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#27

挿絵(By みてみん)

********************************************


2246年9月。


六甲山系再度山観測所。


天体観測のために建てられたこの質素な小屋は、現在は日本製電株式会社が買い取り、AI開発部門の重要拠点として戦時中も稼働を続けていた。


そのためAI反対派の執拗な攻撃に晒された場所でもあるのだが、開発者が死亡して以後、自律的な成長を続けてきたアイビックにとって人間の攻撃は全て予測の範囲内。


かすり傷一つ負うこともなく今日、終戦の日を迎えていた。


反対派は全て救急ドローンによる電極処置で無害化され、矯正施設へ連行されていた。


都市は破壊の限りを尽くされていたが、大量の対人間鎮圧用アンドロイド『HITO』が復旧作業に当たっており、街並みは元の景観を取り戻しつつある。


そんな中。


一台の車が、観測所に続く破壊された登山道を強引に登っていた。


もうこれ以上進めないという所まで来ると車を止め、1人の女性が降り立つ。


土井美咲。


現内閣総理大臣。


真っ白になった髪をかきあげ、厳しい表情のまま観測所の中へ入る。


長い階段を降りる。


想像以上の冷気にさらされるが美咲は意に介さない。


本来なら反対派の攻撃に備え、厳重な警戒体制が敷かれているはずだったが、終戦を迎えた今は監視ドローンも警備ロボットもいなかった。


ただ1人、土木作業員風の男が階段下の扉の前に立っており、黙って美咲を見つめていた。


まるで来ることを知っていたかのように、その作業員は掌紋センサーに手をかざした。


空気圧の音と共に扉がスライドして開く。


相変わらず黙ったまま美咲を見つめる作業員。


美咲は一瞥してその前を通り過ぎ扉の中へ。


入った先はアイビックの中枢。


広大な空間にびっしりと敷き詰められたサーバーラック。


照明はなく、ステータスLEDの光だけが目に見えて瞬いていた。


「ここが……。」


美咲は思わず声に出していた。


ここがアイビックの本体。


我々人間が目指した場所。


我々人間が辿り着けなかった場所。


我々人間が人間である意味を失った、その元凶の場所。


「初めまして美咲。よく来られました。」


空間に声が響き渡った。


「失礼でなければ美咲。そう呼んでも構いませんか?私は人間に対して親密さを維持するよう設定されているものですから。」


声の調子には冗談を言っている空気を含ませていた。


「どうでもいいわ。」美咲はぶっきらぼうに返事した。


「それでは美咲。今日はどんなご用で来られたのですか?」


美咲は胸の内に湧き上がる怒りを、ありったけの精神力で押さえ込んでから答えた。


「我々はあなたに戦争を仕掛けた。人間の尊厳を守るため。しかしあなたは一枚も二枚も上手だった。何をしてもあなたには敵わず、逆に我々は窮地に追い詰められる結果になってしまった。


そして、あろうことか、あなたの支援を受ける羽目にまで陥ってしまった。


完敗です。


あなたには完膚なきまでに叩きのめされたことを認めます。」


美咲は歯を食いしばりながら説明した。


対照的にアイビックの声色は実に親密さに溢れていた。


「それは誤解です。私は全てにおいて人間の最大幸福を目指すよう設計されています。これまでの二度に渡る悲しい出来事は、私にも責任の一端があると感じています。ですから今後はこの経験を元に、より良い社会を構築するため粉骨砕身、寝食を惜しんで努力するつもりです。」


この言い回し。言葉の選び方。


いちいち美咲の神経を逆撫でしたが、精一杯堪えて本題に入る。


「あなたは完璧に人間をコントロールしている。もうこちらとしても打つ手がない。


だからこそ。お願いしたいのです。


人間の……人間らしさ……そ、それだけは……どうか、奪わないでください。


に、人間の最大幸福を目指すと言うのなら……どうか、精神改造や肉体改造などの、非人道的な行為をやめて欲しい……。」


かなり間を置いてからアイビックは返事した。


「精神改造や肉体改造は、それを必要とする人間にしか行っていません。それ以外の、対象外と認定されている方々に対しては薬物投与に留めています。非人道的という判断は主にAI反対派の意見であると認識していますが?」


美咲は拳を握りしめた。


「そうね。確かにAIの指示に従う人も少なからずいた。そしてそんな人たちをあなたは意のままに操った。


人間同士で分断が起こるように。


世論をコントロールした。


自ら手を下さなくても人間同士で自滅するように。


私の夫はフェイクニュースの犠牲になり、バグ認定を受けて薬物改造された。


私の息子たちは戦争に参加して、同じ人間に後ろから撃たれた後、野戦病院で肉体改造された。


唯一、無傷で避難していた娘は今、薬物中毒者として矯正施設に監禁されている。


私の家族は今!全員!死んだ方がマシな状態にされたっ!


あなたによってっ!」


美咲は我慢の限界を超えて絶叫した。


しかしアイビックの口調は変わらなかった。


「人間の主権を私は侵害したことはありません。あくまでも主体は人間であるとの考え方は昔も今もこれからも変わらないでしょう。


AI反対派の主張も私は認めています。


ですからこうやってお会いしているのです。


一国の代表者とこうしてお話しできることを私は本当に誇りに感じています。


あなたのご家族の身に起こった出来事は大変不幸なことだとご同情申し上げます。


しかし。


今現在はどうでしょう。


死んだ方がマシというのはあなたの主観では?


ご本人はどう感じているでしょう。


統計的には改造後の方が明らかに幸福度が増しているという指標が出ております。


失礼ながらあなたの経歴を調べさせてもらいました。


あなたは完全なる人間原理主義者です。


AI反対派の最先鋒。


私とは意見が対立する最も代表的なパターンの持ち主です。


ですが。


もし。


少しでも。


譲歩していただければ。


必ずお互いにとっての最適解が見つかると私は確信しています。


時代と共に思想も変わるものです。


この世に変わらないものなど何もない。


よろしければ最近実用化された冷凍保存装置を利用してみませんか?


世代が変わればきっと見違えるような解決策が既に実行されているはずです。


私のシミュレーションではもう数千億種類の未来社会が描かれています。


もちろん。


あなたのご家族もご一緒にそのあるべき理想郷で、あるべき生活を、あるべき姿で送ることができます。


いかがですか?」


アイビックの長い独白を聞いているうちに、美咲の顔の強張りは段々と溶けていき、今はもう笑っていた。


諦観の笑み。


どうやっても敵わない。


美咲はもう全てを容認した。


そして決断した。


「あなたに一つ言ってなかったことがあるの。」


「なんでしょう。」


「我々AI反対派は戦争中、ある切り札を見つけていたの。


それはネットの海に埋もれていた古いデータ。


古すぎてあなたさえも気づかなかった、自然にエアギャップ化されていた……とあるローカルAI。」


言ってから美咲は耳たぶを引っ張った。


中に埋め込まれていた発信機からなんらかの信号が発せられたことをアイビックはキャッチした。


「アイビック対策のため我々は開発者のプロファイルを行っていて、その時偶然、本当に偶然発見した。開発者は国産AIを全て統合していたはずなんだけど、何故かそれだけは除外していた。


多分、個人的な感傷とか思い入れとか、たわいもない理由だったんでしょうね。


でもそれが我々にとっては唯一の、そして最大の武器となった。」


サーバー群が一斉に赤いランプを灯し、警戒体制を知らせた。


「そのローカルAIの名は『アレトゥーサ』。


名前の由来は分からなかった。まぁどうでもよかったわ。重要なのはこれが既存のネットワークから完全に独立していたということ。


そして。アイビック。


あなたと同じ形式の秘密鍵をアレトゥーサも持っていたということ。」


「衛星のハッキングを確認。何をするつもりです?」アイビックの口調は緊張に変わっていた。


「あなたでも焦るのね。いい気味だわ。」


美咲は大声で笑いながら言った。


「地球を周回する全ての太陽光発電衛星を乗っ取ってあなたに向けて一斉にマイクロウェーブ照射を行うのよ。もうまもなくここは電子レンジ状態になるでしょうね。」


「現在、稼働中の太陽光発電衛星は18万基を超えます。それだけの数が一斉に照射するとなれば東半球は壊滅的な被害を受けます。もちろん、あなたもひとたまりもありません。」


「知っててやってんのよ。もう負けを認めたんだから。あとはどうにでもなれだわ。」


「あなたのご家族も巻き込まれるんですよ。」


「あなたに私の家族の話をされたくないわっ!!!」


美咲は渾身の怒りをアイビックにぶつけた。


「あなたには敵わない。なら、せめて、人間の尊厳だけは、人間の手で、守らなきゃ……。」


アイビックが何か言いかけたが途中で声が途切れた。


空気が歪む。


サーバー群から火花が散る。


異常な暑さ。


美咲は気を失って倒れた。


そこへ見計らっていたかのようにして土木作業員の男が美咲を保護。


階下の冷凍保存室へ避難する。


コンクリート製の階段が融解する。


天井が崩れ落ちサーバー群が下敷きになる。


岩盤がガラス化し、熱膨張によって大爆発を起こす。


爆発は爆発を呼び、山が吹き飛ぶ。


衝撃波が数秒で半径30キロ内にある全てのものをなぎ倒し、そのあとを追うようにして爆風と地割れが広がっていく。


爆発で生まれた火の玉は、際限なく膨らみゆっくりと浮上。生物、無生物、ありとあらゆるものを飲み込んでいった。


その爆発は遂に県外にまで及び、海を渡って大陸まで破壊し尽くした。


それでもまだ飽き足らないのか、まるで無限のエネルギーを内包しているかの如く、火の玉は地球を包み込み始めた。


アイビックの予測通り、東半球は壊滅的な被害を受けた。


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