箱を、馬車へ。 -②
「身体は、まとめておけばいいですか?」
「………そうね………。これ以上血が広がる前に、腕と体を繋ぎましょうか。その後、頭の近くに運んでくれる?」
そう言って、ギオの------正しくは、ギオの腕と胴体の------横にしゃがみ、切断された右腕を胴体に寄せようと手を伸ばす。が、
「おおおお嬢様!?触らないでください、そんなもの!!僕がやりますから!!!!!」
慌てて止めに入ったルシェが、横から腕を掻っ攫う。
「切断面をくっつければいいですか?こんな感じですかね?お嬢様に刃を向けた挙句、死んだ後まで面倒臭い男ですね」
「え、ええ」
------この状態にしたのは、ルシェなのだけど。
愚痴るルシェを横目に、傷口に手をかざして魔力を流す。
まずは骨。次に筋肉。血管、神経、皮膚。
肉体修復は万能の力ではない。魔力の糸で体を繋ぎ、破損箇所を覆ってあくまで修復しているだけ。完全に失われた機能や部位は、復元できない。
「すごい………まるで、奇跡ですね。本当に治った」
そう、それでも、一見すると"治った"ように見える。
ズルズルとギオの胴体を運ぶルシェから、潰れて床に転がっている頭部へ視線を移す。
「切断面が綺麗だったから、こっちは簡単よ。問題は頭。こちらは時間がかかるわ。直してる間に、箱を用意してきてもらえる?」
「あぅ……も、申し訳ございませんでした…。行ってきますね」
「ええ…あ、その前に」
「? わっ、冷たっ!?」
ルシェについた血痕を、水魔法で落とす。
「これでいいわ。いってらっしゃい」
「すごい、綺麗になった!行ってまいります」
一礼して部屋を去るルシェを見送り、頭部の修復に入る。
念入りに踏み潰されたせいで、元の位置はおろか、絨毯にこびりついている肉片もあり、完全な修復は無理そうだ。
比較的大きな欠片を拾い上げて魔力を流し、残された肉体の記憶を辿るように、元の場所へ戻していく。
------生きるために身につけた魔法が、まさかこんなことに活きるなんてね。
何が役に立つか分からないものだ。過去を思い出しかけて、それ以上考えないよう、目の前の作業に没頭する。
しばらくして。
------まあ、こんなものかしら。
絨毯に染みた血液と、散らばった肉片も可能な限り組み込んだ。多少の不純物や損壊もあるが、元より魔獣に襲われた時に損傷する想定だ。運搬に支障がなければ問題ない。
------あとは残った血痕を水で薄めればいいわね。
コンコンコン。と、ノックの音が響き、心臓が跳ねる。
------!?誰!?
「お嬢様。ランクル先生ご要望の収納箱をお持ちしました」
ルシェの声が響き、一瞬安堵するものの、すぐに疑問符を浮かべる。
------わざわざ声をかけている。ということは、その必要があるということ。
「…ありがとう、ルシェ。今、実技の途中だから、少し待っていてくれるかしら」
扉越しに返答しながら、急いで死体周辺に認識阻害の魔法をかける。
「かしこまりました」
------念のため、窓の前で後ろ向きに立っている幻影魔法も発動しておきましょう。
術式を組み立てようと立ち上がったところで、
「リリー、ありがとう。あとは僕が運んでおきますので、貴女は元の仕事に戻ってください」
「え〜、でも、重たいですよぅ?一緒に運んだ方が…」
扉の外から会話が聞こえてくる。
------なるほど。あの娘か。
最近増えた、若い侍女だ。ルシェに気があるのかと思っていたけれど、どうやらその通りらしい。頼まれてもいない仕事に手を出すなんて。
------予測できない要素が増えるのは面倒だわ。早めに、邸から出したほうが良さそうね。
「大丈夫ですよ。扉の外から中に運ぶだけですから。こう見えて僕、意外と力持ちなんですよ?さ、戻ってください。せっかく善意で手伝ってくださったのに、リリーが怒られてしまいます」
「え〜〜……。まあ、ルシェ君がそう言うなら…。お嬢様によろしくお伝えください。ごきげんよう」
残念そうな声と、パタパタと立ち去る音。
「……お嬢様、演習が終わりましたら、教えてください」
「ええ。もう大丈夫よ」
コンコンコン、と再びノックをし、箱を抱えたルシェが扉の中へと入ってくる。
しっかりと扉を閉めたのを確認し、
「察してくださってありがとうございます。適当な箱を探している間に捕まってしまって…。申し訳ありませんでした」
「いいえ。むしろ、良かったかもしれないわ。ランクル先生のご要望で、箱を運んだ。それはしっかりと伝わったのだから」
ルシェが床に置いた箱を見遣る。
大きさも強度も十分そうだ。
「さあ、残りも片付けましょ…っ?!?!」
認識阻害の魔法を解くためにかざした右手を、勢いよくルシェに掴まれる。
「な、なに…どうしたの?ル」
「お嬢様。この汚れは、どう…されたのですか」
私の問いかけを、低く暗い声で遮る。
「え?……あぁ。貴方が潰した頭部を直すのに、肉片の記憶が必要だったから、それを触ったのだけど」
「…………………なるほど」
シーン。
重苦しい空気で沈黙する。
「………絨毯に残っている血液と一緒に、水魔法で流すから問題ないわよ」
「そういう話ではなく」
シーン。
……なんなのだ。こちらは早く、残りの処理を終わらせたいのだけれど。
「えぇと、ルシェ…?片付けの続きを…」
パッ、と手を離し、箱の準備をする。
ようやく自由になった私は認識阻害の魔法を解除して両手の汚れを落とし、そのまま絨毯に残った血の跡を出来る限り薄く均一に伸ばしていく。絨毯が元から赤色でよかった。広げたことで、水分もさほど気にならない。
ルシェは無言のままギオを箱に詰め……ようとして。
「重っ!?」
思わず漏れた声に笑ってしまう。
成人男性1人。いくら細身といっても身長は結構あるのだ。軽く見積もっても60〜70kg。加えて木製の収納箱。合計は100kgを超えそうである。
「ルシェ、貴方確か、風魔法が使えたわね?中級魔法だけれど、物資運搬の魔法は使える?」
「あ、はい……使えます。僕が風魔法が使えること、よくご存知ですね。」
------そりゃ、知ってるわよ。風魔法で操られたそのナイフで、何度、殺されたと思っているの。
「……ふふ。見ていれば分かるわよ」
もちろん、言わない。曖昧な言葉で誤魔化す。
「次の工程が最後ね。私はルシェがランクル先生に見えるよう魔法をかけるから、ルシェは運搬の魔法をお願い。
さきほど嘔吐してらっしゃるから、少し体調が悪そうに。声は変えられないから、出来るだけ声は出さず、仕草で話して。顔は無表情。行くわよ。」
ルシェに魔法をかけようと、今度はルシェに手をかざす。
「…………………お嬢様」
術式の構築中だ。目だけで聞く。
「すみませんでした。僕が、感情に任せて、あの男を踏み潰したせいで、お嬢様の美しい手に、あのような汚物を………」
跪き、縋るように私の手を取る。
なんだ。そんなことか。
気にしていない、と伝えるため、笑顔で首を振った。
そんな泣きそうな顔を、しなくてもいいのに。
「僕、約束します。よりお嬢様のお役に立てるよう、お嬢様の足を引っ張らないよう、お嬢様のお側にいられるよう。今まで以上に心と体を磨いて、お嬢様を、害する全てを------」
「ルシェ」
泣きそうな顔でこちらを見上げる。ギオの顔。
幼さの残る黒の髪も瞳も今は消え、金髪緑眼の中年男性だ。
「術が終わったわ。私から2メートル以上離れると、魔力の霧散と共に少しずつ術が解けるから気をつけて。さ、次は貴方の番よ」
「……………………」
意気消沈しているルシェに小さくため息をつき、
「ね、ルシェ。私たちは、共犯者でしょう?」
「きょう…………はん、しゃ……?」
小さな声で繰り返し、パッ!とこちらを見上げる。
先ほどまでの沈んだ瞳は消え、光が戻っている。
「ええ、大切な私のパートナーさん。一緒に犯罪を犯しましょう?」
手を取り、笑顔で誘う。
何度繰り返していると思っているのだ。ルシェの扱いは慣れている。
「!!…はい、喜んで!」
そこからは早かった。ルシェが風魔法でギオを箱にしまう。私が慌てたふりをして侍女を呼ぶ。
「ランクル先生が帰られるそうよ。体調がすぐれないご様子だから、すぐに馬車を用意して。次回はご実家にある研究資料をお持ちくださるそうだから、お貸しした箱も載せられる大きめのものを。
馬車まで私がお送りするわ。ランクル先生、大丈夫ですか?」
俯き加減で額を押さえ、コクリと頷く、ルシェ扮するギオ。
「絨毯が汚れたから、新しいものに交換してちょうだい」
バタバタと手配を進める侍女に指示をし、
「先生、お荷物は邸の者に運ばせましょうか?」
周囲に聞こえる程度の声量で尋ねる。
「…………いえ、私が」
最低限の言葉で返し、運搬魔法を展開する。上出来だ。
「一級魔術師ともなると、専門外の魔法も使えるのですね!すごいです。次回の授業も楽しみにしていますね」
少し、わざとらしかっただろうか。
一瞬不安が過ぎるが、周囲の者たちが怪しんでいる様子はなく、馬車の用意が整えられる。
「お送りしますわ、先生。行きましょう」
再びコクリ、と頷き、連れ立って馬車に向かう。
あくまでギオを気遣う顔で。過剰にならないように。
ギオと箱を馬車に乗せ、内心で一息つく。
「ご体調がすぐれないようなの、早くご実家に送って差し上げて。くれぐれも、失礼のないようにね」
御者に話しかけ、代金とは別に少しの銀貨を渡しつつ、反対の手で馬車に魔寄せの術を施す。
魔寄せの術は禁術だ。
魔獣を呼び寄せる以外に使い道もなく、その割に構築が簡単。人の生活を脅かす可能性が高いとして、魔法省より使用制限が課されている。
------あれは、何度目だったかしら。魔法省に潜入したことがあって良かった。
魔法省は利権に利用されないよう、王家や貴族社会から独立した組織だ。魔術研究に全てを捧げればあるいは、と。何百年分かの人生を研究に費やしたこともある。
------結末は、変わらなかったけれど。
パシンッ、と鞭打たれ、馬車が動き出す。
しばらく見送ってから、踵を返す。
------あとは、ルシェのアリバイね。
「私も部屋へ戻るわ。空いた時間で今日の復習をしたいから、お茶を淹れてくれる?クッキーと、スコーンも欲しいわね」
「かしこまりました」
「ありがとう。焼き上がったら、紅茶と一緒に自習室にお願い」
自習室とは、文字通り、学習のために誂えた部屋だ。集中出来るよう自室よりも光量が抑えられ、窓も少ない。扉と反対の壁際にルシェの幻影を立たせれば、存在していることは認識できても、それが本物かどうか、パッと見ただけでは判別できないだろう。
菓子が焼きあがるまで、幾らか時間がある。幻影魔法を施すには充分だ。
あとは、何度か紅茶を頼んで、ルシェがずっとそこにいたと、印象付ければいい。
------これで、見落としはないはず。
頭の中で今日の出来事を思い返しながら、自習室へ向かう。
まだ陽は高く、傾きかけたばかりの太陽が、ルシアの背を強く照らしていた。




