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工藤先生  作者: 加藤無理
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登校拒否

 ゴールデンウィークが過ぎて春も過ぎていく。その間に工藤先生は沢山試験を出した。それだけではなく一人一人採点してそれぞれに合った解説や勉強方法を手紙で書いて渡した。手紙は流石さすがに手書きではなくてパソコンから印刷した紙だったが、私は感心した。両親に見せると両親は先生を誉めて、何度も私に手紙を読むように勧めた。母は、

「先生は忙しいはずなのにこんな丁寧な手紙を一人一人に毎回書くのね。過労ではないかしら」

 心配した。けれども工藤先生はいつも微笑んでいて元気そうである。


 私は桐乃や鈴木千夏と先生からの手紙を時々見せ合った。一人一人内容が違っていた。私と桐乃は三回ぐらい読み返すと自宅の机の中にしまうが、千夏はもっと読み返しているようだった。


 一方、かさばるからといってロクに読まずに捨てる生徒も何人かいた。先生は悲しい顔をしたが叱りはしなかった。紙を減らそうと先生はパソコンや携帯電話を持っている生徒にメールを送ることもあった。井上創矢と男子の何人かはそれに賛成した。彼らは学級の中で優秀な方だった。


 私は休み時間に桐乃と千夏と一緒にいることが多かった。千夏は勉強が出来るが無口。いつも短く相槌あいづちをうっている。反対に桐乃はよく喋る。私は桐乃の話を聴きながら周りを眺めてよく話題を変える。桐乃が何分も音楽の話をしていると私は聴きながら近くで消ゴムで遊んでいる男子を眺める。それを真似しようと桐乃と千夏に勧める。千夏は興味を持つが桐乃は嫌がるので私は諦める。


 千夏をはじめとする勉強の出来る生徒数人は時々挙手をして先生に質問する。面白い質問もあれば先生を困らせたり目立ちたいだけの迷惑な質問もある。先生は嫌がらずになるべく簡潔に答える。


 私達の学校は一つの学級で二十人前後。その中で挙手する生徒はいつも三人ぐらいだ。他の生徒は挙手をしたがらない。目立ちたがり屋だとバカにされたくないし、そもそも恥ずかしい。恥ずかしいというより怖い。


 今回の工藤先生の学級はいつも一つの授業で六人ぐらいが挙手をする。たまに大人しい生徒も質問する。


 工藤先生は順番に生徒を指して何かを言わせなかった。そのわりには皆、授業にしっかりと参加していた。先生が許可しているにもかかわらず、教室の外に出て寝たり遊んだり喋ったりする生徒はほとんどいなかった。


 桐乃は最初、挙手する生徒を見下していたが、いつの間にか時々質問するようになった。私も分からない所があれば質問するようになった。五年生の時まで自信の有った国語と社会の成績が良くなかったのだ。


 先生は楽しそうに解説する。


 私達の学級では業者が作った試験と先生が作った試験があった。他の学級より二倍ぐらいは多かった。先生の試験はどの教科も文章問題が多くて面倒臭かった。


 いつもの授業も試験も大変だが宿題も出された。宿題を忘れても先生は怒らなかったが、試験や授業ではちんぷんかんぷんになる。手紙でも宿題の意義が何度か書かれていた。


 千夏は放課後には塾に通っている。桐乃は仕事帰りの父親に自宅で勉強をみてもらっている。私は図書室で宿題をする。先生は成績や生徒の性格に応じて宿題を一人ずつ変えている。


 私の母は家事と祖父母の介護で忙しく、父は夜遅くまで残業している。落ち着いて勉強をするとなると学校の図書室になる。


 教職員達は事情を知っているのか夜近くまで使わせてくれる。私の他にも何人か自習したり読書したりしている生徒は何人かいた。


 母子家庭や父子家庭、貧困層、虐待被害、両親が多忙すぎる、そういった事情のある家庭を抱えていた子が多かったようだ。私語厳禁の図書室で互いに事情を話さなかったが、漠然とした連帯感を感じた。


 興味津々の読書家もいたけれど、多くは哀れまれたりさげすまされたり噂話をされる。腕白な子なら怒鳴ったり暴力を振るったりするが、そういう子は図書室で読書や自習をしない。むしろ不良予備軍になる場合が多かった。


 不良予備軍でも対等な友人や親身な大人がいれば立ち直る。そうでなければ闇落ちする。


 私は図書室で自習した後、何度か工藤先生が携帯電話で誰かと話したりメールを打ったりしているのを見かけた。いつも険しい表情だった。私に気付くと笑顔で、

「あら、勉強してたのね、お疲れ様」

 と、挨拶をする。私は頭を下げながら短く返事をする。深入りせずに学校を出る。


「伊藤君を蹴らないでください」

「華岡君、それはいじめで犯罪ですよ」

「小林さん、よく相談したね、勇気を振り絞ったでしょう。安心してね」

 断片的なやりとりが聞こえた。先生はいじめや虐待の仲裁をしたり被害を受けた子を励ましたりしているようだ。


 私はいじめっ子を負かすほど喧嘩は強くないし、いじめられっ子を励ますほど器用でもなかった。


 三年生の時に私は男の子をバイキン扱いしている男子数人に、

「それはいじめだよ」

 と、言ったことがある。しかし彼らはヘラヘラ笑いながら、

「うわ、キモい」

「へえ。こいつの事が好きなのぉ?」

 と、茶化された。いじめられていた男子は無表情だった。いじめを見て見ぬふりをするのもいじめと言うが、これではどうしようもない。


 私は傍観者でいようと決めた。深入りは良くない。喧嘩の強い子に密告しようとも考えたが、その子が見返りなしに仲裁してくれるとは限らない。先生への密告はなんだか怖かった。


 工藤先生はいじめや虐待の解決に取り組んでいたようだが、傍観者である私達を責めなかった。ひたすら真面目に勉強する事を求めた。


 いじめはいつの間にか少しずつ消えていった。


 それを聞いた母は、

「まあ、先生は本当に大変ね。いじめってけっこう根が深いからね」

 仕事から帰ってくたびれている父も大きく頷いた。


 私は千夏と桐乃にも話した。ベラベラ言いふらす事ではないけれど、二人には話して良いような気がした。

「うん。先生は問題ある子達とけっこう話しているよ」

桐乃も見かけているようだ。千夏は、

「先生は深入りするなと言うけれど、先生一人に背負い込ませても良いのかな」

 教師は授業の準備や試験の採点以外にも色んな仕事があるはずだ。私達生徒一人一人を見て欲しいと思うけれども、教師が多忙なのは小学六年生の私達にも分かる。


 先生はいじめの当事者だけではなく、登校拒否している生徒をも気にかけていた。佐藤岬さとうみさき。彼女は私とは四年生の時に同じ学級だった。授業中にも休み時間にも折り紙を折ったり切り貼りしたりしていた。それをからかったり嫌がったりする同級生達にいじめられるようになった。


 ハサミや折り紙を奪われたり、作品を破られたり壊されたり。佐藤が泣きながらその時の担任に泣きついても、担任はいじめっ子達に強く叱らなかった。担任も授業を邪魔されて辟易していた。


 佐藤は五年生になっても折り紙で遊ぶクセを治さず、またいじめられたようだ。とうとう二学期の始めには登校拒否をするようになったそうだ。


 工藤先生は佐藤と手紙やメールのやりとりをして勉強をさせている。週に一回は佐藤の家に訪問している。佐藤は毎日自宅で自習して先生の訪問時に試験を受けている。小さな試験は佐藤の母親が監督している。


 佐藤の成績が良いと先生は私達の前で佐藤を話題に出して誉めた。たまに折り紙の作品も見せる。佐藤の承諾を得ているようだ。


 私は佐藤のクセが嫌いだったが、先生が佐藤を誉めながら作品を見せると、芸術に見えた。確かに以前よりも上達していて細部までこだわっていて丁寧だ。


 理科の実験や特別授業の時、佐藤はたまに登校して授業に参加する。先生が熱心に説得したからだろう。


 私が佐藤に作品を誉めると佐藤は素直に笑って工藤先生とのやりとりについて語った。佐藤は、

「先生は分かってくれるし私は登校拒否を続けるよ。でも母さん達が心配しているんだ」

 一応、勉強が出来ているし、いじめは回避されている。登校拒否も選択のうちだろう。しかしそれは先生と親の尽力が前提だ。子どもなら学校で勉強するのが常識。当時はまだそんな風潮が根強かったし、私自身もそう思っていた。学校に頼らず自習だけで済ますのは並大抵の事ではない。佐藤は元から能力が有るのだろう。私は佐藤に登校を無理強いはしなかったが、心配する佐藤の母親の気持ちも分かる気がした。


 工藤先生は佐藤が登校する前日に、

「佐藤さんを責めないで下さいね。皆さんも学校がどうしても嫌なら休みましょう。登校拒否はむしろ学校に責任が有るのです」

 と、注意していた。だから当日に余計な事を言う同級生はいなかった。佐藤も真面目に授業に参加していた。


 保健体育やボランティアや職場体験や理科の実験、教室外の様々な授業に佐藤は参加した。佐藤は私と千夏と桐乃と同じ班になる事が何回かあった。


 桐乃は佐藤に音楽やドラマの話をした。佐藤はどちらもちんぷんかんぷんだったようで質問ばかりしている。千夏は二人の会話に短い相槌を打ちながら聴いている。私は会話の合間に佐藤の作品がどうやって作られたのか尋ねる。佐藤は嬉しそうに語る。


 千夏は真面目でサボるのが大嫌いだが佐藤を責めなかった。むしろ佐藤の成績を知り作品を見て素直に誉めていた。

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