女性の決断
平林先生に注意されてしばらくは工藤先生の国語と社会の試験は少し簡単になった。やっと八十点近くとれた。けれども秋が深まるとまた難しくなったが。
九月の終わりに保健体育の授業があった。六年生は体育館に集まって男子と女子に別れた。更に三つぐらいに別れて、男子は男性教師、女子は女性教師から話を聴く。性病の恐ろしさや産婦人科検査の重要性や避妊具の話。エイズの歴史。性犯罪や防犯。パワーポイントを使っているグループもあったが、私達のグループは工藤先生がホワイトボードを使って熱心に講義していた。生々しい話もあるので、途中で気分が悪くなった生徒が何人かいた。待機していた先生が保健室に連れていく。時々チンプンカンプンで分からない所があった。受精する前の性行為があやふやに説明されて、当時の私にはつかみどころがなかった。性行為は軽々しくやってはいけないが、性行為をしないと子どもは出来ない。少子高齢化が進んでいるが、女性が無闇に子どもを産む時代ではない。専業主婦よりも社会進出が勧められる。
私はどこか他人事のように考えていた。何となく妊娠出産は怖いし、それをするにしても大人になってからだ。私はまだ中学にも高校にも進んでいない。
工藤先生は更に児童婚についても語った。アフリカやアジアの一部の地域で未だに少女が大人の男性と結婚して早すぎる妊娠をするのだ。出産する前に亡くなる場合もあるし、出産出来ても身体を壊したりする。心身頑丈でも家事と育児に追われて勉強も仕事も出来ない。経済的自立が出来なくて夫や夫の家族に操られる。児童婚の話を聴いて私は胸糞が悪くなった。児童婚の多くは少女の意思に反していた。少女が自発的に恋愛した例は少ないし、あったとしても少女は苦労する。少女と大人の男性の場合がほとんどで、少年と大人の女性の場合は少ない。出産出来なくなった老女は価値が無いとされる。国や地域によっては夫が死亡すると焼身自殺を強要される。
工藤先生は冷静に語るが怒りが伝わる。私達は固唾を飲んで話を聴いていた。
日本に生まれて良かったか。そうとも限らない。貧困と虐待で売春をしてしまう少女達が日本にも沢山いる。彼女達は自分の意思で売春していると言われているので、救済の手が届きにくい。更に凶悪犯罪に巻き込まれる事もある。性行為をしないと子どもは出来ない。両親の性行為で私も生まれた。しかし私は性行為が嫌なモノに思えた。
工藤先生は、
「……性行為は慎重にすべきですが、性行為を嫌いすぎても良くありません。女性は信頼出来る男性を早いうちから見抜かねばなりません」
私は一生、妊娠も出産もしたくない。性行為も嫌だ。なんだか怖いし、子育てしながら仕事を出来るほど、私は優秀ではない気がする。周りを見渡すと佐藤は暗い顔をしているし千夏は考え事をしているのか俯いているし、桐乃はぼんやりとホワイトボードを眺めている。男性を見る目を養う暇があったら趣味に没頭するか仕事が出来るようになって自活すべきだ。面倒臭い。工藤先生は、
「女性は二十歳頃から三十歳頃の間に出産した方が安全です。四十歳で無事に出産した女性もいますが、命懸けなのです」
「一生、産まなくても良いですよね。二十代でも命懸けですよ」
千夏が挙手しながら言った。私は思わず頷いた。先生は、
「その通りですね。けれども誰かが産まないと子どもは出来ませんし、四十歳過ぎて産みたくなっても時は戻りません」
私の隣にいた女子が、
「セクハラですよ、先生。少子高齢化だから産まなきゃいけないんですか」
先生は肩をすくめて、
「私みたいに後悔しても遅いですよ」
そう言えば先生から家族の話はあまり聞かない。父親は他界しているが母親は姉夫婦の元で暮らしている。それ以外の事は知らない。
「私も若い頃は産みたくなかったので気持ちは分かります。けれども子どもがいたら色々な可能性が広がっていたかもしれません」
先生が言った。桐乃が、
「先生は本当に後悔しているんですか?」
先生は短く笑い、
「人生自体に後悔はしていませんよ。皆さんと関われて楽しいですから。けれども産まない自由を強調し過ぎて産みたい自由を蔑ろにすべきではありません。皆さんの御母様達の選択は正しいのです」
私の後ろにいた女子がポツリと呟いた、
「産みたくてもモテないとダメだよなぁ」
聞こえたのか先生は、
「女性は根拠無くても自信を持たなければなりません。ほどほどに努力と精進すれば良いのです。縁がなければ諦めましょう。自分の魅力に気付けない男性などに近寄る必要はありません」
やはり機会があれば子どもを産むべきなのだろうか。私にはとてつもない事に思えた。私は男子に好かれたこともないし好きになったこともない。工藤先生は私達を見渡して、
「今は貴方達は若すぎるから産みたくないのは当たり前です。けれども何年か経って産みたくなる時が来るでしょう。その時に思いきって産んでみてはどうでしょう。四十五十で産みたくても産めない女性もいるのです」
女性には二つの進路がある。男性と同じく勉強と仕事、男性にはない妊娠出産。専業主婦かビジネスパーソンなら分かりやすいけれど、当時から今まで専業主婦を選択肢に入れる女性は嫌われている。不公平だ。命懸けだから妊娠出産をするなら専業主婦が良い。専業主婦がダメなら妊娠出産を諦めてビジネスパーソンになろう。三十歳まで縁がなければ結婚は諦めよう。私は何となくそんな事を考えた。
学校から帰って家族に話すと、母は驚き、
「先生はずいぶんと思い切った事を言うのね」
祖母は冷静に、
「先生の言う通りね」
母は、
「まあ、久江にはまだ先ね。中学生高校生が妊娠したら大変よ」
祖母は、
「その時はその時。久江、覚悟しなよ。出産した後が大変だからね。女は頑張らなきゃいけない」
「うん」
祖母の眼光が鋭くて私は思わず頷いた。
子育ては確かに責任持ってやるべきだけど、母親だけでなくて父親も子育てすべきだろう。専業主婦を否定するなら尚更だ。子どもにとっては父も母も親だ。
数日後、私達の学級でPTA会議が開かれた。保護者の何人かが先生の話を生徒から聴いて不満を持った。この会議には私の母も参加した。訪問介護の都合がついたからだ。
「四十歳前に出産しろだなんてセクハラです」
「児童婚や売春なんて小学生には生々しすぎます」
「避妊具の説明をすると子ども達が性行為に走ります」
工藤先生は保護者達の意見を静かに聴いた。母は先生に文句を言わず、逆に弁護もしなかった。大半の保護者は母のように黙っていた。工藤先生は保健体育の授業を簡単に再現した。扇情的ではなく淡々としている。先生自身は独身で子どもはいない。似たような女性を見下しているわけではなかった。
「産まない自由が有るでしょう。今は女性が勉強して働いて稼いで自立する時代です。同性愛者もいます。元から産めない女性もいます。少子高齢化を子ども達に押し付けてはいけません」
保護者の一人が言うと先生は涼しい顔で、
「その通りです。しかしそれを強調し過ぎると産む自由が侵害されます」
別の保護者が、
「先生は児童婚には反対でしょう。若いうちに産めと子どもに勧めるなんて」
先生は、
「はい。児童婚に反対です。私は大人になったばかりの女性の意思による出産を尊重しているのです」
母の隣にいた保護者がフンと鼻を鳴らし、
「四十過ぎれば行き遅れなんて今時おかしいんじゃありませんか」
先生は、
「行き遅れのどこがいけないのでしょうか。私もその一人ですよ。しかし、若い女性に産める時期を逃がして後悔させたくありません」
「自分にできなかった事を子ども達に押し付けてはいけませんよ」
保護者の一人が言った。先生は悲しい顔をして、
「どうしても産みたくないならば強要しません。仕事一筋な人生、同性愛、不妊症、色々事情はありますが、産みたがっていて産める人を指図する資格は誰にもありません」
皆、黙ってしまった。先生を責めていた保護者達は少し冷静になったようだ。
先生は語り出した。先生が高校生の時、同級生の女子が妊娠した。当時、先生は彼女を破廉恥だと見下していた。元々彼女と先生は最低限の会話をするだけで仲良しではなかった。先生の成績はそこそこで彼女の成績はあまり良くなかった。先生は彼女が覚悟無しに男性と関係を持ったのだと思った。しかし、彼女は友人や教師から堕胎を勧められても頑なに拒絶した。悪阻があったが、退学させられるまで登校していた。風の便りで彼女は男の子を出産した事が分かった。彼女はレストランを経営していた両親の元で働きながら懸命に息子を育てた。その息子が小学校六年生の時にたまたま先生の教え子になった。息子は勤勉な生徒だった。
「……学生妊娠を推奨するつもりは全くありませんが、既に妊娠してしまった女子生徒を責めるのは違うと思いますね。彼女を見下していた自分に少し後悔してます」




