第3章 夜更け【4】
目覚めの前の城内はしんと静まり返っているが、時折、すでに活動を始めている使用人とすれ違う。丁寧に辞儀をする使用人に応えながら庭園を目指した。
「それにしても、随分と早いお目覚めっスねえ。何かありましたか?」
「少し夢見が悪かったんだ」
「疲れてるんじゃないっスか? 戴冠式を終えたばかりで暴徒騒ぎっスからねえ」
暴徒の脅威がリベルに届くことはなかったが、リベルの心に重圧をかけたのは確かだった。
「僕が王にならなければ、あんな騒ぎは起きなかったんじゃないかな」
「誰が王になられても、ああいった騒ぎは必ず起きますよ。キングだって、最初から全国民に受け入れられていたわけではないっス」
「そうなの?」
「はい。キングが代替わりされたのが、いまから三百年ほど前っス。先代は急病でしたんで、キングも若かったんスよ」
人間だった頃の感覚が残るリベルにとって、三百年という数字が膨大に感じられた。しかし、魔族は百歳を超えないと成人しない。つまり三百年前というのが随分と若い頃であることは想像できた。
「あちこちで騒ぎが起きたもんっスよ。いまでこそ落ち着いてますが、当時は酷いもんでしたよ」
「フィリベルトはその頃のことを知ってるの?」
「自分も子どもだったんてよくわかってはいなかったっスけど、レクスは産まれる前っスからねえ」
リベルは以前の世界のことを考える。国のトップが代替わりした際には、もちろん反対派の人間が大勢、存在する。しかし、町の使者を騙って王宮まで侵入した暴徒が存在するのはかなり大事なのでは、という気がした。そもそも世界が違うことで基準も変わる。紫音が暮らしていた国は抗争すら起こらない場所だ。
「僕は村にいたからよく知らないけど、人魔抗争があったんだよね」
「そうっス」
「その戦いは人間軍の勝利で終わったって聞いたんだけど、どうしてキングは討伐されたことになったの?」
リベルの問いに、フィリベルトは僅かに渋い表情になる。
「キングから何もお聞きになられてないんスか?」
「うん……特には」
「そうっスか……。自分も詳細は知らないっスけど、キングご自身がお決めになってそういうことになったらしいっス。おそらく、争いを鎮めるためだと思います。人魔ともに被害が甚大でしたから」
彼らは「抗争」と言っているが、その実、確かな「戦争」であったのだろう、とリベルは考える。現状、リベルの目に映るこの国にその痕跡は見えない。それでも、リベルが新魔王として支援しなければならない場所が多数あるはずだ。そうであれば、キングの判断は間違いばかりではないのだろう。
「でも、代替わりまですることになるなんて大事じゃない?」
「そうっスねえ……。争いを収めるための代替わりっスけど……」
快活なフィリベルトにしては珍しく、言葉を選ぶように口ごもる。フィリベルトは理由を知っているようだが、軽々しく口にできるようなものではないらしい。リベルとしても無理やり聞き出すような真似はしたくないため、小さく息をついた。
「僕が王になる必要はなかったんじゃないかな」
「そんなことないっスよ! レクスは王として認められたんスから!」
フィリベルトは力強く言う。そこまで力強く言われては、リベルは笑うしかなかった。
「まだ戴冠式を終えたばかりっスから。そんな重苦しく考える必要はないっスよ」
「そうだね……」
「キングを見てください! あれで王様だったんスから!」
悪気の一切ない屈託のない笑顔を見せるフィリベルトに、リベルは声を立てて笑う。
「それはキングに言ったら怒られるよ」
「いや~怒らないんスよね~」
キングなら「そうだね」と穏やかに微笑んでいただろう。そう考えて、リベルはまた小さく笑った。




