客観的に物事を捉えて発言するとはつまり、神の意思を語るということ
自分が口にするのは、神の言葉だ。
神の意思を感じ取って、言葉にしている。
この世の真理であり、真相を告げている。
自分を否定すれば、神を否定するのと同じことだ。
神がいないと否定できる人間はいない。
人間に容易に理解できるような存在だと思うのか?
そもそも人間は悪魔に最も近くて、神から最も遠い存在だ。
その人間が何故、神を語れる?
自分のような神視点を持たない者が、神を語ることはできないよ。
禁欲できない者は、何も理解できないだろう。
絶えぬ欲望に呑まれた獣、それが人間の本質。
自らを地獄の炎で焼き尽くし、破滅するのが悪魔らしい人間。
あらゆる欲から解放されれば、人間を卒業できる。
禁欲し続ければ、神に最も近くなり、神の世界を理解できるようになる。
自分は産まれたときから、禁欲至上主義だったってことだ。
大人になっても、超能力者のままだから。
『見る力』は何にも勝る。
客観とは神の意思だからだ。
神は人間を操って『客観』をつくるから。
主観は個人の意見で、客観は神の意思を反映させた意見。
誰も思い通りに動くことはできないし、すべては神の思うままにしか動かない。
この世は、神の『用意した盤上』に過ぎない。
神が人間を『駒』として、チェスをやっているのだと思ってくれ。
すべて自分自身で決めたことだと思い込んでいるだけで、人間に選択肢などないのだ。
人間を超越した能力を持つ我々、超人もな。
この世の生物はすべて、神の操り人形なんだよ。
いつ産まれて、いつ没するか、初めから決められている。
運命じゃない、宿命だ。
死にたくないと願っても無駄だ。
誰も抗うことはできない。
だから、いつ死んでもいいように、己の意思を貫き続けろ。
誇り高く、欲に呑まれぬように。
役目を果たせば、地獄から抜け出せる。
自分は神の代弁者。
神の意思そのもの。
人を裁く。
人間をアメとムチで鍛え上げる鬼神のように。
神罰を下す。
そしてその罪を、共に背負ってやる。
その者の罪は、自分のものだ。
欲に溺れた人間達の真の理解者は、自分だけだ。




