戦果
1099年225日目
夜の都ディースから王都へ戻って来た俺達を待ち受けていたのは、残酷な現実であった。
黒死病の勢いは留まる事無く、ジードが作った特効薬も焼け石に水であった。<黒の災い>との戦いで疲弊した俺達に、各地に現れた魔物を食い止める力は残っていなかった。俺達聖炎騎士団に出来る事は、最後の災厄を払う事に専念するしか無かった。
王都の謁見室では、王様が次々と来る兵士達からの報告を受けていた。そのどれもこれもが、黒死病と魔物を関するものばかりであった。
「王様!イルールで死者が2千人を超えました!グラディウスでは4千人。レームでは8千人にのぼります!」
「ここのところ魔物も頻繁に出没しており、合計すると犠牲者は全土で7万人...。」
「...うむ。ご苦労であった。引き続き制圧と警備に当たってくれ...。」
「恐れながら申し上げます!親衛隊の中にも、黒死病で倒れる者が多く...疲弊する一方です。これ以上の増強は望めません!我々に...休養を頂けないでしょうか?」
「...。」
兵士達からの切実な願いを聞き、王様は言葉に詰まってしまった。するとソムリアが王様に寄り添った。
「頼みの綱である聖炎騎士団も手に負えず、正に地獄絵図ですな...。さぁ王様、共に精霊に祈りを捧げましょう。」
ソムリアが手を差し出すと、王様は玉座から立ち上がった。
「祈って何になる!?」
王様の突然の行動に、ソムリアは目を丸くした。
「王様...?」
「マイロが死んで12年間...。余は哀しみに暮れるしかなかった。祈るコトしか出来なかった。
しかし!それが何になったろうか?余がヌクヌクと思い出に生きる内に、全土が...民が...力尽きて行った...。何の手も施さぬ内に、今!余の国は滅びようとしている!こんなボンクラな王のせいで!!!!」
「落ち着いて下さい。」
ソムリアが王様を抑えようとするが、王の瞳に迷いは一切無かった。今まで光を失っていた王の瞳には、炎が宿っていた。
「いや!余は立ち上がる!!遅すぎるか?」
「...いいえ。」
「...うむ。」
王様の覚悟を受け止めソムリオは、止める事無く付き従う事を決めた。そして王様は謁見室を出て、王都の人々に向けて演説を行った。
「民に告ぐ!そなたらの気力と体力が限界に来ている事は余にも分かる。」
「しかし!今一度考えてみてはくれぬか?」
「今日を過ごさねば、明日は来ぬ!明日が来なければ、未来は無いのだ!」
「我々はそれぞれの考えを持って生きている。それは大事な事だ。」
「様々な結論が出るのは仕方あるまい。」
「だが、遅まきながら余は戦う事を決意した!そなたらも共に戦ってはくれないだろうか?」
「魔物の制圧と警備、そして病に倒れた者達への介抱は...引き続きお願いしたい。」
「各自、自分に出来る事で良い。協力して欲しいのだ!この世界の為に!!」
王様が自分の言葉で長い演説を行うのは、即位して以来初めての事であった。人々は真剣に言葉を受け止め、咳払い一つする者もいなかった。そして演説を終わると、人々は動き出した。魔物と戦う為に武器を取る者、病に倒れた者達を介抱する者、どんな小さな事でも自分に出来る事を精一杯する者...疫病により明日を見失っていた人々が、王様の言葉により生きる事を諦めようとしなくなったのである。
最早これまでと思われた世界の炎が、再び勢い良く燃え上がった瞬間であった。例えそれが燃え尽きる寸前の勢いだとしても...。
そして騎士団本部では、最後の災厄に向けての準備を進めていた。すると本部にテトがやって来た。
「もうすぐ<闇の雫>だ...」
「それって...皆既日食の事だろ?勿体つけた名前を付ける理由は何だ?」
テトの呟きに、ジードが尋ねた。
「365年に一度...<精霊の門>が開く。」
「門が開くとどうなる?」
「<天上界>で浄化された魂が地上に戻る。」
「...すぐには信じられねぇな。」
「信じなくても良いけど、事実だ。<闇の雫>...その時が近づきつつあるんだ。」
「...。」
「スカイ?何してるの?」
俺が分厚い本に何かを書いているのを見て、マナが質問した。
「ん?なぁに、ただの日記さ。もうすぐ最後の戦いが始まるから、書き終えておこうと思って...。」
「書き終えるって...?」
「最後の戦いを終えた時...俺はどうなるのかなってさ。不老不死が解けて、一気に歳を取って灰になるか?元の世界に戻ってしまうのか?それともこの世界で永遠に生き続けるのか?何が起こるか分からないけど、せめて心残りだけは残したく無いんだ。」
俺は筆を置くと、日記を仲間達の訃報が書かれた手紙が入っている引き出しへ入れた。日記の数は十冊あり、一番古い物は読むのがやっとなくらいボロボロであった。バルトウェイから得た知識を忘れる為に書き留めたメモ書きが、いつの間にやら日記となっていたのであった。
「俺は色々な人達に出会い、共に戦い、別れを惜しみ、やっとここまで来れたんだ。俺一人じゃ何も出来なかった。皆がいたからこそ、俺は団長を続けてこれたんだ。だから俺には...。」
「駄目!」
俺が最後まで言い切る前に、マナが俺にしがみ付いて来た。恐る恐るマナの顔を見ると、マナの顔は悲しそうだった。
「それ以上言わないで!」
「マナ...。」
「スカイには、特別な力があるんだよ。皆が魔物と戦い続けて来れたのは、スカイが私達に力を与えてくれたからなんだよ!」
「そんな...俺にはそんな力は...」
「無ぇって言うつもりか?少なくともマナはテメェのお陰で今日まで生きて来れたんだ。テメェがマナをウォルターへと送らなきゃ、今頃こいつは死んでいただろうよ。」
「そうだよスカイ。もっと自分に自信を持ってよ。スカイには、不老不死よりも凄い力を持っているんだから!」
マナとジードが俺を励ましてくれた。今まで考えた事が無かった。不老不死と体力以外にも、自分に力があるなんて事を...。
「もっと頼っても良いんだよ?私達とスカイが生きて来た時間は違うけど...違うのはそこだけ。あなたは、間違い無く私達と同じ時間を生きてるの!忘れないで。」
「あぁ。ありがとう、マナ。」
「へっ。やれやれ、マナはいつも強引な理屈で煙に巻くぜ。」
すると騎士団本部にレイラがやって来た。彼女の顔は、少し慌てているように見えた。
「スカイ!酒場で...レダが待ってるわ。」
「何っ!もうそんな時間か。」
「えっ?」
「レダと約束してたんだ。急がないと何言われるやら...」
「何だ?あの女にもう一度フラレに行くのか?」
「違う!!」
俺は後の事をマナとジードに任せ、酒場へと走った。本部に残されたレイラは、少し寂しそうになった。するとマナはレイラの側に寄った。
「...良いの?」
「えぇ...。」
「私だったら追いかけるなぁ。物分かりのいい振りをするのは嫌い。」
「...。」
「私...スカイの事、秀哉の事好きだよ。あなたもそうなんじゃないの?」
「私は...」
マナの素直な気持ちに対し、レイラは言葉を詰まらせるのであった。




