↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/14

調査官・グスタフ=ケルナー


------騒がしいわね。


バタバタと、廊下から音がする。

昨日、ルシェが戻ってきたのは陽が沈んだ後だった。その間ずっと魔法を展開していたため、疲労が強い。


もぞ、と布団を被り直す。


------ねむい……。何か、あったのかしら…。


コンコンコン!と扉がノックされる。


「お、お嬢様、失礼致します!」


「………どうしたの?」


渋々、体を起こす。


「ら、ランクル先生が昨夜亡くなられたとのことで……国務調査官の方が、お話を聞きたいと……」


「えっ」


ドクンッ。


心臓が、大きく脈打つのを感じた。


------バレた?こんなに早く?何で?見落としはなかったはず。何から?どこからバレた?まさか。まさか、このまま、死------


まとまらない思考に、体が固まる。


「せ、せんせい………が…………?」


何とか絞り出した声に、


「はい…昨日、ご帰郷の途中で事故に遭われたそうです…。魔獣に襲われたとのことなのですが、その…最後にランクル先生がいらしたのがゼレンディア邸で、馬車も侯爵家のもののため、お話を伺いたいと……」


------事故。


そう言った。


「そう………、そうなのね。分かったわ。支度をしてちょうだい」


一級魔術師が死んだのだ。最後の足取りを調査すること自体には何の違和感もない。つまり、まだ事の真相が明らかになったわけではない。


悲しみと戸惑いを顔に浮かべ、侍女の背後に佇むルシェに目配せをする。


何も問題はない、という顔で微動だにしない少年を見て、確信する。問題は、起こっていない。


コルセットを締め、ドレスに着替え、侍女が髪を整える間に、あらゆる質問に備え、答える内容を確認する。


------ギオは、事故死した。


その結論のために。


「------大変お待たせ致しました」


応接室に入る私を確認し、ソファに腰掛けていた制服姿の男性2人が立ち上がる。


「いや、朝から申し訳ない」


髪の少なくなった頭を触りながら、中年……初老と言っても差し支えない年齢の男性が、にこやかに話しかけてくる。


------この男か。


後に現れる伝説の聖女。その女を害そうとしたとの疑いをかけられた時の調査官も、この男だった。


「私は国務調査官・グスタフ=ケルナー。こちらは補佐官のミリア。もう耳に入っているかも知れないが、昨日、一級魔術師であるギオ=ランクル氏が事故に遭ってね」


椅子に座り直しながら続ける。


「場所は普段は静かな森。年に何度かは魔獣の目撃証言もあるが……いや、実に不運だったと言わざるを得ない。

御者の証言や現場の状況からも事故の可能性が高いが、万が一があってはならない。そこで、念のため話を聞かせていただきたく、朝からお邪魔させていただいた次第だ」


------御者は、ちゃんと生きているのね。


良かった。顔には出さないよう、胸を撫で下ろす。

軽い口調とは裏腹に、こちらを捉えるグスタフの瞳は笑っていない。


------この男は、優秀だ。


優秀故に、合理的な判断をする。状況。証言。証拠。犯人が持ちうる知識。証人にとっての不利益。

それらを掛け合わせ、最も合理的で、最も()()()()()結論を導き出す。


------だから、犯人とされた私がいくら否定しても、信じなかった。


だが。それならば、今回はこちらに分がある。


「………はい、先ほど侍女から聞きました……。我が家を後にしたあと、事故に遭われたと…。魔獣の目撃証言ということは、先生も……?」


不安そうな表情を浮かべる。


この男は、私が魔法省に納められている禁術を使えることを知らない。今回の私は、行っていないのだから。


「………ああ。痛ましい状況だった…遺体も食い散らかされて、馬車も大破。……いや、子供に聞かせられる話ではないな」


この男は、私が十歳の子供ではないことを知らない。私は確かにこの世に生まれて、十年しか経っていないのだから。


「そんな………次回は、先生が若い頃にされていた研究をお見せくださると、約束しましたのに……!」


わぁあっ、と、涙を流してみせる。

この男は、こういうのに弱いはずだ。たかが十歳の子供が、自分に理のない嘘を、感情を、見せるはずがないと思っている。


「テネルシア嬢…。申し訳ない、こんな小さなご令嬢に…配慮が欠けていたようだ」


------ましてや、子供が一級魔術師を殺害・隠蔽出来るなんて、思っていない。


正しくは、殺したのはルシェだけれど。


「いえ……、私こそ、失礼いたしました。こんなことになるなら、護衛をつけるべきでしたわ」


涙をハンカチで拭きながら顔を上げる。


「いや、まさかこんなことになるとは、誰も……ランクル氏本人でさえ、予測できなかったでしょう。テネルシア嬢の責任ではありません」


「ありがとうございます」


潤んだ瞳のまま、グスタフの目を正面から見つめる。


「それで、本題なのですが…当日、ランクル氏は予定より随分と早く帰られたそうですね?」


「…はい、ご体調を悪くされたようで。授業の最中、突然嘔吐されたのですわ」


目を逸らさずに答える。私は、そこで起きた出来事を語るだけ。やましいことなど一つもない。


「ランクル氏が帰ると同時に、敷いていた絨毯を破棄した?」


「はい。先ほども申しましたが、突然嘔吐されましたので、絨毯が汚れまして……。新しいものに取り換えるよう、私が指示いたしました」


そう、グスタフが信じるように。


「なるほど。ランクル氏を馬車まで送るのも、ご令嬢が?使用人に任せなかったのは何故?」


「使用人に…、思いつきませんでしたわ。確かに、その方が良かったかしら。本当にご体調が悪そうで、慌ててしまって…。もし次回、体調を崩された方がいらしたら、そういたしますわ」


ありがとうございます、と付け加える。


「……ふぅむ」


私から目線を外し、息を吐きながら背もたれに体を預ける。手元の調書をペラペラとめくる。


「ランクル氏に、大きな箱を貸した?」


「はい、今回の授業が短くなってしまったので…。その分、次回の授業で先生が若い頃にされていた研究資料をお見せくださるとのことで、収納箱をお貸しいたしました」


「…御者に、代金とは別に銀貨を渡したそうですな?」


「え?ええ…。遠いところをお送りいただくんですもの。心付けとして少しお渡ししたのですが……ダメでしたか?」


「なるほど。いや、さすが、十歳とはいえ侯爵令嬢ですな。しっかりしてらっしゃる」


「いえ、そんな」


皮肉には気づかないふりをして、照れてみせる。


「ありがとうございます、だいたい分かりました。ランクル氏が、何故突然実家に向かったのか謎だったのですが…。授業が短くなってしまったお詫びに、実家に置いてある資料を取りに向かった。その道中で事故に遭った、ということですな」


横の補佐官も頷く。

グスタフの目に、私を疑う色は、見受けられない。


「あとは、当日勤務していた邸の者たちにも話を伺いたいのですが…よろしいですかな?一応、形として報告書にまとめる必要がありまして」


「ええ、もちろんですわ」


近くの侍女に声をかけ、協力するよう指示を出す。


「………私は、もう失礼しても?」


補佐官に何やら指示をしているグスタフに声をかける。


「ああ!はい、大丈夫ですよ。朝から押しかけてすみませんでした。良い一日を」


「……ありがとうございます。良い一日を。ごきげんよう」


------朝から人が死んだ話を聞かされて、良い一日を、もないと思うけれど。


調査官だ。人が死ぬのは日常なのだろう。


礼をして、部屋を後にする。

これで、ギオの死は事故として処理されるだろう。


------終わった、わね。


窓の外を眺め、息を吐く。今日も気持ちの良い青空だ。


「……こんな日々が、続くといいのだけれど」


ぽつり、とこぼした私に、


「続きますよ」


「きゃ!?」


無音でついてきていたルシェが続ける。


「僕が守ります。お嬢様の、日常を」


いつものように私を溺愛するのは構わないが、唐突に現れるのは心臓に悪いのでやめてほしい。


「…‥驚かさないで」


少しの不機嫌さを含み、言い返す。


とにかく、こうしてギオ殺害隠蔽工作は終わった。

あとはいつも通り、十六歳まで------いや、その先まで、生き残る方法を考えなくては。


頭を悩ませるルシアの後ろを、穏やかな笑みを浮かべたルシェがついて歩く。


十六の誕生日まで、あと五年と少し。

このループで、ルシアは初めて、十六歳を越える。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。