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工藤先生  作者: 加藤無理
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7/13

運動会


 十月になると運動会。全校生徒が赤組と白組に分かれて競い合う。私達の学級は赤組。運動神経の良い生徒は張り切っている。私は面倒臭いと思ったが、文句を言わずに練習した。玉入れ・騎馬戦・大玉送り・組体操・リレー・短距離走…毎年、色々やらされる。運動以外にも整列や入場退場の行進もやる。ちょっとした軍隊ごっこだ。先生達は大真面目で監督する。少しでもふざけていると注意される。一年生二年生はビクビクしているし、三年生四年生は面倒臭そうにしているし、五年生六年生は割りきっている。


 桐乃は運動を省略されて整列ばかりの練習の時は不満そうであった。短距離走やリレーや騎馬戦の練習は生き生きしていた。佐藤は一切、参加しなかった。元々体育が苦手だった。千夏は張り切ってはいないがそつなくこなしている。私は整列や行進よりも騎馬戦と組体操が苦手だった。油断していると怪我するし同じ班の子も巻き添えになる。


 工藤先生は速さより確実性を求めた。

「ゆっくりでも良いので落ち着いて下さいね」

 動くだけではなく歌も歌う。競技中に曲も流れる。選曲は柳澤先生と放送委員会の生徒達が決めていた。国歌は歌わなかったが、いかにも運動会らしい歌を歌った。柳澤先生は厳しく指揮をしていた。


 暑かったり寒かったり。私達が着ている体育着は一昨年から少し変わっていた。特に女子はブルマから半ズボンになった。内心、私は喜んだ。ブルマからパンツが何度かはみ出て恥をかいたことがあるからだ。


 私達の学級は勝敗を割りきっていた。確かに勝つと嬉しいし負けると悔しいが、優越感に浸ったり劣等感に悩んだりもしなかった。負けたら次を頑張るし、勝っても練習を続ける。私達の学級は負けた時はやり方を少しずつ変えた。工藤先生の提案から私達なりに戦術を練った。運動神経の良い子と悪い子の組み合わせや、順番、誰がどれくらいどんな自習練習をするか。


 平林先生の学級は白組。運動神経の良い子が多くていつも勝っていた。生徒同士仲も良かった。私は何となく勝てば良いなと思っていたが、桐乃はいつも悔しがって私達を煽った、

「もっとやる気出してよ、皆」

 工藤先生は微笑みながら、

「路川さんの向上心は見習うべきですね。けれども負けを恥ずかしすぎることもありません」

 他の学級は勝負にこだわらずに最低限の事しかやらなかったり、逆にこだわりすぎて泣きそうな生徒達もいた。運動神経の悪い子が良い子に責められたりもした。


 一方、一年生二年生は勝敗を決めないようにしていた。負けた学級や生徒に妙に遠慮していた。勝った学級や生徒は気まずそうにしていた。そもそも勝敗を決めなかったりもした。皆で仲良く楽しく運動会。幼心に妙な劣等感や優越感を植え付けない為らしいが、生徒達は窮屈そうである。先生達もやりにくそうだ。桐乃と千夏はそんな状況を眺めて呆れていた。私も不自然に思えた。

 工藤先生は、

「勝ち負けは厳しいけれど、必要な時もあります。ここで体験するのも学びです」

 私達は頷いた。意外に運動神経の悪い子達が、

「そうですね。勝負が嫌なら最初から運動会なんてやらなければ良いです」

「私が一年生二年生達のような扱いをされたら嫌です」

 妙な同情は軽蔑と同じだ。運動神経の悪い子達こそ、妙な運動会に怒っていた。一方、三年生四年生達は一年生二年生達のやり方を羨ましがっていた。運動会の練習よりも気ままに校庭で遊びたい。面倒臭い運動会をやって負けて嫌な思いをするのは徒労だ。多少いい加減でもそれなりに同情された方が楽。勝って恨まれたくないし、負けて悔しがりたくもない。一年生二年生達が短距離走の時に横並びで手をつないでゴールインをする。三年生からはそんな事をしないで勝敗を決める。一年生二年生の奇妙な平等は一昨年から始まっていた。私達の学年が一年生の時は普通に勝敗を決めていた。今後もこんなやり方を続けるのかどうか私には分からなかった。

 生徒から、

「あんなのバカみたいですよ」

「あれが平等なんですか」

 と、訴えられて平林先生は気まずそうに、

「教育委員会や自治体が考えたんだよ」

 と、答えた。生徒達は呆れて、

「何それ、先生ダサい」

 平林先生はため息をついて、

「僕達や学校が暴走しないために色んな大人達が決めているんだ」

 生徒の一人が、

「自由なんて嘘なんですね」

 平林先生は肩をすくめて、

「自由と身勝手は違うよ」


 運動会本番では保護者達が見学に来ていたが、私達の家族は来なかった。私は最初から期待していなかった。祖父母は足腰が弱くなっていたし、母は介護で忙しいし、父は休日出勤。私のように家族が来ない生徒は何人かいた。少し寂しかったが私達は割りきっていた。母が忙しい合間に作った弁当で私は満足した。生徒の中には更に自分で作ったりコンビニ弁当を買ってもらったりしている子がいた。私達は競技にいかに勝つかばかりを話し合った。


 桐乃の父親が競技を撮影して数日後に動画を見せた。メモリにコピーして参加できなかった家族に配った。私達は桐乃からUSBメモリやCDを渡された。後で父からもらったメモリ代金を桐乃に渡した。パソコンもデジカメも無い家族の為にPTA会で上映した。桐乃の父親は映像関係の仕事をしている。カメラの位置や角度にこだわっていた。時々、映像に合わせて字幕を流す。祖父母も両親も運動会の動画を観て喜んだ。特に祖父母は何度も観た。


 私達赤組は結局負けたし、私達の学級の成績は真ん中ぐらいだし、盛り上がりにかけていた。けれども怪我人は出なかったし喧嘩もなかった。無事に終えた事も、こだわりのある動画も祖父母には良かった。


 秋が深まり日没が速くなっていく。運動会が終わった直後から、工藤先生の試験の嵐は再開された。

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