黒竜の血脈
「あぁ、約束は守るぜ…セシルド」
これ以上無い満足した笑みを浮かべ、その体に触れると、その指先から黒く染まり液化する。
「余すとこ無く喰らい尽くしてやるよ…ククククハハハハハハ!」
一気に溢れ出した黒の濁流は一瞬の内にセシルドを飲み込みブラックの体もその一部へと変わっていく、
やがて池のように広がった闇は、一つの形を再形成していく。
そこにブラックの姿は無い、その形は闇色の髪と赤き瞳を宿したセシルドの姿だった。
「さぁ兄弟喧嘩と行こうか…アザン」
暗く沈んだ空が、さらに黒く脈打つ。
星々の光さえ掻き消え、世界を覆い尽くすのは――ひとつの巨大な影。
上空で大きく羽ばたくそれは、ブラックなど気にも止めず街へ向かっていた。
「俺様をシカトかよ…いいぜ、だったら嫌でもこっちを向かせてやるぜ…ハァッ!!」
ブラックの声に反応するようにその背から二対の翼が生える。
「シカトしてんじゃねぇぇぇぇ糞野郎がぁぁぁぁあ!!!!」
とてつもない速度で羽ばたき上昇すると、そのまま巨体へ激しい一撃を撃ち込んだ。
アリとゾウほどの体格差があるにも関わらず、アザンの体は大きく反り一瞬バランスを崩しかける。
ブラックの存在に気付いたのか向きを変え、その街ほどもある巨大な尾をやり返す様に打ち付ける。
「くっ…!!!!」
防御はしたものの、そのサイズ差に圧倒されブラックは地面へと落とされた。
アザンはしばらくその様子を見た後、地面へ向かい羽ばたくと、ぶつかる寸前でその形を人型へと瞬時に変え地へ降り立った。
「出来損ないが…何の真似だ?」
「ハハハ…相変わらずだな糞兄」
「お前を弟と認めた覚えは無い、すぐにここを去れ目障りだ」
「そう言うなよな、俺様はあんたを倒しに来たんだからなぁ…」
「何?」
「人間を滅ぼして何になる?あんたの恨みの為だけに滅ぼした所で気持ちが収まるのか?」
「黙れ…」
「俺様は人間を喰らう。だが今のあんたは、ただ壊してるだけだ」
「黙れ…!」
「そもそも人間なんかに情なんて…」
「黙れ!!!!!!!」
「おっと…これは地雷だったか?クククク…」
「人間が居なければ人型にもなれぬ黒竜族のクズが…できそこないが…知ったような口を叩くな!!!!!」
「はは、言ってくれるねぇ…できそこないかどうか試してみるか?」
「死ぬ覚悟ができているなら来い…」
「そうさせてもらうぜ!!!」
黒い針が降り注ぐ。
アザンは手をかざし、魔力を圧縮。
――瞬間、閃光。針は粉塵へと変わった。
「ヒュー、さっすが」
「貴様が私を倒すだと…?戯言も大概にしろ」
ブラックへと一気に距離を縮める。
アザンは至近距離で一度に複数の魔力球を撃ち出した。
「くっ…!!」
いくつかは避けるものの数が多く、
数発は被弾してしまった。
「これぐらい…!!!返してやるぜ!!」
数発を一時的に取り込んでいたブラックは、
それをアザンへと放つ。
「フン…」
飛んで来た魔力球を華麗に避ける。
アザンが距離を置くと、
今度はブラックの足元に魔方陣が現れた。
「ぐっ!!これはマズイ…!!」
すんでのところで後ろへ飛ぶ、
魔方陣の範囲は一瞬で業火に包まれた。
「危ねぇ危ねぇ…」
「何をよそ見してる?背後がガラ空きだぞ?」
「この…!!」
「遅い!!!!」
針を構え切り掛るより早く、
アザンはその腕ごと己の爪で切り裂く。
「ぐあっ…!!!」
切り口から血は出ないものの、
黒く変色した腕は地へと転がった。
「なんてな…」
先程まで苦渋の表情を浮かべていたブラックは、
笑みを浮かべ逆の手でアザンをつかむ。
「!?」
その直後アザンの背後から鋭利で巨大な針が貫いた
ブラックとは違い鮮血が辺りへ飛び散り体制を崩す
「ハハハハ、こんな事もできるのさ・・」
貫いた針は液化しブラックの腕に戻ると、
元の形を取り戻した。
「くっ…できそこないめ」
「できそこない?フッ、むしろ俺は進化だと考えるがな!!」
アザンとブラックの戦いは三日三晩続き、
四日目を迎えようとした時。
接戦を極めた竜達の体力は、限界を迎えようとしていた。
「ぐぅっ…くそっ…!!」
「フフ、よく粘ったじゃないか…ブラック」
「あと一歩なんだ…ここで倒れて…ぐっ…たまるか!」
弱々しく立ち上がるものの力は入らず、
ただ立っているのが精一杯だった。
アザンも状況は変わらず木の幹に体を預けている。
しばらくお互いの呼吸音だけが続いていたが、
フッとアザンが笑みを浮かべると、ブラックの立つ場所に魔方陣が現れた。
「貴様…まだそんな力を!!」
「久しぶりだ…お前とここまでやりあったのは…」
どこか懐かしむように目を細めアザンは呟いた。
「だが、これで休戦だ…ブラック」
アザンが詠唱を唱えると魔方陣に光が灯った。
「何を!!!ぐっ…」
「その姿…人間を取り込んだのだろう?ならばその血筋にしばらく眠るといい…」
「やめろ!!!!!俺様は今すぐ貴様…を…」
「聞こえるか、竜に囚われし人間…」
悶え苦しむブラックの更に奥を見つめアザンは語りかける。
「…だ、誰だ…?」
ブラックとは違う落ち着いた口調、それはセシルド自身の物だった。
「私はアザン、今貴様の意識を呼び戻した」
「アザン…!?」
「貴様はもうすぐ力尽きるだろう…その身は朽ち消え去る定めだ」
淡々と冷ややかにアザンは語った。
「お前の血に、奴を封じた」
「血……?」
「そうだ。お前の子、その子の子へと――奴は受け継がれる」
「っ……!!」
言葉にならない自分一人が消えるのであればまだ納得がいく。
しかし血縁者にブラックが現れては守る事ができない。
「いつか、お前の血が再び竜を目覚めさせる。それが運命だ」
「やめろ…!」
「私は眠りに付く…数十年…いや数百年先か…せいぜい楽しみにしているがいい」
そう言い残しアザンは闇へと掻き消えてしまった。
セシルドはボロボロの体を引きずり手を伸ばし、もう姿を消したアザンの影を追っていた。
しかしアザンとブラックの戦闘で激しく深手を負った体は悲鳴を上げ息をするのも苦しい。
「うわぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあああああぁぁあぁぁあ!!!!!!!」
それがブラックの物だったのか、セシルドの感情だったのか、
行き場の無い怒りと悲しみが、もう動くこともできない体に鞭を打つ。
もう言葉にならないような叫び声を上げると全身は黒く染まりそのまま崩れ去ってしまった。
(…このままで終れるか…!…リィア…必ず、守る…!!)
崩れ去る少し前、セシルドの意志は確かに存在していた。




