第3章 夜更け【5】
昇り始めた朝陽に照らされる庭園はリベルの記憶よりはるかに広く、色とりどりの花が咲き誇り、丁寧に整えられた低木や、剪定された木々がその荘厳さを煌びやかに演出している。中央には噴水もあり、実家のほうがはるかに狭い、とリベルはそんなことを考えていた。
「これは、レクス」
頭上から掛けられた声に顔を上げると、庭師の男が帽子を持ち上げて辞儀をする。
「おはようございます。朝のお散歩ですかな」
「おはようございます。こんな早くから手入れしてるんですね」
「植物の手入れは朝が大事ですから。朝の手入れをしなければ、花は綺麗に咲かないのですよ」
「だから庭園がこんなに立派なんですね」
「恐縮です。レクスの目を楽しませることができているなら光栄ですよ」
王宮の庭園は国の権威の証明である。これだけ広く美しい庭園を誇るこの王宮で、リベルはその頂点に立っている。この国とすべての民を愛する新魔王として。
この世界の運命を変える者として、破滅の大魔王になるわけにはいかない。神と姉の存在によってリベルの運命も確変されているはずだが、シナリオの強制力があるかもしれない、と姉は言っていた。その力が働いたとき、自分に抗うことができるだろうか。それができなかったとしても、いまのリベルなら、案ずる必要はないのだろう。
「レクス。何を考えてるんスか?」
「……ううん。何も」
リベルは薄く微笑んで見せる。この世界の運命は、いまの彼らには関係ないことだ。
「そろそろ部屋に戻ろうか」
「うっス。もうイーリスも来てる頃っスね」
この国を心から愛する。この先、自分がどうなろうとも。
* * *
フィリベルトとともに寝室に戻ると、イーリスがすでにベッドのシーツを畳んでいた。リベルが戻って来るのを待っていたらしい。
「おはようございます、リベル様」
「おはよう、イーリス」
「今日は早くご起床されたのですね。私が来るほうが遅くなって申し訳ありません」
「ううん。僕が早すぎたんだよ」
「じゃあ、自分はこれで。あとはよろしくっス」
敬礼するフィリベルトにリベルが微笑んで礼を言うと、フィリベルトは満足そうに寝室を出て行く。これから就寝するのだろう。
「イーリスもフィリベルトより強かったりするの?」
「そこまではいきませんが、リベル様の護衛になれるくらいとは自負しています」
「そうなんだ……」
イーリスはか弱い女性に見える。それでも、いまリベルの護衛となる者はイーリスしかいない。おそらく、他の護衛にも引けを取らないのだろう。
手早く身支度を済ませると、リベルは鏡台の前に腰を下ろした。あとはイーリスが満足するまで髪を整えれば終わりだ。
「護衛が少ないと思ってたけど、個々が強いってことなんだよね」
「はい。ブラム、フィリベルト、ルド、カルラが揃えば、この王宮を制圧できますよ」
「でも、キングはそれより強いんだよね」
「そうですね。キングならおひとりで王宮を制圧できますわ」
この王宮には騎士と魔法使いの隊がいくつもあるらしい。総出で掛かったとしても、キングにはひと捻りなのだろう。そう考えると少し恐ろしいような気がした。
「けれど、キングが一番に強いとは言えなくなりましたね」
イーリスが穏やかな笑みで言うので、リベルは首を傾げる。
「キングもリベル様には勝てませんわ」
リベルは少し頬が熱くなった。キングはリベルに弱い。有り得ないことだが、リベルがキングに戦いを挑めば、キングは勝つことはできないだろう。キングはリベルを傷付けられない。この王宮で最も強いのはリベルと言えるのかもしれない。
「でも、僕はこの王宮で一番に弱いよ。ポケットラットの家系だから……」
少しだけ恥ずかしく思いながらリベルが言うと、イーリスの動きがぴたりと止まった。目を見開いたイーリスが、頬に手を添えて目を輝かせる。
「なんて可愛らしいんでしょう! では、リベル様は魔力切れを起こされたらポケットラットになるのですか?」
魔族は魔力切れを起こすと、その種族の姿に変わってしまう。リベルも人型の魔族だが、魔力が切れればポケットラットの姿になってしまうのだ。
「そういうことになるね」
「まあ! なんてお可愛らしい!」
イーリスは興奮しているが、ポケットラットの家系であることはリベルにはあまり喜ばしくない。




