道徳の授業
十一月の後半になると冬らしくなってきた。温暖化と言われているが冬になると寒くなる。祖母は、
「昔はもっと寒かった気がするよ」
と、言っていた。
二時間目と三時間目の間の休み時間は二十分もある。校庭で遊ぶ生徒が多かったが、この時期は室内で遊ぶ生徒が増える。男子は廊下や階段でかくれんぼや鬼ごっこをする。
「廊下は走らない」
「危ない」
「怪我するぞ」
と、時々先生達は大声で注意する。工藤先生も落ち着いているが響く声で、
「私の小学校の同級生が階段から落ちて亡くなったり、壁に頭をぶつけて何年も入院していましたよ」
男子達の何人かは体育館に移動してバスケットボールや卓球を始めた。体育館も寒かったが校庭よりマシだった。私達女子は暖かい教室でお喋りしたり絵を描いたり本を読んだりした。自習している子もいる。教室の中にも書棚が一つあって、私と桐乃と千夏は一緒に図鑑を眺めた。虫の図鑑もあったが、私達は虫が苦手なので植物図鑑をよく借りた。教室の書棚にある本の大半は先生が自腹で買った本だった。文字が大きくてルビのある本もあれば、いかにも大人が読むような本もあった。保護者が寄付した本もある。中国語や英語を翻訳した本がけっこうあった。千夏は先生に相談して一冊ずつ持ち帰り、しばらくすると返却する。
運動神経の良い女子数人は男子と一緒に遊ぶ。内気な男子は静かに絵を描いたり本を読む。学級を何となくまとめているのは運動神経の良い女子だった。
道徳の時間は週に一・二回ほどあった。春や夏の晴れた時は校庭に出てドッジボールや大縄跳びをした。酷暑の時は教室で詩や俳句を書いた。私達が三年生の頃まで扇風機でしのいでいたが、四年生ぐらいから学校にエアコンが教室に設置されていった。最近はパワーポイントのスクリーン画面で道徳の授業が行われる。静止画や動画が流れたり、文章が出たりする。
お金の無い老女が警察官や警備員の監視をすり抜けてそれを内心で喜んだり誇りに思ったりする。生活が更に困窮するとわざと捕まって刑務所に入る。ホームレスになって野宿するより、刑務所暮しの方が楽なのだ。こういう話をパワーポイントを使いながら工藤先生は淡々と語る。千夏をはじめとする真面目で優秀な生徒は露骨に腹を立てていた。
「貧しいからといって万引きして良いわけがない」
「ああはなりたくない」
「刑務所を甘く見ている」
「万引きされた店が可哀想」
一方、桐乃や何人かの生徒は、
「万引きしないと飢え死にするんでしょ。可哀想だよ」
「誰も助けなかったのが悪い」
私は、
「お婆さんが誰かに助けを求めなかったのは何故ですか」
と、先生に尋ねた。先生は少し悲しい顔をして、
「助けを求める事は勇気のいることなんです。拒まれるかもしれないし、蔑まされるかもしれません。だからこそ他人を信用して心を開くのは難しいけれど大事なことです」
憲法九条の是非も道徳の授業の題材になった。ロシアや中国、原爆を落としたアメリカなどの大国は戦争放棄していない。それどころか表に出たり裏にまわったりしながら戦争を続けている。日本が憲法九条を守っていても戦争は無くならない。ロシア・中国・アメリカのような大国が一気に戦争を放棄すれば、他の国々も安心して戦争を放棄するかもしれない。日本はそんなに大国ではない。日本さえ戦争放棄すれば世界平和になると考えるのは傲慢ではなかろうか。アジア侵略した日本は確かに歴史的に罪はあるけれど、戦後生まれの世代がどこまでその責任を負うべきだろうか。アジアの国々から恨まれているからといって抵抗せずに侵略されて虐殺されるべきなのだろうか。むしろそれは狂気ではないのか。誰も戦場に行かなかったら生活の場が戦場になる。学校も町も何処も戦場になる。昔のいじめっ子が弱くなって謝りに来ても憎しみは消えない。国同士も同じ。過去の反省はするし自分達から仕掛けてこないけれど、抵抗はする。無抵抗なら相手は許して加減すると考えるのは甘え。相手を見下しているのと同じ。
先生は淡々と語る。私は固唾を飲んで聴いていた。
今までそんな話を聴いた事がなかった。戦争は悪いから憲法九条で戦争放棄すれば世界平和になる。大人達はそんな事を言っていたし、私は無邪気にそう思っていた。
「……憲法九条に疑問を持っていますが私も戦争を望んでいません。戦争を無くすには自分と相手の両方を理解しなければなりません」
工藤先生が言った。
戦争の話といえば第二次世界大戦や太平洋戦争(大東亜戦争)の悲惨な話を聴く苦行だ。何日経っても食料が得られないわびしさとどうしようもない空腹。飢餓。いつどこで敵に捕まり殺されるか分からない恐怖。やりたい事が出来ない窮屈な生活。誰も二度とそんな体験をしたくはなかった。けれども戦争反対と言い続ければ平和は維持できるわけではなかった。誰かに依存しすぎないけれど適度に信頼する。不誠実には怒る。卑屈になっても仕方がない。日本が自衛できる戦力を持てば中国や韓国が怒る以上にアメリカと対等に少しはなれる。
柳澤先生を尊敬していた千夏は神妙な顔で工藤先生の話を聴いていた。男子達は苦い顔をしている。難しい話だし、女子どもを守る責任が嫌なのかもしれない。
「……お気付きの通り、私は柳澤先生と考え方とは違いますが、柳澤先生を尊敬してますよ。柳澤先生は素晴らしい音楽の先生です」
工藤先生が言った。柳澤先生とは挨拶もするし、職員室で生徒や行事の話を熱心にしている。政治の話はしないが仲は悪くないだろう。考え方が全然違っても、憎しみ合ったり疎遠になったりするとは限らない。二人は互いに思う事はあっただろうが、私達にはなるべく見せないようにしていた。
価値観や思想が違っても誰とでも仲良くなれ。そう言う大人が沢山いるけれど、そんな簡単ではない。時には距離をとった方が良いし、無理に馴れ合わなくて良い。
道徳の授業では他に、特攻隊員やその家族の手記を読んだり、論語の一部を読んだり、中国の故事成語や昔話を聴いたりした。
時々PTAや教師の何人かが工藤先生に文句を言っていた、
「右翼だ、気持ち悪い」
「軍国教育じゃないですか」
「時代錯誤です」
私は先生が文句を言われて良い気持ちがしなかった。「右翼」とは何なのか当時の私にはよく分からなかったが、嫌な感じがした。
先生は一方で日本国内外の労働組合員や社会主義者の手記も私達に読ませていた。国や会社が間違っていれば勇気出して戦う。そんな姿に酔いしれる生徒は何人かいた。
私はどちらかに肩入れするつもりはなかった。特攻隊員の気持ちの奥は分からないし、正義の為に過激になっていく社会主義者が怖くもあった。論語は少し難しかったが先生は熱心に教えた。無闇に他国を敵と決めつけて攻め滅ぼすような内容ではなかった気がする。意外と日々の生活の心構えが書かれていた。
先生は論語や特攻隊員の手記を大人達に見せて説明した。国の為に無闇に死ねと言っているわけではない。他国や敵をやたらめったに滅ぼすべきでもない。極限状態に人はどうすべきか。人はどう生きるべきか。それを語っている。
私には悲惨な戦争をひたすら聴かされる方が辛かった。戦争は暴力・拘束・飢餓・憎悪の嵐。それが無い今に感謝しろ。
工藤先生の道徳の授業が悪くて平和教育が良いとは限らない。




