廻り出す、歯車
「ぇ」
ぼん、ぼん、と音を立て、先ほどまで喋っていた男の首が床を転がる。
じわじわと赤く染まっていく絨毯。その上に止まったソレを、茫然と見つめる。
視線を上げると、静かに佇む血濡れのルシェリオ。
「…………ルシェ?」
「はい、お嬢様。どうかされましたか?」
いつもと変わらぬ態度の護衛。
「……どう、か…………?」
足元に転がる、先ほどまで教師だった男の首。
少し離れたところには、同じ男の、右腕と胴体。
「あな、あなた、何………何を………」
声が震える。
------なんで。なんで死んだ?いや、殺した?ルシェが。なんで?そんなこと、今まで一度も………。
先ほどのやりとりを思い出す。
私が質問をしたあたりから、ギオの様子が少しおかしかった。
死の記憶だけを消すために、前回の生で思いついた疑問を、せっかくだからと専門家であるギオに投げてみただけなのだ。
直後に突然吐いた。私の服にもかかった。
けれど、それだけだ。
------まさか、それだけのことで?
「何をって…僕は護衛ですよ。お嬢様の」
困ったような顔で、しかし当然の職務を果たしたと言わんばかりに飄々と答える。
「だからって…、確かに服は汚れたけれど…。ギオ先生は一級魔術師なのよ?その命が、どれだけこの国にとって重要か………」
魔術師にはランクと専門があり、一級魔術師ともなると各専門に3人いるかどうか。そこに至るまでには知識、魔力量、魔術展開の速さなど、多岐にわたる試験がある。それをクリアし、実務期間を経て、晴れて一級魔術師を名乗れるのだ。
そんな貴重な人材を、たかが吐瀉物をかけられたくらいで殺されては、世間から悪女の誹りは免れない。
------吐瀉物を、かけられたくらいで?
何かが引っ掛かる。それだけで、ルシェが殺人を?
ルシェは確かに私を大切にしてくれている。過剰な程に。けれど、その執着が私自身の不利にならないように、何千回もかけて調整してきたはずだ。
疑問と困惑に口を開いたが、先に言葉を発したのはルシェだった。
「扉横に控えていたので細かな理由までは分かりませんが、この男は後ろ手に魔力を溜めていました。風の刃のような。多分、お嬢様を………」
一瞬、言い淀む。
「……………その、…殺すつもりだったかと」
「え」
------私を殺す?ギオは、プライドは高いが馬鹿な男ではない。突然の嘔吐には驚いたけれど、責められてもいない失態を隠すために、殺人まで犯そうとするタイプではない。
それならなんだ?攻撃魔法の苦手な彼が、それを押してでも、今私を殺そうと動いた理由。今日私がしたのはただの質問………
「……あ」
そうか。
ギオは精神魔法の使い手。私に、記憶定着の基となった魔法を教えたのも彼だった。
------覗いたのか、記憶を。降り積もる死を。
「……………………かわいそうに」
ただの人間には酷なことだっただろう。体が拒絶反応を起こすのも仕方ない。
------記憶に関しては、防御策を敷いておいた方がいいわね。年齢に合わせた魔法となると、調整が難しいけれど。
「あの………こ、殺しては、ダメでしたか?そのような命は受けていなかったので…」
捨て犬のように小さくなるルシェリオがすこしおかしくて、思わず笑ってしまった。
くすくすと笑う私を、きょとんとした顔で見つめるルシェリオ。
錆臭い空間に似合わぬ穏やかな空気の中で、心が凍てついていくのを感じる。
------こんなに、簡単なことだったのか。
初めて、人が死んだ。
私の秘密を知った人間が。
幾度も繰り返された死を目の当たりにした人間が。
私を殺そうとして。
私より先に、死んだ。
「ふ、ふふ」
笑いの中に、別の意味が混ざる。
なんてあっけないんだろう。
今回私は、記憶を読まれたことに気づいていなかった。今までそんなことはなかったから。正直、油断していた。
もしこの場にルシェがいなければ、私はギオに殺され、ギオは得意の精神魔法で私の肉体に残った記憶の断片を証拠とし、悪魔を刈り取った英雄になっただろう。
------いつも通りの、めでたしめでたし、だ。
しかし今回は、ルシェがいた。私よりも先に、ギオが死んだ。死んだのだ。
真実を知ったギオに殺されることも。
繰り返す生を暴かれ、世界に追われることも。
それらが起こるかもしれないと事前に策を練り潰しておく必要も。
もうない。その発生源が、いないのだから。
------なんて、簡単。これなら……。
浮かびそうになった考えを、頭を振って消す。
「…………ルシェ、ダメよ。殺しては、ダメ。そんなことは、許されないわ」
「許されない……。誰にですか?」
「その人の親に、友人に、親戚に、世間に。神に。誰も、人が人を殺すことを。許していない」
------悪役以外は、ね。
心の中で付け足す。
「……ふぅん。そうなんですね」
気の抜けた声を出し、続ける。
「…僕には親や友人なんていないし、神なんて信じていません」
少し歩き、おもむろに、ギオの首を持ち上げる。
「……………っ!」
昔の景色が重なる。私も、ルシェとの最初は斬首だった。昏く澱んだ瞳を、今でも覚えている。
首を携えたまま近づいてくる、血濡れのルシェ。
記憶とは対照に、その表情は明るい。
「もし、神なんてものがいるとしたら」
瞳に光を宿し、言う。
「僕の神は、お嬢様です」
にこっ。
今朝と変わらぬ人懐こい笑みを浮かべ、
ドチャッ。
再び床に落としたギオの首を、踏みつける。
「……………だから、これは、天罰です。僕のお嬢様を害そうとした。汚い吐瀉物で、お嬢様の持ち物を汚した。もしかしたらその身に触れたかもしれない。許せない。許せない許せない許せない許せない許せない。」
ドチャ。ドチュ。ドチュ。ドチャ。メ"ヂュ。
何度も何度も踏みつけられた頭が、不気味な音を立てながら潰れていく。
------ねえ、ルシェ。死んだ後からの記憶はないけれど。昔の私にも、そうしたの?
心の中で問いかける。と、こちらを向いたルシェと目が合った。
パッ!と明るい笑顔を浮かべ、子犬のように駆け寄ってくる。血塗れではしゃぐその様はまるで。
「………………悪魔」
けれど。
「え?なんです?ちょっと血で髪が張りついて………何かおっしゃいましたか?」
殺されるために生まれる私を。
神に見放された私を。
「いいえ、なんでもないわ。ルシェ」
ハッピーエンドに導いてくれるのは、悪魔かもしれない。




