を屈めてVサインだ。
こうなると令和の構図になる。
果凛の両肩には鞍さんと優の手が乗る。
「今度は果凛が椅子に座る」
果凛が椅子に座って四人が周りを囲む。
次から次へペアだ、トリオだ、カルテットと、撮影が進む。
「一枚撮っておこうか」
そういう惠が椅子に座り、優がその脇で佇立するツーショット。
写真を撮り終え、夕日を浴びて染まる惠と優が緊張から解放された笑みをみせる。
「その表情頂きますね」
鞍さんがすかさずスマホを向けると、二人が驚くように顔の紅を深める。
撮影会は無事終了となると、もう黄昏時だ。
「結構楽しかったです」
優が笑みを向けると鞍さんが『よかった』と喜んだ。
家庭に起こる楽しい出来事や悩み、事件、そして大きな試練が、若草のようにフレッシュな姉妹を少女から「リトル・ウィメン」へと成長させるスタートが『若草物語』の第一部だ。
偶然にも出会った住民たち四人、皆の成長をみたいとは思うけど。
いつかは変わりゆく四人。
だから未来への希望が溢れる第一部が一番いいの、と鞍さん。
『この巡り合わせた一瞬を永遠に残して置きたいの』
そんなことの連続だという。
だから、こんな格好して、わざわざ画像に納めたとのことだ。
『競馬やっていれば、尚更でしょう』ともいう。
毎週、毎節、毎年と次々と繰り広げられる競馬。
鞍さんは日々の生活に加え皆で楽しむ競馬も、一瞬一瞬を生きた証として残したいのかも知れない。
鞍さんが競馬と共に、バカバカしいイベントを続けるのを優は分かるような気がした。
この小説はフィクションであり、過去および現在の実在する人物・組織・馬などにはいっさい関係ありません。




