#32
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叫び声すらまともに出せないまま、2人は一つ下の階層へと滑り落ちていった。
瓦礫と共に床に叩きつけられ勢いよく跳ね上がる。
2人は抱き合ったまま、互いを守るようにして衝撃に備えた。が。意外にも激突はなかった。
何かクッションのようなものにぶつかり、2人にダメージはなかった。
起き上がってみるとそれは断熱材だった。
何かの装置を取り囲むように断熱材が貼られている。
「悠真くん見て!」美咲が叫ぶ。
それは2基のポッド。
冷凍保存装置だった。
青白く湾曲したガラス窓から中に収容されている人物が見える。
それは紛れもなく悠真と美咲だった。
オリジナルの悠真と美咲。
この世で唯一の『人間』。
穏やかな表情。
ちょっと声をかければすぐにでも目を開きそうな、生命に満ち溢れた表情をしている。
「きれい……。」
「ホントだね……。」
2人は今の状況を忘れて見惚れていた。
しかしそんな時間が長く続くわけもなく、凄まじい激突音が2人を現実に引き戻した。
怪物が、少し遅れて2人と同じように崩落した床を滑り落ちてきたのだ。
相変わらず周りにあるものを片っ端から取り込み更に巨大になっている。
怪物は2人ににじり寄り、体の脇から触手のようにケーブルを何本も伸ばした。
2人は装置の裏に逃げる。
ケーブルが2人を捉えようと装置に触れた瞬間、まるで電気ショックを受けたように反射的に伸ばしたケーブルを引っ込めた。
2人には何が起こったのか分からなかったが、どうやら怪物はこのポッドに近づけないようだ。
「そうか!これこそがアイビックの弱点なんだ!」悠真は声を上げた。
「自分の存在意義ってこと?」美咲の問いに悠真はうなづいた。
「自暴自棄になってみんなを巻き込むような無理心中を図っても、やっぱりできないことはできないんだ。」
怪物は向かってこない。
しかし増殖は止まらなかった。
瓦礫が滝のように落ちてくる。
それらは角度を変えて磁石のように怪物にまとわりつき、より巨大になっていく。
ついに怪物は自重に耐えきれず倒れ伏した。
その衝撃で更に部屋の崩壊が進む。
ひび割れた壁から地下水が噴き出した。
その勢いは凄まじく反対側の壁に穴をあける。
ポッドが水圧で動き出した。
「ヤバい!美咲さん離れて……!」
言いかけたが間に合わず、悠真と美咲はポッドごと押し流され、空いた穴へと落ち込んだ。
そこは地下水脈だった。
激流にもまれ2人は岩肌にぶつかりながら流され続ける。
まともに息もできず流されるままになっていた悠真の目に光が見えた。
……滝だっ!!!
分かったところでどうしようもない。
2人は激しい濁流と共に空中に飛び出した。
どのくらい宙に浮いていたのか。
時が止まったようにも思えた次の瞬間、強かに水面に打ち付けられた。
「美咲さんっ!美咲さーんっ!!!」
力任せに泳いで水から顔を上げると悠真は絶叫した。
いた!うつ伏せになった美咲。意識がない。
慌てて近づき抱き抱える。
フッと辺りが暗くなる。
見上げるとポッドが2基、2人の頭上にあった。
「マズい!」
美咲を抱えたまま水中に潜る。
間一髪、ポッドは2人の真横に落ち、高く水柱を上げてからそのまま沈んでいった。
再び悠真は水面を目指して全力で水をかく。
突然美咲の意識が戻り、暴れ出す。
息ができないようだ。
なんとかなだめたいが水中ではどうしようもない。
悠真は美咲の顔を手で挟み口づけをした。
息を吹き込む。
美咲の動きが止まる。
2人はそのまま水面に浮き上がった。
光が目を刺す。
晴れ渡る青空。雲ひとつない。
先ほどまで絶体絶命の逃避行を繰り広げていたとは思えないほど穏やかな風景。
鳶が一羽、舞っているのが見えた。
2人は脱力して、ただ浮力に任せて仰向けに漂っていた。
「み、美咲さん、俺、あの……。」
「ありがとう、助けてくれて。」
「あ、いやその、と、咄嗟の判断でつい……。」
空を見上げたまま2人は力なく言葉を交わしていた。
「良かった。悠真くんが元の悠真くんに戻って。」
「え?」
「さっきまでの悠真くん、なんだかあたしの知らない悠真くんだった。医務室の時も。なんて言うか、すごく……機械みたいだった。
アンドロイドのあたしが言うのも変だけど、ポジティブかネガティブかだけしかないポラリティ判断みたいな喋り方で……寂しかった。」
悠真はしばらく無言だったが、思い切って話し出した。
「あそこにいた時、俺は多分アイビックと繋がってたんだと思う。いや。今までもそうだったんだろうけど、あのサーバールームにいた瞬間はダイレクトにアイビックの思考を浴びてたんだ。
でもそれはきっと俺が……俺のオリジナルがアイビックを作ったからなんだ。
元を正せばアイビックの中には俺がいたんだ。
だから。いろんなことが分かったんだ。
あいつが何を思っているのか。
俺のオリジナルが何を思っていたのか。
もし……あの時、俺1人だったら、俺は多分、頭がおかしくなってたと思う。
美咲さん。
美咲さんがいてくれたから俺は自分を保てたんだ。
俺の方こそありがとう。
ごめんね。冷たい言い方して。」
2人は空を見上げたまま、しばらく流れに身を任せていた。
「ここってダムだね。」美咲が言った。
「ああ。そんなとこまで流されたのか。」
悠真は辺りを見回して陸に上がれそうな場所を探した。
と。不意に地響きがして水面が波立った。
「山が……動いてる!」美咲が悲鳴をあげる。
今2人が落ちてきた山の斜面が脈動していた。
樹木が剥がれ落ち、中から現れたのは想像を絶するほど巨大な猫の顔だった。
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