オークス・若草物語/四姉妹(3)
来週はダービー、英国を範とする紳士淑女の祭典ですね。
冴が鞍さんに意を求めるべく語りかける。
興味を持ちながらも不安と期待が入り交じる優。
「ダービーと有馬記念、年に二回のシェアハウスの祭典だよ」
果凛が嬉々としてシェアハウスのイベントを説明する。
優はいつもイベントじゃないのかと疑念を浮かべる。
冴は優に心配なら『鞍さんに聞けば』という。
「まあ、取って食われる訳じゃないし、今日みたいに楽しいよ」
「その楽しいが『不安』なんじゃないですか」
優は冴に毒づいた。
思わず引けた腰の優が面白く、表情を緩めていた。
『優の女扱いについて』。二度あることは三度あるかもねと冴が口笛吹く。
平久川と同じゆったりとした流れと似た口笛がベランダから夕日に流れていた。
5月23日土曜、夜のシェアハウスは競馬の住人、大人の王国だ。
「鞍さーん、いつまでこの服着ているんですか?」
優がブルーマー、チュニックワンピに似た服の裾を掴みながら情けない顔で問う。
『予想大会が終わるまでですよ』と普段のエプロン姿の鞍さんが手にした赤ワインをリビングのセンターテーブルに置く。
『普段着でいいなぁ』と惠が鞍さんに向けると『手料理の準備がありますので』と鞍さん。ツナとサウザンアイランドドレッシングのソースを和えたカリフラワーを小皿に取り分ける。
『コルセットがキツくて』と嘆く惠に、『ウエストのくびれ、欲しいでしょ』とライトブルーのビクトリアスタイルの果凛が腰回りを指さす。
緑のビクトリアスタイルの腰に手を当てた惠は恥ずかしがって『うるさいなぁ』と悪態をつくのが可愛らしい。
ソファーの短辺の端に品のある紫色のビクトリアスタイルが座る、冴は『元気がいいなぁ、お前ら』と口にしながら扇子を仰ぐ。
冴は夜の仕事は『疲れた。ナシ』とのこと、休み?が取れたらしい。
予想大会の余興として色取り取りのビクトリアスタイルがシーリングで鮮やかに照らされる。
センターテーブルに軽食と飲み物が準備万端だ。
カリフラワーの他にはジャガイモをチーズで焼いたロスティ。
チーズは六分の一に個包装されたプロセスチーズ。
今日は『十九世紀のアメリカ家庭をイメージ』してシンプルな品にしたと鞍さん。
住人たちは『ビクトリアスタイルの準備で料理の時間がなかった』と看破する。
大人たち三人はカルフォルニアの赤ワイン、未成年の二人はペットボトルのダージリンの紅茶だ。
惠も『茶園』の紅茶にこだわる余裕はなかった。
鞍さんが徐に立ち上がる。
「さて、予想大会始めますか」
鞍さんが予想大会の開催を宣言した。
リビングのL字ソファーには窓側の短辺には冴と果凛、その右手の長辺には惠、鞍さん、短辺の向こう正面になるオットマンに優だ。
果凛に『今日は灰色ジャージじゃないね』とからかわれる。
『若草物語』の舞台、南北戦争当時におけるアメリカ女性の流行服がトラウマのような雰囲気の優に冴は苦笑する。
「パン」と手を打つ音がリビングに木霊する。
住民たちの目線を浴びた鞍さんが満面の笑みで宣言する。
「それじゃ、予想大会始めます」
「桜花賞は凄かったねぇ」
デアリングタクトを推していた冴が腕組みしながら感慨深げに回想する。
「重馬場ですよね。あの差し脚は素敵でした」
惠も両手を握り、目を細めてうっとりする。
「そう、後半38.1ですね、タフなレースを制したということでしょう」
優も納得げに語る。
この場にいる全員が桜花賞、レシステンシアを並ぶ間もなく差しきった直線を思い浮かべる。
「じゃあ、デアリングタクトでしょうがないかな」
鞍さんは『他はいないの』と住民たちを見回す。
冴が他の選択肢はないだろうと、咀嚼したカリフワラーを赤ワインで味わう。
「デアリングタクトの父エピファネイアは、ダービー2着、ジャパンカップ1着。府中2400mはもってこいじゃない。桜花賞よりパフォーマンスは上がるよね…」
「…血統もサンデーサイレンスの3DX4Sの初のクラッシック制覇だしねぇ」
サラブレッドの配合で3X4は12.5%+6.25%の合計18.75%を意味し、いわゆる名馬を輩出する黄金比率のインブリードと言われている。
因みに『3DX4S』のSは父系、Dは母系を意味している。
「クラヴァシュドールは?」
ワイングラスを掲げた果凛が甲高い声で馬名を挙げ、住民たちの注目を浴びる。
「待ちわびた府中の2400mだよ。クラヴァシュドールだってパフォーマンスは上がるよ…」
「…桜花賞は何かチグハグなレースでさ、直線だって馬場の悪そうな内を通って競馬になっていないじゃん。今回は広々としたコースの良馬場で早め先頭で押し切りがあっても不思議はないよ」
『確かに巻き返しはあるかも』と優も警戒が必要ではと言う。
「クラヴァシュドールの父はハーツクライよね」
鞍さんがハーツクライ産駒を想い起こし、赤ワインを舌で転がす。
シュヴァルグラン、スワーヴリチャード、ジャスタウェイからすると東京コースの中距離G1ならと期待できますねと、ジャパンカップや天皇賞秋を制した先輩を引き合いに出す。
「ミヤマザクラもいますよね?」
ロスティを頬張る優が早くからオークス向きといわれてきた馬ですよねと披露する。
「札幌2000mの洋芝でレコード勝ち方をして、同じ府中のクイーンカップは離れた2番手から直線力強く抜け出しました」
先行力がある自在型なのでどんな競馬にも対応できるとポイントを追加する。
「デビュー以来、順調に使われてきたのも強みじゃないですか」
兄に菊花賞3着のポポカテペトルがいるので1マイル半も乗り切きれると信じたいと願う。
「それなら、直線早めに抜け出してクラヴァシュドールとランデブーだね」
『桜花賞の直線、レシステンシアとスマイルカナがイメージかな』という果凛に冴が
『それじゃ、デアリングタクトに差されるんじゃないの』と微笑ましく笑う。
「でも、桜花賞から巻き返して緑鮮やかなオークスで深山桜の乱れ咲きがあったら面白いですね」
鞍さんがウイットと赤い液体を口にして惠に振る。
「デゼルはどうですか?」
流麗な背中のライン、首を使って懸命に進む姿が、ものすごく可愛くてとは惠だ。
「三月デビューで二連勝、ダービー&オークスの全てのトライアル組で一番星ですよ」
惠がそうまで言い切るのは珍しい。
トライアルのスイートピーステークス、大外からの直線一気。
オークス出走馬では最も遅いデビューと馬名の由来の『翼』の複数形から『華麗に舞う天才美少女降臨』といい、惠はデゼルを抱くように自分自身に手を回す。
優はデゼルが好きなのはゲームとアニメのキャラクターを連想しているのではと頭を過ぎるが、黙って馬自身の評価をする。
「確かに、デビュー二戦目で上がり32.5秒はタダモンじゃないね」
「鞍上の指示が出てからの瞬発力は心惹かれるよねぇ」
優と冴のレース回顧に『でしょっ、でしょっ』と惠が喜ぶ。
なるほど、惠の競馬ファンとしての見立ても住民たちと遜色なく会話が出来るようだ。
彼女に競馬のレクチャーをしてきた優は微笑ましくなる。
「直線、先頭に並び立つクラヴァシュドールとミヤマザクラのランデブーをデアリングタクトとデゼルのデュエットが猛追するの」
心躍らせる惠は展開を妄想しながら紅茶を口に含む。
「デゼルの『左後一白』は名馬の証、シンボリルドルフやオルフェーヴルが有名だけど」
鞍さんはデゼルも同じだと期待し、プロセスチーズを口ずさむ。
『左後一白』は四脚のうち左の後脚が白い馬をいい、別名『名馬の相』とも言われている。
一時期、現役G1馬の約四割が『左後一白』だったという主張もあるという。
他にはブエナビスタ、ドゥラメンテがいる。
「エピファネイアやハーツクライも『左後一白』ですしね」
オークスに縁のある馬の名前も鞍さんは追加する。
デアリングタクトとクラヴァシュドールを推す冴と果凛に細めた目を向ける。
「この四頭、『若草物語』の四姉妹かな」
結論に向けて鞍さんは宣言した。
『写真撮影の役柄とは違うけどね』といいつつも四姉妹ならぬ四頭の名を鞍さんは口にする。
しっかり者で長女のメグが冴のデアリングタクト、元気一杯な次女のジョーが果凛のクラヴァシュドール、おしとやかな三女のベスが優のミヤマザクラ、美少女の末っ子のエイミーが惠のデゼルをイメージするという。
「じゃあ、馬券はその四頭ですか?」
カリフワラーが乗る小皿を片手に惠が結論を問う。
「ヒロちゃんからスマホトークが入っていてね…」
鞍さんが近所の競馬好きの友人、内山田洋子の予想を披瀝を試みる。
「あー、分かっているよ。リアアメリアでしょ」
グラスを呷る冴がヒロコの名を聞いただけで即答だ。
『まあ、そうなんだけど』と苦笑する鞍さんに『相変わらず、ウチヤマダヒロコの姓に似た厩舎の馬が好きだねぇ』と果凛。
ヒロコは自分の姓『内山田』から『似た名前だから親近感が湧く』といってリアアメリアの厩舎のファンだという。
ヒロコからのトークを鞍さんが読み上げる。
『阪神ジュベナイルで圧倒的一番人気に支持された馬、連敗しているが評価したい。
桜花賞のパドックで見せた馬体は、惚れ惚れするもので、見限るのは早計。
府中では一戦一勝、人気を下げたここが絶好の狙い目』だという。
『なるほど、いい見解かも』と思ったのは優だけではないようだ。
「『四姉妹』の長女に敬意を表してデアリングタクト軸でいきます」
ワイングラスをセンターテーブルに置く鞍さんが纏めに入る。
『デアリングタクトを馬連の軸にして、後は妹たちね』と続ける。
「デアリングタクトから馬連の軸1頭ながしでクラヴァシュドール、ミヤマザクラ、デゼルを各3,000円、リアアメリアは1,000円、合計1万円」
鞍さんが『ヒロちゃんにも敬意を表します』とのことだ。
冴が冷静な面持ちで『私はデアリングタクト単勝1万円』とだけ呟く。
それだけで応援の度合いが分かる。
オークスはデアリングタクトで仕方ないか。
近年、桜花賞、オークスと連勝したのは、アパパネ、ジェンティルドンナ、アーモンドアイくらいしかいない。
デアリングタクトもそれら名牝と肩を並べる駿馬になる可能性はある。
そういう冴の気持ちを受けた鞍さんは『明日になったら馬単にするかも』とのことだ。
買う馬を決めても馬券の種類で一晩悩む。
この逡巡も競馬の醍醐味なのかもしれない。
こうしてシェアハウスの予想大会、夜は更けていった。
この小説はフィクションであり、過去および現在の実在する人物・組織・馬などにはいっさい関係ありません。




