先生の一言
「人は死ぬ為に生きている」
私が小学六年生の時、担任の工藤先生がそんな事を言っていた。どういう意味なのか正直、大人になった今でも分からない。けれどもこの台詞はハッキリと覚えている。ぼんやりしている時に限ってよく思い出す。
私は中学二年の時に家族に連れられて東京へ引っ越したので、同級生や工藤先生とは音信不通になっていた。現在、先生が元気でいるかどうか私は知らない。
私の担任だった時、先生は既に五十歳だった。あれから二十年が経ったが、まだ七十代のはずだから存命中だろう。
小学校の教師は昔も今も全ての教科を担当している。つまり毎日の半日以上、小学生は同じ大人と一緒にいる。けれども小学校の六年間で私は工藤先生が最も印象深かった。他の学年の時の先生達を嫌ったり避けたりしたわけではないけれど、工藤先生は良い意味でも悪い意味でもクセの強い教師だった。
元々、先生は中国文学を研究していた。算数と理科と体育は苦手で国語と社会と英語は自信があった。音楽や図画工作は別の教師が担当していた。先生は算数と理科と体育は苦手なはずなのに、丁寧に一生懸命に教えてくれた。私達生徒はそれに応えるかのように頑張った。成績が良いと先生は心底喜び、悪くても穏やかに励ました。
むしろ国語と社会は難しくて私達には苦痛だった。授業参観に来た親や保護者達、他の教師には評判は良かったが、私達には苦行だった。先生は成績が良いと誉めるが、悪いと不満そうな顔をした。
春休みが終わって六年生になった始業式前の顔合わせの時の事だった。私達が教室に入ると黒板前の大きな机に工藤先生は既に座っていた。
いつもなら生徒が先に入ってお喋りをしたり遊んだりして担任を待つ。だが先生は読んでいた中国語の本を机に置いて私達に微笑んで迎えた。私達は驚きながらも「お早うございます」と、呟いたと思う。
工藤先生は女性。小柄でも大柄でもない。けれども私達の担任になる前から存在感はあった。私が一年生から五年生の間に工藤先生の学級になった友達から噂を聴いていた。
「うぜえババア」
「厳しい」
「親切で優しい」
「冷徹」
「落ち着いている」
評判は賛否両論様々だった。善かれ悪しかれ先生はよく話題になっていた。
私達は先生の前でふざけるわけにもいかず、おとなしく席に座った。全員が着席し終わると、先生はゆっくり見渡して、
「人間は何の為に生きていると思う?一人ずつ名前を名乗った後、答えて欲しい」
と微笑みながら廊下側の一番前にいた生徒から促した。最初に指定されたその男子は、
「井上創矢です……」
と、名乗ったきり、立ったまま黙ってしまった。近くにいた生徒達は苦い顔をしている。先生は微笑んだまま、
「どうしても答えられなかったら、座りなさい」
井上は座った。次の男子も名前を言っただけで座ってしまった。その次の生徒もそれに続く。
「鈴木千夏です。人は人を幸せにする為に生きなければなりません」
彼女が初めて先生の問いに答えた。先生は嬉しそうに頷く。鈴木の発言をきっかけに、先生の問いに答える生徒が出てきた。
「自分が幸せになる為」
「仲良くする為」
「頑張って良い人になる為」
「良い人になって天国に行く為」
時々、答えない生徒もいたが、先生は笑顔を絶やさなかった。最後は私になった。
「渡部久江です。私は気ままに生きたいです」
今思えば少しズレた返答だったかもしれない。しかし、正解らしい返答は既に出尽くされていた。的外れになっても良いと思って少し奇をてらってしまった。
先生はにこりと頷いた。また私達をゆっくり見渡して、
「私は工藤京子。人は死ぬ為に生きている。私はそう思います。でもこれが正解とは限りません」
意味が分からなかった。私だけでなく同級生達も不思議そうな顔をしていた。非常に難しくて哲学的だと今でも思う。
先生は言葉遊びで茶化しているわけではないようだ。表情が先程とうって変わって真剣だ。先生は本気で人は死ぬ為に生きていると考えているのだろう。
不思議な自己紹介の後、私達は先生から始業式の段取りを教わった。先生は淡々と微笑みながら話している。私達は黙っていたが、先生の発言が引っ掛かっていた。私の前隣にいた路川桐乃は私に目配せしていた。私も桐乃に何度か頷いた。
死んで天国に行く為に正しく生きる。それならば何となく分かる。しかし、死ぬ為に生きるとは一体何なんだろう。
始業式は無事に終わった。校長先生達の話は全く覚えていない。
当時の日本は小泉純一郎政権でアメリカはジョージ・W・ブッシュ政権。アメリカはイラクと戦争真っ只中だった。アジアではSARSが流行っていたし、他にも事件や災害は起きていた。この時から既に少子高齢化や貧富の格差、温暖化や不況が話題になっていた。スマホはまだ普及していなかったが、携帯電話は普及していたし、パソコンでネット接続出来ていた。悲しい情報が溢れていた。
当時、小学生だった私達は報道や政治に詳しくなかったが、不安や不満を肌で感じていた。一昨年には九一一事件がアメリカで起きて大人達は騒いでいた。四年生だった私はテレビを観るのが嫌だった。
進級と社会情勢からの不安で私は緊張していた。他の同級生も何人か同じだったと思う。
始業式が終わり、体育館から教室に戻った時、工藤先生はにこやかに、
「皆さん、これからも楽しく勉強を続けましょう」
と、言った。私は単なる社交辞令だと聞き逃していた。だが先生は、
「私の授業がつまらなかったら黙って自習して下さいね。他の生徒の邪魔をしないようにして下さい。どうしても遊びたかったら一人で校庭で遊びましょう」
やけに明るい声で忠告した。教室の真ん中に座っていた田中悠児が、
「本当にそんな事をしたら先生は親や他の先生にチクるんでしょう」
疑り深い様子で言った。先生が私達生徒を試しているのだろうか。先生は、
「いいえ。黙っておきますよ」
同級生達は腑に落ちない様子だった。それが本当ならば職務放棄ではないだろうか。怠け者でも素直に喜べない。私も疑問だった。先生は、
「頑張りたい人や自信の無い人は先生と学びましょう。最初から勉強できる人は他の人の邪魔をしなければ良いのです。けれども試験の時は全員真面目に参加して下さいね。通信簿をつけなければいけませんから」
桐乃は不満そうに呟いた、
「最初から勉強できる子に有利じゃん」
確かに優秀な子はサボれる。けれども鈴木千夏も納得していない様子だ。鈴木は去年も私と同じ学級で、学級の中でいつも成績が良かった。彼女ならいくらでもサボれるはずだ。そんな彼女は、
「一部の生徒を見放すなんて差別です」
と、先生に反論した。先生は微笑みながら、
「違いますよ。人それぞれなんです。自習した方が良い人と誰かと一緒に勉強した方が良い人の両方がいるのです。高校生や大学生で会社を作ってしまうような人は学校でごちゃごちゃ言われて才能が発揮できない場合があります」
学校なんて時代遅れで個性を潰す。そんな事をテレビで発言していた者は確かに何人かいた。けれども鈴木が半信半疑な様子だった。先生は、
「試験は通信簿の為だけではありません。自分がどこまで出来るかを知るための目安です。試験は全員、真面目にやって下さいね」
先生にとって試験は大事なようだ。鈴木は少し納得したようだが生徒の何人かは苦い顔をした。試験がどうしても嫌なのだ。レッテル貼りとか型にはまるとか価値が数値化されるとかそんな気がするのだ。私は半分割り切っているが、生理的に試験が嫌な者はいる。




