箱を、馬車へ。 -①
「さ、それよりも、片付けをしないと。この家で一級魔術師が消えたなんて知れたら事だわ。すぐに始めましょう」
まあ。事故とはいえ、殺してしまったものは仕方ない。
この後の立ち回りを考えなければ。
------こうなった以上、ルシェはこれまで以上に管理が必要ね。
せっかく見つけたルシェからの生存ルートに新たな分岐が増え、頭を抱えた。
「もっと細かくして、僕が運びましょうか?」
「ダメよ。そもそも、"この家に来たのを最後にいなくなった"というのがダメなのよ。今日ここに先生がいらっしゃったことは邸の他の者も知っているし……」
「なるほど…。帰ってもらうにも、死体は歩けないですからね」
そう、死体は歩けない。幸いなことに肉体はほぼ揃っているから、魔法を使って身体の修復自体は可能だ。欠損や損壊部分が少なければ、残っているものを繋ぎ合わせればいい。
しかし、身体を直し、それを魔法で操ったとしても、それはただのマリオネット。どうしても不自然な動きになってしまう。
「そうだ!僕がこの男に変装して、外に出るのはどうですか?」
まさに名案!と言わんばかりのルシェに、つい笑ってしまう。
「ふふ。いい案だけれど、流石に体格が違いすぎるわ。それこそ、魔法でもかけないと------」
------魔法でも、かけないと?
「………………」
そうか。魔法をかければいい。
死体を動かせば違和感が出るが、実際にそこにいる人間を別の人間だと認識させるだけなら、大きな違和感にはならない。
ギオがこの邸に来たのは今日が初めて。親しい人間なら見抜くだろう些細な差異にも、邸の者には分からない可能性が高い。
「お嬢様?」
「………いい案だわ、ルシェ」
「本当ですか!お役に立てて嬉しいです」
にこにこと屈託のない笑顔を浮かべる。
------ルシェがいて良かった。この手法は、一人では使えない。
「あとは、この絨毯と死体の処理をどうするかね。血の汚れは水魔法で落として、体は修復すれば良いとして…、どうやって運ぼうかしら」
「それなら簡単ですよ!絨毯はゲ……吐瀉物を理由に新調しましょう。お嬢様がご使用になる部屋に、こんな汚らしい物は不要です。
死体は、次回、授業で使う研究資料を持ち込みたいから、運搬用の大きい箱を貸してほしいと言い出したことにしてはどうですか?」
「……いいわね。そうしましょう」
驚く。この歳で、これほど頭が回るのか。
------でも、そうか。一度目では、私を殺せるほどの暗殺者だったのだものね。
裏社会でも、頭の切れない者は使い捨てにされる。仮にも侯爵家の人間を殺害できたのだ。切れ者でないはずがない。
------ここ数千年は、ずっと私の横で腑抜けていたから、忘れていたわ。
「それよりも、お嬢様。肉体修復の魔法が使えるのですか?」
「あっ」
忘れていた。魔法は簡単なものしか使えないことにしていたのだ。
「え、ええ。実は、こっそり練習していたの。ほら、ルシェはいつも私を守ってくれるから…怪我をしたら大変でしょう?だから」
きょとん、とした後、
「………僕の、ため…………?」
ぱぁぁああ!と明るい顔になる。眩しい。
言い訳が苦しいかと思ったが、無用の心配だったようだ。
「独学でそんな高度な魔法を習得してしまうなんて、さすが!お嬢様ですね!美しく、賢く、謙虚で、さらに美しい!!世界に愛されています!」
------なんという皮肉。
「ふふ、ありがとう」
苦虫を噛み潰したような心とは裏腹に、穏やかな笑顔でこたえる。私はあと何回、こうやって笑顔を作るのだろう。
------本当に世界に愛されていたなら、どれほど幸せだったか。
つい、思ってしまう。何百何千という死から逃れられたのなら、どれほど。
「…運び出した後は、事故に遭ってもらいましょう。この後、先生は一時帰郷するとおっしゃっていたわ。出身地は国境近くの街だったはずよ」
考えても仕方のないこと。現実に戻り、記憶を辿る。
「国境近くというと、クレア領のあたりでしょうか。」
「ええ。途中で、森を通るわ。普段は静かな森だけれど、年に何度か魔獣の目撃情報が出ている。先生は運悪く、魔獣に襲われる。御者は馬車を投げ出し、命からがら逃れる」
そこまで言って、ルシェを見る。
「そしてその時間、貴方はこの邸から一歩も出ていない。自室で復習している私の側に控えていた。いいわね?」
ギオのふりをして馬車に乗り込んだ後、死体となったギオを箱から出して走っている馬車から抜け出し、さらにその馬車に魔獣を誘導する。
言うまでもなく、危険で難しい内容である。
しかし、
「はい。お嬢様の御心のままに」
ルシェは変わらぬ笑顔のまま、二つ返事で承諾した。
------馬車には一応、魔寄せの術を施しておきましょう。
「それでは、始めましょう」
私の言葉を合図に、私たちは初めての隠蔽工作にとりかかった。




