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源氏とキセキの物語・天皇賞春(2)

「あ、坊主。ちきしょう」

果凛がめくった札の人物にクソ坊主と言い、全ての持ち札を五人の囲みの中央へと投げ捨てる。

高僧も果凛の手に掛かれば、クソ坊主だ。

鞍さんが『在原業平』を引き、競技かるたの読手のまねをして『ちはやぶる、神代もきかず、一枚目』と戯けて、手を隣に向け促すと、優が札を引く。

「あ、『男性札』僕は二枚目」

優は安堵すると、見てはいけない目線で隣をチラ見する。

初戦で負けた惠は半袖ブラウス脱ぎ、白いキャミソールとスカートで正座していた。

露出する惠の肩が艶めかしい。

一巡して鞍さんに促され優が札を引くと『坊主』で、三回戦は負けた。

優と惠は勝つか負けるかの厳しい戦いを強いられていた。


「はい、優くん」

鞍さんが白いレーストップを負けた優に渡す。

観念した優が自分のTシャツを脱ぐ、なで肩だが意外に厚い胸前が見える。

優って、やっぱり男の子なんだなと惠は感じた。

ゆったりとした襟ぐりから鎖骨が覗く、二回戦の敗北で履き替えたピンクのショートパンツがマッチする。

「可愛いじゃん、優」

冴は妹への慈愛を投げる。

惠は可愛い優が可笑しくて、自分の姿を差し置いて笑いを必死に堪えていた。

「じゃあ、四回戦ですね。やりましょうか」

『僕、シャッフルします』と言う優はこの状況から逃れようと、手を激しく動かし続けた。


惠はむき出しの腕で山盛りの札から『姫の札』を引き、果凛が捨てた札を手繰り寄せ、やったと頬を紅潮させていた。

果凛は『男性札』だ。

「惠ちゃんが今回は負けないかねぇ。あ、オトコか、つまんない」

二勝一敗の惠が有利で四回戦を迎えていた。

惠が負け、優が勝てば面白いという冴の次に、鞍さんが引くと『男性札』だ。

「はい、優くんの番」

背を向けた札は後二枚、坊主の『蝉丸』は、どちから一方。

優の腕が機械のように軋む、ギギギという音が聞こえそうだ。

右手の人差し指と親指の輪の中に押し入る厚い紙。

目を瞑り、札の絵を露わにすると、冴さんと果凛さんの『おお』という歓声で、惠は声を失う。

目を開けると『藤原実方とかくとだに…』が視野に入る、その脇で惠が震えている。

惠は最後の札を睨み付けると、冷静さを装い、札を面にする、『蝉丸』坊主だ。

「また、負けました」

敗北を認めると潔くスカートを脱ぎ、ロングキャミをワンピースの代りにして正座する。

瑞々しい素足を披露する惠はわざとらしい笑みを浮かべ、気丈に振る舞っていた。


優と惠は勝敗を二勝二敗の五分で分け合っていた。

最終の五回戦、途中から一進一退の攻防が続く。

鞍さんは『展開が読めないのは坊主めくりもキセキの競馬も一緒』という。

キセキのファンの果凛は『その例えはあんまりだ』と嘆く。

五人の持ち札は測ったように各十九枚だ。

「こういう時、引きが弱いんだよな」

ゆっくりと札を引く冴は予言を的中させると、肩を落としながら坊主と十九人の仲間を前に差し出す。

「冴姉、怖くしないでよ」

果凛が怯えながら引いた札は『蝉丸』で、悲鳴を飲み込むように口ごもり、二十枚の札を全て押し出す。

鞍さんも見事に坊主で、六十枚の札が中央で包囲させれていた。

引く札は残り二枚で優の手番で、引く。

『おお』と手持ちの札を無くした三人が感嘆を挙げる。

『清少納言』だ、ココで出たかと感じ入る。

最終戦は優の勝ち、通算三勝で『王様』だ。

惠は冷静に最後の札を引くと『姫の札』で、『一歩遅かったかな』が感想となる。

 

「で、どうするの?」

果凛が腰を折って、座る優の顔を覗き込む。

優は避けるように『どうって』と、顔を左へとそむける。

「王様の命令♡」

ゲームに優勝した権利をどう使うのかと興味を示す。

命令される惠はどうでもいいように嘆息を吐く。

その溜息反発するように優は宣言する。

「何もしませんよ」

「そう、それは今やることがなくて、そのうちやるっていうことだよね」

「男の子だもんねぇ。あんなことや、こんなことを、邪な想像するんでしょ。」

笑う冴と果凛に『違います』と反駁するが、通じない。

惠が立ち上がると、ぎこちない笑みで『楽しかったです』と言い、部屋を出る。

一呼吸置いて優も逃げるように部屋を後にし、ドアが静かに閉まった。

二人とも『坊主めくり』が馬券と関係するとは信じていないようだが。

「全く、二人とも真に受けて」

「動揺してたねぇ」

冴と果凛はあの二人は冗談が通じないよと、困惑を浮かべた。

下着一枚にされた惠には、冗談ではないのだろうが。

「『王様の命令』、本当に使いたかったのかしら」

鞍さんが優の気持ちを想像する。

冴が『少し時間がかかるかな』を述べると、姉妹は『仕方ないね』とお互いの顔を見合う。

鞍さん曰く、『優くんと惠ちゃんの関係も騎手とキセキと同じ、読みづらいわねぇ』に『鞍さん、それもあんまりだ』と果凛は再び歎ずる。

シェアハウス恒例の馬鹿騒ぎは、これからも続くのだろう。

「まあ、何とかなりますかね」

そういいながら『明日の青葉賞は楽しみ』と笑みを浮べて鞍さんも席を立つ。

鞍さんは『ダービートライアルでオーソリティがどんな走りをするのか楽しみです』といいつつ風呂へ入るという。

いざとなったら、女神である鞍さんがフォローするような気が、姉妹はした。


「オーソリティ、頑張れ!」

鞍さんにしては珍しくスタートから馬名で応援するハイテンションだ。

シーザリオは鞍さんが好きな一頭だ。

その娘ロザリンドを経由して、孫のオーソリティを応援する。

今は存在しないG1のアメリカンオークスの覇者であるシーザリオ。

数奇な運命の桜花賞を経てオークス馬になった黒鹿毛の美少女はアメリカに向かい最後となる競馬で勝利を飾ったのが懐かしい。


5月2日土曜午後の東京競馬場、ダービートライアル青葉賞だ。

シェアハウスのリビングで、85インチ8K液晶テレビが繰り広げる熱戦を伝える。

L字ソファーには窓側短辺にはセーラー服の果凛に濃紺のタイトスカートにスーツの冴。

テレビが正面の長辺には白Tシャツと黒白の花柄ロングスカートの惠。

その隣にはオーソリティを食い入るように見るエプロン姿の鞍さん。

ソファーの右、オットマンにはグレーのパーカー姿の優が座る。

高校制服の果凛は、休止中である土曜の軽音部へ馳せる思いだという。

そしてこの青葉賞は『オーソリティ単勝1万円』で勝負した鞍さんの独壇場となる。


スタートして、ブルーミングスカイがまずハナへ、オーソリティは2番手だ。

絶好の芝生コンディションは前行く馬が良い結果を出しているだろうか。

フィロロッソ、サーストンカイドー、コンドゥクシオンなど馬群がなだれ込むように1コーナーへ殺到し、オーソリティが激流に飲み込まれて行く。

2コーナーではフィロロッソが先頭、サーストンカイドーが2番手。

オーソリティは5,6番手の内、フィリオアレグロとヴァルコスはその後。

「うん、いい位置」

鞍さんが膝の上で握る手に力が入る。

1000m60.4秒

そこから中段の動きが激しくなる。

4コーナー手前、オーソリティは7番手となる。

『大丈夫かなぁ』と苦い心配が去就する。

直線入口、フィロロッソがここでも先頭、2番手はサーストンカイドー。

オーソリティは内側から先行集団に取り付こうとする。

だが、行き場がない。

『苦しそう』と手を握る。

ぽっかりと馬群を無視する横の空間、心配を打ち消すようにオーソリティは横へ飛ぶ

直線が開ける、右鞭、持ち替えての左鞭で鼓舞を打ち続ける。

オーソリティ、六頭が横一線の外を駆る。

まず最内フィリオアレグロが先頭で、真ん中からヴァルコスが襲う、オーソリティも食らいつく。

今度は三頭横に並んだ勝負となる。

オーソリティが一完歩ずつヴァルコスを追う、最後はこの二頭が内のフィリオアレグロを躱す。

「オーソリティーッ!!」

声援に応えたオーソリティがヴァルコスを差し、クビ差でゴールインだ。

さらに首差で3着がフィリオアレグロ。

勝負強いしぶとい勝ち方だ。

ゴールの瞬間、鞍さんはオーソリティの勝利に両手を叩いて『やった、やった』喜んでいた。


子どものように飛び跳ねる鞍さんを横目に住民たちも的中を祝う。

「おめでとう御座います」

「自在性があって、操縦性も高いですね」

「息の長い脚が使えて、いい勝負根性しているわ」

「ひょっとしたら、皐月賞1、2着の二頭に割って入るかもね」

惠、優、果凛、冴の感想に『ええ、そうですとも』と鞍さんが自分の息子の栄誉のように胸を張る。

「直線の内から外へ、スパートをかける場所を探したロスが痛かったですね」

それで、あの競馬だ。

「スムーズにレースが運べたなら…」

そう言い及んだ鞍さんは冴に向く、両者の髪が外からの風に揺れる。

「コントレイルやサリオスとやり合える可能性がありますね」

冴の言を受けて果凛が気も早くレースの直線をイメージする。

「直線先頭のサリオスにコントレイルとオーソリティが同時スパートで襲いかかる」

「たまらない展開ですね」

心躍る優に惠が甲高い応援をする。

「でも、今度はサリオスが先頭でゴールよ」

「その意気だ」

サリオス好きな惠と果凛。

「あら、皐月賞と同じようにコントレイルが府中でも差し切りよ」

「その通りです」

コントレイル派の冴と優。

『鞍さんは勿論…』という感じで、住民たちの目線が集中する。

「まずは、無事にゲートインして欲しいですね…」

「…ゲートインしたら全力で応援したいですね」

鞍さんが女神のような微笑みを見せると、住民たちは首を縦に振った。


5月2日土曜、夜のシェアハウスは競馬の住人、大人の王国だ。

リビングのL字ソファーには窓側の短辺には果凛と冴、その右手の長辺には優、短辺の向こう正面になるオットマンには惠が座していた。

センターテーブルに軽食と飲み物を準備万端となるとエプロン姿の鞍さんが優の右へ座る。

オーソリティの勝利で気を良くした鞍さんは髪のサイドを編み込みにしていた。

鞍さんは機嫌が良いと髪を編み込みにする。

果凛は上下セパレートのパジャマ、惠は長袖Tシャツにハーフパンツ、優はジャージで、昼と同じタイトスカートにスーツの冴は仕事を一時間、抜け出したという。

今日も銃を脇に挟む冴に優が仕事の内容を問うが、「やだよー」と口笛を吹かれた。

まあ、前回の予想大会と似たような光景だ。

テーブルにはカニクリームコーンのピザ、鶏肉とキノコの和風スパゲッティ、シャウルスとモッツァレラ、パルジャミーノの各種チーズ、取り皿とフォークがある。軽食の両隣に大きな円柱の氷入りのクーラー、左にはロゼワインが二本、右にはお茶のペットボトルが冷やされていた。

鞍さんが促すと、鞍さんと果凛はロゼワイン、惠はアッサムティー、優がプーアール茶を手にして、銘々が軽食を取り皿に盛る。

これから一晩中の仕事という冴はお酒飲みたいと駄々を捏ねながら、ジャスミン茶を手にしていた。

さて、と鞍さんがワイングラス片手に徐に立ち上がる。

「予想大会始めます」

拍手ともに住民たちの視線が鞍さんに集中する。

「皐月賞は馬連的中でよかったですかね。競馬もコントレイルとサリオスの直線の攻防が見応えありました」

住民たちは馬券的中もそうだが、皐月賞のマッチレースに満足していた。

「それで、鞍さん、皐月賞の馬券はどうなったの?」

冴が『スマホが手元になかった私も悪いのだけど…』と懺悔しながら、パスタを口にする。

鞍さんのスマホがログインで不調、冴がスマホを仕事場に忘れてネット投票が出来なかった件だ。

お陰で皐月賞の馬券は鞍さんの競馬仲間であるヒロコとユキノにLINEトークで依頼した状態だ。

「…いや、ヒロコとユキノに頼んだ馬券ですよ」

「ああ、あれ」

「『ああ、あれ』じゃなくて、どうだったんですか?」

ピザを片手の果凛に追求された鞍さんはスマホを手にする。

『今頃、確認ですか?』とのツッコミを冴は飲み込んで『鞍さんらしい』と思うことにした。

住民たちがスマホに集中すると、鞍さんは胸に抱いて部屋の隅へと逃避する。

『どうだったんですか?』と住民たちが追う先は暗がりで背を向けていた。

追い詰められた獣が唸ると、住民たちは躊躇と不安を表情に露わにする。

鞍さんがスマホの確認結果を披露する。

「大丈夫です。ヒロちゃんもユキちゃんも買ってくれていました」

安堵の息がリビングに拡がった。

『増えたお金は二人とも相殺だそうです』と聞く冴は『ヒロコもユキノもしっかりしている』と薄ら笑いだ。

シェアハウスの近所で、ヒロコは酒屋、ユキノは喫茶店を営んでいて、鞍さんの利用代金に充当するらしい。

「よかった」

「でも鞍さん、管理人用にスマホがあれば、即PATで良かったんじゃないですか?」

冴が鋭く問うと鞍さんは『難しいことは、分かんない』と惚けた。

嬉しそうな果凛が胸に、惠は腰に飛び込む。

冴は肩を抱き『みんな、くすぐれ』と発破をかける。

三人は一斉に鞍さんに襲いかかると、大笑いが響く。

「今まで隠していた罰ですよ」

そう囁く冴がウインクを投げた。

手足をばたつかせて発する『くすぐったい』『いや、止めて』『死んじゃう』という台詞を聞き続ける優は赤くした顔を背けていた。

この小説はフィクションであり、過去および現在の実在する人物・組織・馬などにはいっさい関係ありません。

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