はぐれもののうた。 4
屋敷の三人の過去話。
今回は魔女のお話。
笑顔、甘いもの、リボンにフリル。
物心付いた頃から、彼女はそういう物が好きだった。
泣き顔、悲鳴、絶望に苦痛。
皆が好きな物を、彼女は嫌っていた。
***
褐色の掌に乗った三枚の硬貨。
其れを暫し見下ろしてから、ケルトーは小さく溜息をついた。
「……こりゃ、野宿だな」
「……本当にごめん」
諦めの色を滲ませた呟きに、傍らで同じく硬貨を見下ろしていたサーヌが申し訳なさそうに言葉を零す。
その謝罪にケルトーは「ま、仕方ねえだろ」と本当に気にしていない様子で答えた。
二人が宛のない旅を始めてから、六年の月日が経つ。
互いに随分と背丈は伸び、顔付きも青年の其れへと変わった。
ケルトーは鋭かった眼差しが更に強くなり、精悍なものになっていた。子供特有の丸みを帯びていた身体は、今やすっかり肉食獣を彷彿とさせるしなやかな筋肉に覆われている。
一方のサーヌは、簡単に言うならケルトーとは真逆の雰囲気を纏う好青年に成長していた。肩までだった金髪は伸びて、今は肩胛骨を覆う程の長さになっている。それでも白い肌や青い瞳は変わらず、その瞳に滲む花の様な優しさも変わらずにいた。
「気付かないで魔物の肉を食わせた俺が原因だしな」
ケルトーはなけなしの硬貨を皮袋に戻しながら、先日の出来事を思い出す。
いつものように狩りをして手に入れた獲物の中に、毒を持つ魔物がいた事に珍しく気が付かなかったケルトーが、毒抜きをしないままサーヌにその肉を食べさせてしまったのだった。
頑丈な狼男なら軽い不調を訴える程度の毒も、大して丈夫の部類に入らない吸血鬼の身体には響き、それからサーヌは三日三晩寝込む羽目になってしまった。
その間は側にあった町の宿屋に泊まり、運良く其処の宿屋にいた人物から毒消しを売ってもらって、どうにか事なきを得たのだがーー、
「でも、それにしたってあの値段は高すぎるよ……」
「そうなのか? 魔女が売る薬なんて、あんなモンかと思ってたけどな」
平然と返すケルトーに、サーヌは苦笑いを浮かべた。
魔物というのは同族に対して鼻が利く。悪知恵が働く種族は特に良い鼻を持っている。
その代名詞が悪魔、そして魔女と言われている。
今回もあの場に偶然魔女が居合わせたとは思えず、大方何処からか困惑の臭いを嗅ぎ付けて姿を見せたのだろう、とサーヌは考えていた。
(……まあ、今更文句を言っても仕方が無いし)
それにあの毒消しが効いたのは確かだ。ケルトーの金銭面に対しての執着の無さを突かれたのは悔しいが、命には代えられない。
それでも今度からなるべく自分が財布の紐を握っておこう、と思っていれば、ケルトーがふと後ろを振り返った。
「こんなデカい城下町じゃどうせ宿も高いだろうし、俺達には野宿が丁度良いだろ」
「そうだね……」
天国をモチーフにしたという巨大な門を見上げるケルトーの横で、サーヌも同じように見上げながら同意の意を示す。
何でも中央大陸で一番大きいらしいこの城下町は、間もなく日の入りだというのにも関わらず、先程から行商らしき馬車や人が忙しなく行き交っていた。
「……中に入らずに此処で突っ立ってたら、変に目ぇ付けられそうだしな。さっさと行こうぜ、サーヌ」
門番の視線を感じてか、ケルトーは少し不快そうにしながらその場を立ち去ろうとする。
サーヌもそれに反論することなく、先を行く背中の後を追い掛けようとした時だった。
「おい、聞いたか? あの森の奥の屋敷の話……」
「聞いた聞いた! また魔物ハンターが何人もやられたんだろう?」
「凶暴なオーク共の巣窟になっちまってるからな……。彼奴らが居なくなってくれないと、あの森に薬草の採集にすら行けやしないよ」
「誰かが退治してくれりゃ良いんだけどなぁ……」
擦れ違い様に聞こえてきた商人達の会話が、サーヌの長い耳を撫でていく。
その内容が何となく気になって其方に意識を取られながら歩いていれば、何かに軽くぶつかって思わず足を止めた。
「……オーク、か」
ぶつかったのは、同じく足を止めていたケルトーの背中だった。
どうやら彼にも今の会話がしっかりと聞こえていたらしく、その目は遠ざかっていく商人達を追っている。
しかも、獲物を見つけた時と同じ鋭さを湛えて。
(……あ、もしかして)
それに気付いたサーヌが口を開こうとした時、ケルトーの視線がサーヌの方を向いた。
「サーヌ、今日は野宿しなくて済むぞ」
***
燭台の頼りない灯りが揺れる、湿った地下室の片隅。
壁から伸びる冷たい鎖は、直ぐ側で膝を抱えている彼女の細い足首に巻き付いていた。生まれたままの姿の彼女を蝋燭の火が妖しく照らす。
力任せに巻かれた鎖は足首に食い込んで、青白い肌からは赤い血が滲んでいる。擦り傷も当然出来ていたが、それは体中が傷だらけの彼女にとっては今更の事だった。
(……お腹、空いた、のかな)
細すぎる身体がふらりと傾いた。岩畳に薄汚れた苺色の髪先が散らばる。素肌に石畳の冷たさが染み込んでいく。
此処で与えられる食事は時間も量も気紛れで、窓も無いから今が朝か夜かも分からない。体内時計は完全に狂っていた。
虚ろな菫色の瞳でぼんやりと宙を眺めていれば、ふと扉が開く音がした。
「……あ? 生きてるか?」
「おいおい、死体とヤる趣味はねえぞ」
「俺だって無いさ。……ああ、息してるわ」
下品な声が地下室に響く。
彼女が視線だけをのろのろと上げると、二匹のオークが此方を見下ろしていた。その眼差しには腐った肉欲がどろりと渦巻いている。
普通ならば脅える筈の其れを受けても、彼女は抵抗しようとは思わなかった。ーー思う気力すら無かった。
(……早く、終われ)
そう願うことが、精一杯だった。
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