#18
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「この先は岩場が多くてかなり滑るから慎重にね。」
悠真は美咲の手を掴んで注意を促した。
熟練したハイカーでも手こずる獣道だったが、美咲は根を上げることなく黙々と悠真の跡をついて険しい岩場を登り続けていた。
都会を抜け、山裾にある新幹線の駅を通り過ぎるとそこはもう自然の山だった。
とは言え比較的標高の低い山並みのため、登山道の整備も行き届いており、さしたる装備がなくても散歩がてらに来ることができる。
特に旧再度山観測所はいくつかあるハイキングコースの中でもメジャーなビュースポットとして知られており、観光客でも気軽に訪れることができる。
そのためヒト通りが多い。
いくら平日とはいえ、たった1人にでも見つかってしまえば即座にアイビックの知るところとなる。
何故なら自分たち以外は全員アンドロイドだから。
今現在、世の中は普段と違う動きをしているだろう。
『佐藤悠真と高橋美咲を確保せよ。』
そんなお触れが出ているはずだ。
だったら誰の目にも触れないように道なき道を進まなければ。
幸い悠真は学生時代『六甲全山縦走大会』に何度も参加したことがあり、正規ルートを外れても大まかな位置の把握には自信があった。
ナビやアプリがなくても、そして全くの初心者を引き連れていたとしても、日のあるうちには辿り着けると確信していた。
「ほら見て。登山リボンだ。誰かもここを通ったんだね。」
木に巻きつけられたボロボロの赤いリボンを指差して、悠真は美咲に伝えた。
顔を上げた美咲の顔もボロボロ、いやドロドロに汚れていた。
出社するつもりだったため、ジャケットにパンツ姿。足元がスニーカーだったことは本当にラッキーだったとは思うが、この人マジでガッツがあるな。
悠真は改めて美咲を見直していた。
ついさっきまで青ざめた表情だったのに、目的が定まるやいなや、いつもの勝気な、バイタリティに溢れた美咲さんに戻っている。
「何よ?」
ボッーと見つめていたと自分でも気がついて、悠真は慌てて取り繕った。
「いや!美咲さんも案外タフだなぁと……。」
「あたしも小学校の時、遠足でここのダムとか滝とか見学しに来た覚えがあるから、全くの初心者ってわけでもないのよ?……まぁ、小学校だけども……。」
「美咲さんは生まれも育ちもこっちなの?」
「そうよ。落合。」
「えっ?!俺もっ?!」
「え?西中?」
「西中!西中!」
「うそ!同い年でしょ!もしかしてあたしたちそんな昔から会ってたとか?!」
「あ〜でもウチ、マンモス校だったからなぁ。同じクラスでも結局一言も喋らなかった奴とかいなかった?」
「いたいた!じゃあさ。悠真くんクラブは何してた?」
「俺は……。」
「待って!当てる!……ファンコードとか行ってなかった?」
「当たりっ!なんで?!」
「だってぇ。いかにもじゃん。絶対ローカルAIとか作って『俺の相棒、君に決めた!』とか言ってたでしょ?」
図星だ……。しかも名前までつけてたんだ。
『アレトゥーサ』って。
これは言えない。絶対バカにされる。これだけは死んでも言えない!
「そ、そーゆー美咲さんはあれでしょ!ダンスとかスポーツとか、そーゆー系でしょ?!」
「あたしボルダー。」
あー。なるほどー。
「でもね。最後の1年間は『創造塾』に入ってたの。」
昔を懐かしむような表情で、美咲は語った。
「AIに全てが代替されて、あたしたちの存在意義って何?とか思っちゃったのね。いやー。我ながら青かったなー。」
「美咲さんは……AI反対派?」
悠真は恐る恐る尋ねた。
「あ。まさか。そこまで入れ込んでたわけじゃないよ?ただ……自分のことは自分で決めたいというか……あたしでなければならない理由を探していたというか……何よっ!」
また悠真がボーッと見つめていたので、少し顔を赤らめて美咲が聞いた。
「立派だよ。」
「ん?」
「昔のヒトは火を起こすのにも自分の手で、長い時間をかけていたらしい。今の世の中からすると想像もつかない労働だよね。
時間をかけて労力を注ぎ込む。
そんなの絶対エネルギーの無駄遣いだって今だったら思うんだけど美咲さんは違う。
前に言ってたよね。
生存戦略って何?って。
誰が考えたの?って。
あれも、気の遠くなるほど長い時間をかけて、気の遠くなるほど膨大な労力を注ぎ込んだ結果なんだ。
美咲さんは自然とその考えかたを身につけていたんだ。
美咲さんの生き方がそのまま生存戦略の辿った道筋をトレースしてたんだ。
何もかもアイビックに代替した、この世の中で。
立派だよ。ホント素晴らしいことだと思う。」
美咲はしばらく悠真の顔を見つめていたが、少し咳払いをしてから「悠真くん。ずっと言いたかったことがあるんだけど……。」
「何?」
「パジャマの前が開いてる。」
一瞬何を言ってるのか悠真は理解できなかったが自分が寝起きで部屋を飛び出してきたことを思い出しそして寝巻きのままであることを思い出しさらにズボンの前が開いていることに今やっと気づかされたことに気がついた。
「お、おわぁおぅご!ご!すめんがっちょ#%¥&@!!!」
フリーズ寸前までいったが何とか踏みとどまって悠真は後ろを向くと静かにチャックを上げた。
「……先に言ってよ。」
「そんな暇なかったでしょ!」
美咲は堪えきれず吹き出した。
屈託のない笑顔。
今日やっと見れた笑顔。
安心すると同時に悠真は、この笑顔、前にも見たかもしれないと並列で考えていた。
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