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工藤先生  作者: 加藤無理
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3/10

音楽の先生

国歌についての論争が出てきます。苦手な人は無理に読まなくてもかまいません。


 図工と音楽は担任ではない別の先生が担当していた。音楽は柳澤やなぎさわ先生だった。彼女は三十代で娘と息子がいる。時々子どもの話をする。柳澤先生はいつも笑顔だがふざけている生徒には厳しかった。怒鳴りはしなかったが冷徹れいてつな声で注意した。試験はあまりしなかったが真面目な態度を求めた。私語厳禁。どのくらい理解しているのかを確かめる為に、時々生徒を順番に指して発言させていた。実演もさせる。


 授業内容は笛と歌と鍵盤ハーモニカ、音楽鑑賞と映画鑑賞。先生が見せる映画はアニメや実写、邦画や洋画だったが、戦争に苦しむ人達を描いた作品が多かった。演奏させる歌も曲も平和をうたう作品や戦争に反対する作品が多かった。


 国境の無い世界。色んな人が仲良くする社会。武器や暴力を捨てて芸術を育む人達。柳澤先生の理想だ。それに感化かんかされた生徒もいる。


 イラク戦争が始まった頃から柳澤先生はアメリカと日本を否定的に語っていた。日米は石油の為にイラク戦争をしている。アメリカは傲慢だし日本はそれに追随している。アメリカが戦争を始めたから多くのイラク人は生きる場所を失った。その中にはテロリストになった者もいる。アメリカが悪い。それに追随して自衛隊を派遣する日本も悪い。アメリカはイラクに劣化ウラン弾を使用しているし、過去には二発も日本に原爆を落とした。アメリカこそテロ国家。戦争を嫌いすぎて当時の柳澤先生は過激だった。


 千夏は柳澤先生発言にすっかり同意していた。アメリカ政府も日本政府も嫌いだ。イラク人に同情的だ。桐乃は柳澤先生に半信半疑だった。日米両政府に不満を持っていたけれど、両国の文化は好きだった。日本人であることに恥を持っていないし、いつかはアメリカに旅行したがっていた。私は判断がつかなかった。柳澤先生を疑うつもりはないけれど、戦争反対は疲れる。柳澤先生もテレビの人達も現実から目をそらすなと言っているが、壊された家や怪我した人を見るのは私はやはり嫌だった。


 アメリカの原爆投下も劣化ウラン弾使用も残虐だけど、旧日本軍も中東のテロリスト達も残虐だった。むしろイラク戦争前にはアジア侵略した残虐な日本にアメリカが勝ったのが正解だと言っていた人達は沢山いた。


 私達日本人はいつも悪者の子孫で、アメリカはイラク戦争以降は悪者で、イラク人は可哀想な人達。そう思わなければならないのだろうか。モヤモヤして気持ちがふさぐ。


 柳澤先生は休日には私達より年下である自分の子ども達を連れてデモに参加していた。それを授業の合間に語る。私達に参加を強要しなかったが、先生はデモに意義を感じているようだ。


 それを聴いて千夏はデモに興味を持った。桐乃は先生自体のデモ参加には賛成だが子ども達に同情した。小学校低学年や幼稚園児ならばデモは理解出来ないだろうし遊びたい盛りだろう。一方、私は家族揃ってB級映画を観た方が良いと思った。


 六月のある日の休み時間に、私達は工藤先生に柳澤先生の話をした。千夏は興奮気味こうふんぎみにアメリカを非難ひなんし、桐乃はそんな千夏を落ち着かせた。工藤先生はじっと熱心に話を聴いている。最後に私は、

「……先生もブッシュと小泉が嫌いですか?」

 と、尋ねた。先生は宙をにらんで少し考え込んだ。私達が黙って待っていると先生は、

「好きでも嫌いでもありませんが、批判されるべき所はあります」

 千夏は、

「イラク侵攻は間違ってますよね」

 と言うと先生は穏やかな声で、

「そうかもしれませんね。けれども私は小泉首相の郵政民営化の方が嫌です」

 工藤先生は柳澤先生ほど反戦思想家ではないようだ。

「そういえば先生は社会や政治の話をあまりしませんね」

 桐乃が言った。確かに工藤先生は熱心に楽しそうに授業を進める。あまり話が脱線しない。時々、本を紹介したり雑誌や新聞の切り抜きを見せたりするが、授業に関係あるものばかりだ。柳澤先生のように平和を尊べとか戦争止めろとか言わない。

「政治も社会も複雑で皆の感情が絡み合ってますからね」

 先生が言うと千夏は、

「だからこそ現実から目をそらしてはいけませんよね」

 先生は肩をすくめて、

「背負いきれない時は目をそらした方が良い時もありますよ」

 少し意外だったので私は驚いた。桐乃も千夏も不思議そうな顔をしている。先生は真顔で、

「考える材料や余裕がないと人は前に進めません。無理に行動して誰かを傷付けるならば何もしない方が良い時もあります」

 先生は投げやりではなかった。この時に私達は保留の重要性を学んだ気がする。「現実を直視しろ」にうんざりしていた私は気が楽になった。

「鈴木さん。貴方は責任感がありますが、背負い込みすぎると鬱になりますから気をつけましょう」

 先生は千夏にやんわりと注意した。


 工藤先生と話をして、私達は余裕を持って柳澤先生の話や報道に接するようになった。千夏は日米両政府に否定的だったが、興奮しなくなったし、窮屈そうだった桐乃は一歩引いた様子だったし、私は気楽だった。


 私達は工藤先生の授業にも柳澤先生の授業にも精力的に受けていた。柳澤先生は厳しかったが、多少不器用でも真面目な態度を認めてくれる。演奏を違えても怒ったりも笑ったりもしなかった。丁寧に具体的に教える。しかし何人かの生徒達は柳澤先生を嫌っていた。逆に心酔している生徒も何人かいた。戦争を強く反対する先生の態度に一喜一憂していた。

「柳澤、ウゼエ、かったるい」

「音楽と戦争は関係ないだろ」

「先生の言う通りだよ」

「平和じゃないと音楽活動できないでしょ」


 私語は厳禁なので皆、面と向かって柳澤先生を批判しなかった。けれどもどことなく音楽の授業に集中できない生徒が何人かいた。たまに登校する佐藤は色々と授業についていけていない。佐藤は、

「柳澤先生の話はわけがわからない」

 と、困っていた。


 思想に片寄りは有るけれど柳澤先生は良い教師だと私は思う。千夏も桐乃も先生を認めている。けれども柳澤先生に心酔している生徒は音楽より思想に集中し、嫌っている生徒は面倒臭そうに授業を受けていた。音楽が元から得意な生徒達は、

「戦争反対と言わなければ良い先生なんだけどな」

 と、呟いていた。


 夏休み前のある日、父が珍しくPTAに参加した。母は出たがったが家事と介護で母は忙しかった。父も仕事で忙しかったが偶然に休みがもらえた。


 場所は私達の教室。私達が授業を終えた後、親や保護者が集まって話し合う。問題児やいじめや防犯や災害、学校行事やカリキュラムなど色々と議題がある。


 普段は大人達が熱心に議論はせず、担任教師からの説明と簡単な質疑応答で済ませる。教師も保護者も多忙で時間が取れないからだ。たまに過保護な保護者が長々と担任に注文をつけるが、他の保護者から嫌がられる。むしろ多くの保護者達は発言を控える。せっかくの会議が形式的になっても良いから早く済ませたいようだ。また、中途半端に目立って波風立てるのを嫌がる。黙って出席していれば面目が立つ。


 父も最初はそんな気持ちで出席をした。娘である私の学級に少しぐらいは関われば良かった。


 けれども今回の議題は国歌斉唱だった。更に工藤先生だけではなく柳澤先生も出席していた。会議が始まるとすぐに二人の先生は保護者達の前で論争をした。論争と言っても口喧嘩ではなくて淡々と自分の意見を述べ合っている。どちらも口調は穏やかだ。そのやりとりを聴いていた保護者達はどんな反応をすべきか迷っていた。あらかじめ決まった事を確かめるだけの儀式ではなかった。


 柳澤先生は、

「かつて日本は君が代を歌いながらアジアを侵略しました。イラク戦争が始まっている今、子ども達にそんな歌を斉唱させるのは平和を踏みにじる行為です」

 保護者の何人かは頷いた。だが、工藤先生は堂々と反論した、

「確かに戦争は避けるべきですが、国や社会を守れない人達が平和を守れると私は思えません。自分の国をないがしろにする人は他の国も蔑ろにします」

 この発言に頷いた保護者もいた。父はどちらでも良かったし、父と同じ立場の保護者が大半だった。柳澤先生は、

「国境があるから戦争が起きて人は苦しむのです。国が市民を洗脳して殺し合いをさせるのです」

 工藤先生は冷静に反論した、

「現代は国境を超えたテロ組織が市民を殺しています。国境が消えても暴力は消えません。テロリストに抵抗しないで殺されても平和は来ません。テロリストは他の人を更に殺します」

 保護者の多くは女性だった。多くは「殺す」という言葉に苦い顔をした。それでも黙って聴いている。柳澤先生は、

「戦争を仕掛けてくるのはいつも国や富裕層や支配者です。貧困層や被害者の遺族は報復せざるを得ません。暴力の連鎖を止めるには支配者達が反省するしかありません」

 工藤先生は、

「忍従が嫌なら尚更なおさら、自分の国や社会を大事にして敵国やテロを拒みましょう。暴力の連鎖が嫌なら被害を受けても報復をしてはいけません」

 君が代斉唱の是非から話題が広がってきている。論争はどこまで続くのか。父は不安になった。柳澤先生は、

「私は卑劣なアメリカに操られている日本政府に忍従したくはありません。アジア侵略した日本という国に子ども達を売りたくありません。私は君が代斉唱を反対します」

 工藤先生は穏やかな表情で反論した、

「問題は色々有りますが一応、日本とアメリカは民主主義国です。柳澤先生の様に批判できるのがその証拠です。批判を続ける為にも子ども達を守る為にも国を守る覚悟が私達大人に必要です」

 国を守る覚悟を持てと言われて父は困ってしまった。日々の仕事でそれどころではない。柳澤先生は、

「市民や子どもを守らない国なんか……」

「私達の国は子ども達に受け渡さなければなりません。将来、どんな国にするかは子ども達が決めていくのです」

 工藤先生が遮るように言った。


 結局、国歌斉唱の是非は決まらなかった。保護者のうち何人かは録音機ボイスレコーダーを使ったりメモを録ったりしていた。それを私達生徒に見せて考えさせる事にした。


 教育委員会から国歌斉唱を勧められていたが校長は迷っていた。校長が迷えば教師も保護者も迷う。柳澤先生をはじめとする先生達は断固反対していた。一方、工藤先生は校長や教頭に強く勧めた。


 保護者達から話を聴いた私達は投票することになった。他の学級や学年の生徒達も投票した。


 私は斉唱賛成派だったが、結果は国歌斉唱はしないことになった。反対派の生徒達の話をそれとなく聴くと、柳澤先生に心酔したり日米が嫌いだったりしているわけではなく、なんとなく面倒臭いが大半だった。


 私は工藤先生に心酔したわけでもないし愛国者でもない。賛成したのは工藤先生の発言に納得したからだ。自分や自国を大事にしない者は他人や他国をも大事にしない。自国が嫌なら少しずつ変えれば良いし外国に移住しても良い。


 結果を知った直後に工藤先生は寂しそうな顔をしたが、すぐに立ち直っていつも通りの笑顔の先生に戻った。柳澤先生とはわだかまりもなく挨拶するし簡単な世間話もする。


 斉唱反対派が賛成派を見下すこともなかった。


 夏休み直前の朝、廊下で校長とすれ違った。私が簡単な挨拶をすると校長は、

「君は工藤先生の学級の生徒かな?」

 と、意外にも質問してきた。私は驚きながらも、

「あ、はい」

 と、間抜けな返事をすると校長は、

「君は工藤先生を尊敬できるかな?僕は尊敬している」

 校長の意図が分からず私が黙っていると校長は続けた、

「まあ、君が代や工藤先生を君は嫌っても良いけどね、工藤先生は悪い人じゃないんだ」

 私は、

「私はどちらも嫌っていません」

 校長はニコリと笑い、

「それは良かった。それじゃあ僕と君との内緒だ。依怙贔屓えこひいきと言われたくないからね」

 と言って立ち去った。


 校長が何故私に話しかけてきたのか分からなかった。私はなんも変哲もない生徒であって優等生でもなければ目立ってもいなかった。


 校長が工藤先生を心配していた事は当時でも私は何となく分かっていたが、何故心配していたのかよく分からなかった。


 おそらく校長も国歌斉唱賛成派だったのだろう。けれどもそれを教職員や生徒達に押し付けるわけにもいかない。柳澤先生みたいな反対派がいれば尚更なおさらだ。

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