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工藤先生  作者: 加藤無理
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 夏休みが終わって二学期が始まった。一学期の時に一度席替えをしたがまた席替えをする。席を決めるのは工藤先生だ。生徒達の何人かは、

「くじ引きにしてください」

「皆で決めるべきです」

「先生の独裁」

 と、文句を言っていた。確かに去年までくじ引きで決めたり好きな席を各自が選んだりしていた。学級会で背の順とか五十メートル走の速い順とかで決めたりもした。公平で自由な気がするのだ。私もそう思っていたし、皆も同じだっただろう。けれども工藤先生は、

「私が皆さんと同じぐらいの時、席替えが嫌いでした」

 皆、不思議そうな顔をした。確かに慣れた席を変えるのは面倒臭いし仲良くなった子と離れるのは寂しい。けれども気分転換になる。隣の子と仲が悪くなったら離れられる。

「私は根暗だったので学級で嫌われてて隣になった子達はほぼ全員私を嫌がりました」

 先生は暗い過去を淡々とと語る。先生はいじめられっ子だったのだ。

「たった一人、私と仲良くなった子がいましたが、その子とは一度も隣になりませんでした」

 先生は少し悲しそうに語った。無邪気に仲の良い者同士が集まると、ほぼ必ず一人や二人が途方にくれる。いじめられっ子だったり嫌われ者だったり気弱な子だったり。自信持って誰かと組めない子はどこにでもいる。

「友達のいない人を無視するのもいじめです。仲良くできなくても報連相は大事ですよ」

 先生が言うと桐乃が、

「ホウレンソウ?何ですか?」

 先生は、

「報告と連絡と相談です。相手が知るべき事を教えたり相手から必要な事を聴いたり、問題を一緒に考えたりするのです」

 相手が嫌いでも大事な話はする。人間として当然だ。けれども意外と難しい。

「人に迷惑をかけてはいけませんが、嫌われるのは必ずしも悪い事ではありません。それに、皆と仲良く出来なくてもかまいません。報連相をしっかりすれば良いのです」

 少し気が楽になった。席替えはワクワクするが不安でもある。横柄な男子が隣だったらどうしよう、毒舌な女子だったらどうしよう、と、実は身構えてもいた。


 結局、私の周りには大人しい子ばかりが揃った。桐乃と千夏とも離れた。よく見ると気の強い子達や近視の子達や犬好きの子達や読書家の子達がそれぞれ集まっている。先生は席替えをよく考えて決めたようだ。班編成も先生が決める。生徒達に仲の良い者同士で組ませなかった。生徒達の大半は先生の独断を最初は不満そうにしているが、時間が過ぎれば慣れた。


 発表会や学校行事は大きな対立も事故もなく私達はこなせた。先生が組み合わせを決めていたけれど、私達は人との距離感を学んだ気がする。席替えや班編成を自分達で決めるのは一見公平で自由のようだが、わだかまりが意外と残る。決められた方が諦めもつく。自分から誰かを誘って班編成出来ない者は半人前である。そんな常識が私達にはあった。先生はそれを否定した。他の先生達はむしろ自由な選択をさせた。それが出来ない生徒を憂いたり哀れんだりした。


 新学期が始まってからしばらく経つとまた工藤先生の試験の嵐。私達は一学期で慣れていたが楽ではなかった。自信のあった国語と社会は一学期からそんなに良くなかった。むしろ算数と理科の成績が伸びた。体育と図工と音楽は期待していなかったが、体育と音楽は予想より良くなった。


 国語と社会は業者の作った試験なら百点中八十点以上はできた。けれども工藤先生の作った試験だといつも六十点前後だ。


 家族に先生の問題用紙を見せると、

「まあ、今時の小学校はこんな難しい問題を解くの?」

 母が驚く。祖母は、

「私の時はこんなもんだった気がするよ」

 父はまじまじと見つめながら、

「この問題を他の学級の子に見せて良いなら見せてみな」


 図書室で自習する前、顔見知りになった同学年の女子何人かに問題用紙を見せた。皆、困った顔をして、

「何これ難しすぎるよ」

「こんな問題、見たことないよ」

「本当に小学生の問題なの?」

 私達が図書室前の廊下で喋ってると、平林ひらばやし先生が通りかかった。先生は四十代の男性教師で、工藤先生の隣の学級を担当している。

「皆どうしたんだ」

 先生が立ち止まると、私は問題用紙を見せた。先生が私達に囲まれながら読んだ。みるみる複雑な顔になっていく。

「え?これは中学生レベルの問題じゃないか。高校でも通じる問題もあるぞ」

 私は最初、大袈裟に言っているのかと思った。女子の一人が呟いた、

「あ、やっぱりそうなんだ」

 先生は眉間にシワを寄せて問題と解説を見比べている。先生は私に振り返り、

「君は確か工藤先生の学級だっけ?」

「はい」

 私が短く返事をすると先生は私達を見渡し、

「学習指導要領があるのに、工藤先生はやりすぎだよ」

 本当に難解な問題だったようだ。先生は、

「ちょっと工藤先生と話をしてくるからこれを借りるね」

 と、問題用紙を持って職員室へ向かった。私はいけない事をした気がした。私達は何となく平林先生の後についていった。


 私達が職員室の扉からのぞくと、工藤先生は熱心にパソコンを操作して仕事をしていた。平林先生に気づいて振り向くと、平林先生は私の問題用紙をヒラヒラさせた。私の胃が冷えた気がした。工藤先生に悪い事をしたと感じた。平林先生は、

「この問題は明らかに学習指導要領を逸脱しています。これでは生徒が自信を無くして学習意欲が低下しますよ」

 無表情で淡々としていたが工藤先生を責めている。工藤先生は肩をすくめて、

「満点を取った生徒もいますよ」

 平林先生は驚いて目を丸くした。工藤先生は、

「国語と社会は少し難しい方が生徒に学習意欲を持たせます」

 平林先生は、

「少しどころではありませんよ。学習指導要領を守ってください」

 工藤先生は穏やかな声で、

「人文科学と社会科学をふざけて学ぶと自分と他人を傷付けます。厳しいぐらいが丁度良いのです」

 平林先生は困った顔をして、

「学習指導要領を守らないと、他の学級や他校と不公平になります」

 工藤先生は悲しい顔をして、

「だからといって学びの機会を狭めるべきではありません」

 平林先生は、

「教師として学習指導要領を蔑ろにしてはいけません。教師の気ままで標準的でない勉強をさせるのは不公平です」

 学習指導要領。平林先生が何度も口にしているが、この時の私には馴染みの薄い妙な言葉に思われた。

「勉強で手加減するなんて生徒に失礼かと思いますが、そこまでおっしゃるならこれからもっと簡単な問題を出します」

 工藤先生は悲しそうに言った。平林先生は気まずそうに、

「僕も生物学専攻ですから、もっと難しい理科の問題を出したいですけど、我慢しているんです」

 と、言って私に振り返った。工藤先生と目が合ったが思わず私は下を向いた。工藤先生は、

「そんな顔をしないで下さい。怒ってませんよ」

 穏やかに言った。平林先生から問題用紙を返してもらうと、私達は図書室に戻って自習を始めた。


 宿題をひと通りやった後、教科書とノートとプリントを読み直して簡単な復習をした。気付けば日没。帰る時、また平林先生に会った。平林先生は、

「渡部さんね、自信もった方が良いよ。あれは本当に難しいんだから」

 と、言った。私は呟くように、

「分かりました」

 と、答えた。


 この時は実感がわかなかったが、中学校に進学すると平林先生の言う通りだと分かった。工藤先生の授業で習った事が活かされて、全教科が学年の平均以上になった。


 工藤先生が国語と社会を手加減していたらむしろ私は真面目に勉強しなくなっていたかもしれない。

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