第十二話 : 幕間五 : 不器用な俺にできること
幕間の話です。
今回は鈴村くんです。
彼もまた、悩んでいました。
そして、新田さんも。
あの体育の授業以来、鈴村大介の胸の中には、重く冷たい塊が居座り続けて
いた。
(……くそっ、どうすりゃいいんだよ、あんなもん)
授業の合間や教室移動のすれ違いざま、視線の端に宮瀬航の姿を見つけるた
びに、いつもなら「おい宮瀬!」と気軽に肩を叩くはずの手が止まってしま
う。話しかけることすら、躊躇われていた。
こんなウジウジした態度は自分らしくないと、痛いほど分かってはいる。
けれど、校舎の裏手で入り込んだあの灰色の世界、欠落した団地、そして何
より、冷たい汗を流しながら「全部忘れてくれ」と懇願してきた宮瀬の目を思
い出すと、どうしても足がすくんでしまう。
(あんな常識外れの体験をして、一体俺に何ができるっていうんだ?)
モヤモヤとした焦燥感に苛まれたまま、放課後、校舎の奥へと向かってい
た。いつもならグラウンドへ真っ先に飛び出していくはずの鈴村が向かったの
は、宮瀬と鉢合わせる可能性が最も低い場所である、図書室だった。
ガラララッ、と引き戸を開けて中に入ると、カウンターにいた新田葵が顔を
上げた。しかし、入ってきたのが鈴村だけと分かった瞬間、彼女はあからさま
に肩を落とし、ほんの一瞬、がっかりしたような表情を見せた。
(……おおかた、新城を待ってたんだろうな)
鈴村は気まずさを誤魔化すようにひとつ咳払いをすると、近くの書架から目
についた本を適当に抜き取り、窓際の空いている席にドカリと腰を下ろした。
パラパラとページをめくってみるものの、当然ながら一つの文字も頭に入っ
てこない。
(……あれ、俺、何の本持ってきたんだ?)
手元に落とした本を呆然と眺めていると、いつの間にか横に立っていた新田
が、そっと紙面を覗き込んできた。
「そのお話はね、一人で旅をする魔法使いの本だよ。でも、どの街に行っても
彼の居場所はないの。それでも彼は、自分の場所が欲しくて、旅を続けるの」
「つまんねー話だな。自分の居場所くらい、自分で見つけりゃいいのに」
鈴村が投げやりにつぶやくと、新田は怯むことなくまっすぐな瞳で鈴村を見
つめ返してきた。
「鈴村くんが自分のやりたいことが見つからなくて困っていたときに、助けて
くれたのは誰?」
不意を突かれた質問に、鈴村は言葉を詰まらせた。
自分の進路ややりたいことに悩み、立ち止まりそうになっていたあの時、不
器用ながらも正面から向き合ってくれたのは宮瀬だった。
「説教なら、今は聞く気がないぜ?」
バツの悪さに視線を逸らそうとする鈴村に、新田は自分の拳をギュッと握り
しめ、彼に訴えかけてきた。
「わたしは四人に助けられた。今でも助けられている。……だから、わたしも
友達を助けたいの!」
いつもはおとなしく、人の陰に隠れていたはずの新田の、溢れんばかりの強
い意志。鈴村はその気迫に押されるように新田を見つめ返し、ふと思いついた
疑問を口にした。
「それ……委員長には、言ったのか?」
「ううん。彼女は彼女で、悩んでいるから」
新田は静かに首を振った。
その言葉に、鈴村も胸の奥がキュッと締め付けられるのを感じた。
あの、クラス委員長の長谷川亜美ならば。
実は今日の昼休み、長谷川と新城の二人が図書室で「何か」に巻き込まれた
らしいことを、鈴村はなんとなく察していた。あの後、図書室から出てきた長
谷川の様子は、明らかに異常だったのだ。
いつもなら冷静で乱れることのない眼鏡の奥で、瞳が微かに揺れ、何か重大
な事態を一人で処理しようと苦悶していた。
長谷川は、冷徹で論理的な人間だと、鈴村は思っている。
だからこそ、自分の知識や理屈では説明のつかない存在と、大切な友人であ
る新城が隠し持つ秘密に直面し、激しい葛藤の中にいるのだろう。
自分には何もできないかもしれないという無力感と、委員長としての責任感
の狭間で、彼女は一人静かに苦しんでいる。
新田はそんな長谷川の苦悩に気づいているからこそ、彼女にこれ以上の負担
はかけられまいと、自分にできることを探そうとしているのだ。
「……仕方ねーな」
鈴村は頭をガリガリと掻くと、大きく息を吐き出した。
助けられた借りは返さねぇとな。
俺はいつもそうしてきた。
最初はただただ、宮瀬の奴を「変わった面白いやつ」としか思っていなかっ
た。
けれど、付き合っていくうちに分かったことがある。
あいつは誰よりも優しくて不器用で、一人で抱え込もうとする奴だってこと
を。
そんな友人が、自分たちの知らない恐ろしい世界で戦っているかもしれない
のに、俺がここで指をくわえて逃げ回っていてどうすんだ。
「新田」
鈴村は手に持った本をパタンと閉じると、いつもの力強い笑みを浮かべて立
ち上がった。
「お前の言う通りだ。あいつらに任せきりじゃ、格好つかねぇだろ。俺たちに
だって、できることがあるはずだ」
「鈴村くん……!」
「まずは、あのガリ勉委員長の頭を少しほぐしてやるとするか。あいつ、一人
で抱え込んでパンクしそうになってんだろ? きっと」
鈴村の言葉に、新田の顔がパッと明るくなる。
箱庭の崩壊が近づくなか、彼らの絆もまた、確かな形を求めて動き出そうと
していた。




