第3章 夜更け【6】
ポケットラットは小さいネズミの魔獣で、魔獣の中で最も弱いとされる最下位御三家と言われる魔獣の中に含まれる。最も力のない魔獣だ。ポケットラットの姿になってしまえば、簡単に狩られてしまうのだ。
「ですが、そういうことでしたら、いざというときに逃げる手段がひとつできますね」
穏やかな微笑みに戻ってイーリスが言うので、リベルは鏡の中のイーリスを見上げた。
「ポケットラットの家系には『魔力放出』がありますでしょう? 魔力を放出してわざと魔力切れを起こして、強制的に魔獣の姿に変えることができます」
「ポケットラットの姿で逃げ回るんだね」
「はい。ポケットラットは素早いですから、簡単には捕まえられません。いざというときはそうやってお逃げになられるとよろしいでしょう」
ポケットラットは体が小さく、動きが素早い。物理攻撃での撃破はほとんど不可能とされているらしい。魔法を使われてしまえば一発だが、それでも当てるのが難しいと言われるほどの素早さだ。弱さから生まれた能力である。
「よほどのことがない限りあり得ないでしょうが、手段のひとつとして有効ですわ」
「そうだね。イーリスはハーピーの家系だっけ」
「はい」
「みんな、強い種族の家系だけど、その中にポケットラットの僕がいていいのかな……」
「私はポケットラットが劣っているとは思っていません」
イーリスは優しく微笑む。そうは言ってもポケットラットはグリーンウォンバット、ギミックバットと並んで最下位御三家に分類されている。弱いことに間違いはない。魔王族であるキングと比べ物にならないのは歴然で、他の護衛たちにもかすり傷すら負わせることはできないだろう。
「ポケットラットは確かに弱いですが、長所もありますよ」
「そうかなあ……」
「そうですよ。それにしても……なるほど。リベル様のお可愛らしさはそういうところから来ているのですね」
イーリスがまた興奮した表情になるので、リベルは苦笑いを浮かべた。ポケットラットの家系であるリベルは体が小さい。それに加えて童顔であるため、可愛く見えるのは残念ながら否定できない。
そのとき、イーリスがハッと息を呑む。
「王宮が嫌になられても、ポケットラットのお姿になられて群れの中に消えたりしないでくださいね……!?」
「そうなっても魔力で探し出せるんじゃないの?」
「それはそうですが、各地に点在する群れの中から見つけるのは困難ですよ! この国だけでポケットラットの群れがいくつあるかご存知でしょう?」
「それはちょっと知らないかな……」
ポケットラットは弱さゆえに大きな群れを作る。ポケットラットの数はどの魔獣よりも多く、この王宮の周辺だけでも何十と群れがあるだろう。その中から一体を見つけ出すことは相当に労力のかかることだ。まずはどの群れに紛れたかというところから始めなければならない。時間のかかることだろう。
「僕は弱いんだから、そんな危険なことをしようとは思わないよ」
「この先もそうでいらしてくださいね」
「大丈夫だよ」
リベルは自分の弱さをよくわかっている。守られるべき存在であることも。本来なら、ポケットラットが王になどなるべきではない。
(僕はここに相応しくない)
そんなことはわかっている。だが、いまはここにいなければならない。
「リベル様? どうかなさいましたか?」
「ううん。何もないよ」
いまは神を信じて、ここにいるしかない。




