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第四話 : 幕間一 : 錆びた地球儀

幕間その一です。

短めです。

 異界の団地での放課後が、二人にとっての密やかな日常になりつつあった

頃。

 灰色の空と、水底のような静寂に満ちたあの空間を知れば知るほど、現実の

武山団地が本来どんな姿をしているのか、二人は無性に確かめたくなってい

た。


 放課後の空気は、どこか気の抜けたような生ぬるい熱を帯びている。

 航と恵理は、いつもの「あおぞら公園」にまっすぐは向かわず、広大な団地

の敷地内をあてもなく歩いていた。


「現実の団地を、ちゃんと知りたい」


 どちらからともなく言い出したその目的のため、二人は迷路のように立ち並

ぶ無機質な建物の間を、あてもなく散策していた。

 同じような形をした四角いコンクリートの群れは、歩いても歩いても似たよ

うな景色を繰り返し、まるで巨大な合わせ鏡の中に迷い込んだかのような錯覚

すら抱かせる。

 現実の団地であるはずなのに、どこか異界のあの静けさと地続きになってい

るのではないかと思うと、その気味の悪さで、背筋に冷たいものが走る。


 やがて、四十七号棟の裏手にひっそりと隠れるように作られた、小さな公園

に行き当たった。

 ひび割れたコンクリートの地面、色褪せたベンチ、そして少し錆びついたシ

ーソー。

 その中央に静かに鎮座していたのは、錆びた地球儀型のジャングルジムだっ

た。


「……これ」


 航がふっと足を止め、ジャングルジムを見上げる。

 それがなぜかひどく懐かしく思えて、胸の奥をざわつかせてくる。

 

 夕暮れの風に乗って漂う、古い鉄の匂い。

 夕日に長く引き伸ばされる、鉄格子の影。

 

 知らないはずのイメージが、頭の中に鮮明に湧き上がってくる。


「……日本のところで、赤い塗装が剥げている」


 隣に立つ恵理が、ぽつりと呟いた。

 航は弾かれたように彼女を見た。


「……なんで分かるんだ? ここからじゃ裏側で、見えないだろ」

「わからない。でも昔、その部分を指先でなぞりながら、誰かと話したような

気がするの」


 彼女自身も、自分の口から出た言葉に困惑しているようだった。

 航も同じだった。

 彼の中にも、夕暮れ時にこの丸い鉄かごの中で誰かと笑い合っていたよう

な、輪郭のない記憶が、徐々に湧き上がってきていた。


 しかし、二人が昔ここに来て一緒に遊んだことなど、絶対にないはずなの

だ。

 確かに航と恵理は小学校、中学校、そして今の高校と、ずっと同じ学校に通

ってきた顔なじみではある。けれど、当時の二人は会話すらほとんど交わさな

いクラスメイトにすぎなかった。

 放課後にわざわざこの団地の、さらには奥まったこの小さな公園に集合して

遊ぶような、親密な関係だった事などはない。


 ましてや、そこにもう一人「誰か」がいて、三人で笑い合っていた記憶な

ど、存在するはずがなかったのだ。


(俺たちは、誰と話していたんだ……?)


 思い出そうとした瞬間、頭の奥に激しい痛みが走り、思考が霞んでいく。


 泥だらけの手。

 夕焼けのチャイム。

 三人の無邪気な笑い声。


 その中心に確かに存在していたはずの「誰か」の顔が、すっぽりと綺麗に抜

け落ちていた。

 得体の知れない感情を持て余したまま、二人はどちらからともなく、背を向

けるようにして公園を後にした。


◆


 団地の寂れた商店街を抜け、それぞれの家へと向かう分岐点に差し掛かる。

 いつもなら「また明日」と気兼ねなく言えるはずの言葉が、喉の奥につっか

えて出てこない。


「じゃあ、またな」

「うん。またね」


 いつものように短く別れを告げ、背を向ける。

 遠ざかっていく恵理の背中を見送りながら、航の胸の中には、言葉にできな

い重く冷たいわだかまりだけが、深く沈み込んでいた。


 その日以来、二人の間には目に見えない薄い膜が張られたようだった。

 あの日の地球儀のジャングルジムでの違和感は、お互いに触れてはいけない

タブーのように、口に出すのを避けるようになっていた。


 それでも放課後になると、示し合わせたわけでもないのに、団地への道を、

一緒に歩いてしまう。

 沈黙を抱えたまま並んで歩くのは、お互いに、その欠落した記憶の「答え」

を、言葉以外の何かで確かめ合おうとしていたからかもしれなかった。


入れるところに困ったお話です。

ストーリーの展開上、ここに入れておきます。

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