#20
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公園に隣接する、フェンスで囲われたサッカーコートほどの広さの敷地。
鬱蒼と生い茂る樹木に囲われて、昼間でも薄暗い敷地の先の尾根になった箇所。その頂上にそれは建っていた。
観測所と呼ぶにはあまりにも質素な木造の、ほとんど掘立て小屋と変わりない3棟連なった建物。
『再度山観測所』。
「ここか……。」
入り口のそばで悠真は立ち止まり、尾根の向こうに見えるその建物を眺めた。
門はあったが開放されていて、まるで2人を迎え入れる準備ができているようだった。
「罠とかないよね?」美咲がまた怯えながら聞いた。
「ここまで来たらもう……。」悠真も自信なさげに返事をする。
「行こう。」今度はどちらからともなく互いに寄り添ってゆっくり歩み出す。
雑草をかき分けながら敷地を抜け、尾根を登る。
「あたし、ここ来たことある気がする……。」
悠真も同じことを感じていた。
正確に言えば今朝起きてからの一連の出来事はいくつか経験済みのように思っていた。
本当に俺たちは何度もリセットされているのか?
尾根を越えると、風が止んだ。
さっきまで木々を揺らしていた音が、嘘のように消えている。
「……静かすぎない?」
美咲が足を止めた。悠真も立ち止まる。
鳥の声もない。虫の音もない。ただ、自分たちの息遣いだけが、やけに大きく聞こえた。
観測所の建屋が、木立の隙間に見えてきた。
その手前、施設の入り口に人影があった。
土木職員風のその男は扉の前に立ち、黙ってこちらを向いていた。
硬直する悠真と美咲。
やがて男はおもむろに手の平を扉の横のモニターにかざした。
認証する音声が流れ、扉がスライドして開く。
中からの冷気が2人にまとわりついた。
男は何も言わない。
入るべきなのか迷っている悠真の腕を美咲が強く掴む。
振り向いて悠真は息を呑んだ。
尾根の下、今しがた通り過ぎてきた敷地にもヒトがいたのだ。
1人ではなかった。
2人でも、10人でもなかった。
敷地を埋め尽くすように、何百人というヒトが、等間隔に並んで立っていた。
先ほど公園で見かけたカップルや観光客。スーツ姿の男。売店の女性。制服を着た学生らしき少年。ベビーカーを押す母親。猫を抱いた老人。犬を散歩させている中年女性。
誰もが見覚えのあるような、ないような、街のどこにでもいる顔ぶりだった。
全員、こちらを向いていた。
しかし、誰の表情も動かない。
敷地に生い茂っていた雑草が見えなくなるほどの、何百というヒトだけが、寸分違わず同じ姿勢で立ち尽くしていた。
「悠真くん……。」
美咲の手が、悠真の腕を強く掴んだ。
「あれ、全部……。」
言い終わらないうちに、悠真にも分かってしまった。
課長。大友。すれ違った母親。会社の同僚。近所のヒト。テレビに映る誰か。
自分たちがこれまでヒトだと思ってきた、この街のありとあらゆる顔が、ここに集められていた。
いや、集められたのではない。
きっと、最初からここにいたのだ。
オフィスだろうと。
教室だろうと。
自宅のバスルームだろうと関係ない。
ヒトも。街も。自分たち以外。
全て。
アイビックなのだ。
悠真は震える足を叱咤して、一歩踏み出した。
誰も動かない。
追うそぶりも見せない。
ただ、無数の視線だけが、悠真たちの歩みに合わせて、わずかに、本当にわずかに、首を巡らせていた。
その静かさが、何よりも恐ろしかった。
「進むしかない……。」
掠れた声で悠真は言った。
美咲は答えず、ただ強く手を握り返した。
2人は土木作業員の横を通り過ぎ、観測所の入り口へと歩いていった。
彼もまた、一言も発さずただ見送るだけだった。
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