第3章 夜更け【2】
この世界がシナリオ通りの結末を迎えるなら、リベルは一年後、この国を滅ぼす大魔王となる。そして、主人公ノア率いる勇者軍が討伐に来て、大きな争いを生む。そんな可能性を秘めた自分に、愛される資格なんてあるはずがない。
「……キング、お願いがあるんです」
「なんだ?」
「もし、僕が……この国の脅威となる王になったとき、キングの手で僕を殺してください」
目を逸らしたまま言うリベルに、頬を撫でるキングの手が一瞬だけぴたりと止まった。キングがどんな表情をしているか確かめることはできず、リベルはまた俯く。
「きっと、それができるのはキングだけです」
「……わかった。覚えておくよ」
穏やかに言ったキングが、リベルの視線を掬うように顔を覗き込んだ。その瞳には慈愛が湛えられている。
「お前も覚えておいてくれ」
キングが優しく触れるだけのキスを落とすので、リベルは一気に心拍が跳ね上がった。
「私は何があってもお前を愛し続ける覚悟を持っているよ」
「……はい」
頷くことしかできないリベルに、キングは満足げに微笑む。リベルはいたたまれなくなり、また視線を逸らした。キングの膝の上でどうしたらいいかわからず、リベルはただ固まるばかりで何も言えなくなってしまう。心臓が破裂してしまいそうだった。
「あの……そろそろ降ろしてください……」
そう言うのが精一杯で、リベルにはどうにもできない。そんなリベルにも、キングは愛おしそうに微笑んでいた。
「嫌だと言ったら?」
「すでに拒否権がないのやめてくださいよ……」
リベルはわかっている。本気で突っ撥ねないから付け上がらせるのだ。しかし、そうしない理由は自分にもよくわからない。恥ずかしくて堪らないのに、拒絶することができない。それはキングも見抜いているはずで、そう考えるとまた顔が熱くなった。
「拒否権はもちろんあるさ。いま私がお前を組み敷いたら、お前は抵抗することができないだろう?」
「……それはそうですけど……」
リベルの力ではキングに敵うはずがない。本気でそうしないのはキングも同じだ。リベルとしては、本気を出されては困る。それこそまさに、拒否権がなくなってしまうからだ。それがリベルの気持ちを尊重しているという証拠で、ただ単に溺愛しているだけではないという証明だ。その事実が、リベルの胸を締め付けた。
キングは、真っ赤になるリベルの頬を愛おしむように優しく指で撫でる。リベルは目を細めて優しく微笑むキングの顔を直視できず、顔を隠すように俯いた。
「私の可愛いリベル。顔を背けないでくれ」
「…………」
キングはリベルの頬に手を添え、有無を言わらぬ力でリベルの顔を上げさせる。深い真紅の瞳に見つめられると、リベルは言葉に詰まってしまった。
「お前は本当に可愛いな」
「可愛いと言われるのは嬉しくありません。僕だってこれでも男です」
「可愛いものに可愛いと言って何が悪い」
キングがこうする理由はリベルにはわからない。シナリオでは勇者に討伐されているはずのキングがこうして生きている時点で、リベルには何が起きているかすらわからない。だから、どうすればいいかわからなくなるのだ。
「愛しているよ、リベル」
耳元で囁く声に、抱き締める腕すら拒絶できなくなる。ただ俯くことしかできない。
「……絆されたりなんてしませんから」
「いつまでもつかな」
ふふ、と小さく笑うキングの余裕が無性に悔しくて、せめてもの抵抗にと肩に拳を落とした。そんなものに効果などあるはずもなく、キングは困ったように笑う。それで悔しさを感じることがまた悔しく思えてくる。この人には一生を懸けても敵わない。そんな気がした。
ドアがノックされるので、リベルはキングの膝から飛び降りる。キングが引き留めることはなく、リベルはようやくその腕の中から解放されていた。どうぞ、と応えた声にドアを開けたのは、ワゴンを押すイーリスだった。
「お茶が入りましたよ~」
キングが来たことで、イーリスは空気を読んで部屋を出て行ったのだ。そんな空気なんて読まなくていいのに、とリベルは優秀な侍女に溜め息が漏れるのを禁じ得なかった。




