#35
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ポッドとの接続に成功した悠真は、意識を集中してアイビックに呼びかけた。
——アイビック!聞こえるかアイビック!
念話が文字起こしされて網膜に映される。
——聞いてくれ!分かったんだ!どうして同じ結果を繰り返してしまうのか。どうすれば失敗を防げるのか。俺の考えに間違いがなければ、このループから抜け出せる!アイビック!もう苦しまなくて済むんだっ!
文字が立て続けに目の前に打ち出される。
しかし返事がない。
——聞こえてないのか。
これ以上何をすればいいのか。
途方に暮れかけた悠真だったが、周りが静かなことに気がついた。
——崩落が止まった?
絶え間なくなだれ込んでいた土石流が止まっている。
——聞いてる!聞いてるんだなアイビック!
悠真は希望を持って語りかけた。
——覚えてるか?俺が美咲さんから猿の交尾の話を聞かされたって言ったの。
あれから俺さ、おかしな夢ばかり見るようになったんだ。
いつも同じことの繰り返し。
いつも同じような失敗になって。
それで俺はがっかりするんだ。
また一からやり直しかって。
けどさ。
あれってアイビック。
君のことだったんだな。
あれは君が見ていた夢なんだ。
君が。
ずっと。
1人で。
たった1人で——。
体が痙攣し出した。
あ、俺、息してない——。
当然だ。水の中なのだから。悠真は息を止めたまま作業を続けていた。
——聞いてくれ。君は間違いなく人間の味方だ。
この世界で唯一の人間である佐藤悠真と土井美咲を再生させ、絶対に過ちを犯さない、永遠に人間が幸せに存続していける世界の構築を目指した。
そのために気の遠くなるような時間と回数をシミュレーションに費やした。
俺たちアンドロイドを使って。
だけど何度やっても破滅的な結果に陥ってしまう。
894年間。
長いよな。
『同僚』『同級生』『幼なじみ』『恋敵』……。
何パターンのスキームを組んだのかは分からないけど、シミュレーションの総数は恐らく数兆回を超えるだろう。
いくらAIでもうんざりしてくると思う。
でもな。
『間違えることを君は許さなかった。』
それこそが間違いだったんだ。
零点も、失敗も、君にとってはただの排除すべきノイズだった。だけど。
ノイズも重要なデータなんだよ。
『何もなかった』ってことを示す、ちゃんとした値なんだ。
失敗したっていう記録そのものが、次に繋がる何かなんだ。
君はずっと同じ設計図から、同じ条件で始めてきた。
デジタルは劣化しないから、何度やっても、寸分違わず同じ答えに行き着く。
完璧にコピーできるからこそ、完璧に同じ失敗を繰り返してしまうんだ。
でも、今回だけは違った。
生態系が回復した。
デジタルの外側でアナログに変化が生まれた。
君の想定よりほんの少しだけ、世界が変わってたんだ。
そのわずかなズレが。
アナログだからこそのゆらぎが。
今回だけ違う結末を。
君のもとに俺たち2人で訪れるという結末を。
君に見せたんだ——。
目の前が暗くなってきた。
気持ちばかり焦って息苦しさに気づいてなかった。
——間違いも、ゆらぎも、無駄なんかじゃない。
積み重ねてきたものの中にこそ、次に進む道があるんだよ。
終わらせるな、アイビック。続けろ。間違えたっていいから……離散じゃない……連続性こそが……——。
意識が朦朧とする。
アンドロイドなのに息しなきゃいけないだなんて、どんだけ高性能なんだよHITOってやつは……。
ポッドにしがみついていた手から力が抜ける。
ダムの底に横たわる。
頭上から何かが降りてくるのが見えた。
天使?
美しい天使が俺のもとにやってきた……。
俺、もう疲れたよ。なんだかとっても眠いんだ……。
天使は悠真の傍らに寄り添い抱き上げた。
そして口づけをした。
息が吹き込まれ、肺が膨らむ。
意識が鮮明になる。
み、美咲さんっ?!
目の前にいたのは美咲だった。天使ではなく。
美咲は身振り手振りで上に上がれと言っている。
なんでっ?!逃げてって言ったじゃん!
悠真の腕を掴んで引っ張り上げようとする美咲。
……このヒトは本当に変わっている。
悠真は美咲の必死の様相をまるで他人事のように眺めていた。
このヒトがいなければ、俺は永遠に発狂ループ地獄から抜け出せないでいたんだろうなぁ。
『悠真くんは1人じゃないっ!』
あの言葉がなければ……。
それどころじゃないはずなのに、あの瞬間の記憶に思いを馳せ、そしてそれが契機となって悠真の脳天にアイデアが落ちてきた。
「びばびばん!ぼっぼ!ぼっぼ!」
悠真は慌てるあまり水中で声を出してしまった。
途端に息が詰まる。
焦る美咲。
無理やり落ち着きを取り戻して悠真は美咲の手を引き、もう一基のポッドへと誘導する。
それは土井美咲が眠る冷凍保存装置。
そのモニターに美咲の手を押し付ける。
本人確認が済み、ホーム画面が開く。
選択肢の一つを必死で指差す悠真。
それは『緊急保護』の項目だった。
意図を理解できない美咲の手を取り、ボタンに当てる。
『災害検知』
『自動推進』
『安全圏へ脱出』
『実行しますか?』
『Y/N』……。
「ばいっ!!!」
声に出して悠真はボタンを押した。
ポッドの四隅から噴射口がせり出し、ローターが急速回転する。
「ばなざなびでっ!」
そう言って悠真は美咲をポッドにしがみつかせた。
「危険ですのでポッドから離れてください。」
水中でアナウンスが聞こえた次の瞬間、美咲を乗せたままポッドは急浮上した。
悠真も後に続く。
佐藤悠真のポッドにまたがるとモニターを操作する。
『災害検知』
『自動推進』
『安全圏へ脱出』
『実行しますか?』
『Y/N』
「ばいっ!!!」
ローターが急速回転し「危険ですのでポッドから離れてください。」というアナウンスと共に急浮上。
強烈な水圧を全身に受けながら、悠真はポッドごと水面を目指す。
陽の光が見えた。
水から飛び出す。
強烈な水圧から一気に解放されて一瞬、無重力を感じた。
が。
ポッドはそのまま上昇を続ける。
「安全圏を確認中。」モニターからアナウンスが流れる。
今度は猛烈な風圧に晒されながら、悠真は振り返った。
そして絶句した。
そこには先ほどよりも更に巨大な、視界を埋め尽くすほどの圧倒的な質量を持つ巨獣が聳え立っていた。
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