闇に灯る継承の光
落ちて、
落ちて
――落ちていく。
ここはゆっくりとしているのに、
底の見えないほど深かった。
痛みも、悲しみも、寂しささえも、
まるで溶け出していくように消えていく。
僕という存在が、無に変わっていく。
もうこのまま流れに身を任せてしまっても、いいのかもしれない。
現実は厳しく、悲しく、
そしてあまりに――残酷だから。
(……お前は、それでいいのか)
――声が聞こえた。
ライズでも、ブラックでも、アザンでもない。
(……よくない)
その瞬間、消えかけていた意識に兄の姿が浮かんだ。
(助けたいんだろう?)
色が戻る。
感情が、心に満ちていく。
(……なら、俺が力を貸してやる)
熱が走った。
胸の奥が熱くなる。
涙が溢れ出す。
「力を貸してっ――!! セシルド!!!!」
闇の中に、青い光が灯った。
クラウダの右手に紋章が刻まれ、
その光を中心に、闇が渦を巻いて吸い込まれていく――。
「……目が覚めたか?」
聞き慣れない、けれどどこか懐かしい声。
まぶたを開くと、優しい光とともに黒髪の男が見えた。
「お兄ちゃん……?」
まだ意識が朦朧としている。
けれど、見慣れた兄の姿ではない。慌てて身を起こすと、男は苦笑しながら手を挙げた。
「悪いな、驚かせた。まあ、一番驚いてるのは俺自身なんだけどな」
クラウダを寝かせていたベッドの向かいに腰を下ろす。
黒髪に新緑の瞳、鋭い耳先には金のピアス――
その姿は夢で見たブラックに、どこか似ていた。
「だ、誰……ブラック?」
「考えたくはねぇが、混ざってるんだろうな。俺と、あいつが」
そう呟くと男は自分の髪を見て、小さく息を吐いた。
「混ざってる……?」
意味が分からない。
けれど、不思議と怖くはなかった。
むしろ、なぜだか安心する――そんな気持ちが胸を満たしていく。
「お前、俺の名前を呼んだだろ?」
「え……?」
暗闇の中、確かに自分はその名前を叫んだ。
兄を助けたいと願ったあの瞬間、
掴んだ手に導かれるようにして――。
「……セシルド?」
「そう。俺の名はセシルド。いや、今は“セシルド・ブラック”とでも言っておこうか」
「じゃあ……あの時、声をくれたのは貴方が……」
「“貴方”なんて固いな。セシルドでいいぜ、クラウダ」
優しく笑うその表情に、胸の奥が温かくなる。
「なぁクラウダ、少し目を閉じてみろ。俺が何を考えてるか、感じてみろ」
言われるままに瞼を閉じる。
闇の中、微かに声が響いた。
いくつもの言葉が流れ込んでくる。
優しいもの、温かいもの――だが、その中に一瞬だけ、何か鋭い気配を感じた。
「っ……!」
思わず目を開けると、目の前には先ほどと変わらぬセシルドがいた。
「どうした?顔色悪いぞ。俺、そんな変なこと考えてたか?」
「い、いえ……なんでもないです」
「ふむ……まあいいや。で、ちゃんと聞こえたか?」
「“俺はお前の味方だ”、そう言ってました。それと……“腹減った”って」
「げっ、そんなとこまで聞こえたのかよ……!」
照れたように頭を掻くセシルドに、クラウダは小さく笑った。
「やっと笑ったな、クラウダ。改めて――オレはセシルド。」
「僕はクラウダ。クラウダ・ビルク、です!」
「……ビルク、か。」
その名を聞いた瞬間、セシルドの心の奥で何かが弾けた。
(……リィア……お前の残した子は、ちゃんと生きてたんだな)
一瞬、視線を落とし、そして微笑む。
クラウダは不思議そうに首を傾げた。
「セシルド……?」
「あぁ、悪い。少し昔を思い出してただけだ」
涙は流せない。それでも確かに、胸の奥で何かが熱く滲んでいた。
「クラウダ、これからライズを助けに行くんだよな?」
「うん。僕だけじゃ、できるか分からないけど……助けたいんだ」
「お前だけじゃない。俺もいる」
「えっ……?」
「当たり前だろ。オレはそのためにここにいるんだからな」
セシルドの言葉に、クラウダの目にまた涙が滲む。
「嬉しい……本当は怖かったんだ……一人になるのが……」
セシルドはそっとクラウダを抱き寄せ、静かに頭を撫でた。
「もう我慢しなくていい。泣け、クラウダ。俺が傍にいる」
クラウダはしがみつくように泣いた。
やがて涙が止まり、穏やかな寝息へと変わる。
セシルドは静かに立ち上がり、月明かりを仰いだ。
「リィア……俺はお前の残してくれたこの子を、そしてライズを守る。何があってもな。」
その声が夜に溶けると、セシルドの体はゆっくりと黒い液体に変わり、
クラウダの右手の紋章へと吸い込まれていった。
残されたのは、少年の安らかな寝息だけだった。
――そして、兄を救う旅が、
白む朝の光の中で始まろうとしていた。




