神童
陰気な娘だ。そう思った。
確かに見てくれは美しい。所作も、10歳という年齢にはそぐわない程に洗練されている。
理解力も高く、最近発見されたばかりの魔術についての知識まである。
だが、それだけだ。
なんの面白みも、覇気もない。
神童。神の子。当然表立っては言わないが、この少女を語るときに、よく聞くワードだ。
だが、年齢にそぐわない落ち着きや高い知能、幅広の知識。
その程度ならば、幼少期から英才教育を受けている高位貴族であれば説明がつく。
------神童と呼ばれるのであれば、もっと、あるだろう。習ってもいないのに魔法が使えるとか、伝説に聞く"聖女"のような力が使えるとか。
公式には、齢6つで魔法を顕現した、かつての自分がそうだったように。
------そう、そうだよな。神童というのは俺のようなもののことを言うんだ。この娘は
「先生」
先ほどまで黙々と授業を受けていた少女に声をかけられ、目線を落とす。深い赤の瞳が無表情にこちらを見つめている。
「…はい。何か、分からないことでも?」
「あの、質問なのですが」
この娘は、知能が高いだけの、ただの
「魔力と魂は、本当に別物なのですか?」
------何を言っている?
「……当然だ。そもそも魂とは、生命の根幹に関わるが誰にも認知できないもの。存在すると考えられてはいるが、それに触れることはおろか、本当に存在するかどうか、本人でさえ分からない。
一方、魔力は術を介して干渉し、使役できる。目に見えずとも、確かに存在し世界に満ちている力のことだ。そんな基礎的なことを------」
「ですが」
俺の言葉を遮った少女の瞳に、わずかな光が宿る。
「先ほど先生もおっしゃいました。"精神魔法は、魂にまで結びつく"。そうなのであれば、精神魔法は魂に干渉していると言えるのでは?」
馬鹿な。詭弁だ。そう考えられているというだけで、それが本当かは誰にも分からないのだから。
「魂と結びつき、刻まれた魔法は、肉体が失われても残る」
しかし、少女の言葉は。
否定の言葉を発するには、あまりにも淡々としていて。
「……魂というものが存在するのであれば、そう考えるのが自然だ」
まるで、当然の事実を話すような口調に、肯定の言葉を絞り出すことしかできない。
「では、同じ精神魔法を用いて、魂に刻まれた精神魔法を------もしくは魂そのものを修復することも、可能なのではないでしょうか」
「………何を、言っている」
思わず口から声が漏れた。
この娘は、自分が何を言っているか分かっているのか?
魂を魔力で修復する。
それは、欠けた魂を魔力によって補うということ。
では、欠損率を上げれば?
九割。
九十九割。
百割。
何もないところへ魔力を注ぎ、魂を形作ることができるとすれば。
それはもはや「修復」ではない。
魂の創造。
------神の領域だ。
魂に刻まれた精神魔法の修復とて同じこと。
現在の精神魔法は、あくまで相手の認識を歪ませて幻覚や印象を操ったり、高度なものでも相手の記憶を読み取ったり、共有したりというものだ。
それらによって芽生えた感情や経験が人格の形成にも影響を与えるため、「魂と結びつく」と表現される。
もし本当に魂に刻まれた魔法を書き換えるとすれば、それは魂そのものの書き換えに他ならない。
「え」
丸く開いた瞳でこちらを見つめる。
他意のない、ただ、気になったから聞いただけという態度。
------この娘は、何だ。
俺でさえ、いや、この世の名だたる魔術師さえ、誰一人辿り着いていない場所。ただの子供が、辿り着いていい思考ではない。
ただの魔術師であれば、面白い発想だ、と笑って済ませたかもしれない。
だが。人生をかけて精神魔法と、ひいては人間の精神と向き合ってきた俺だからこそ、笑って終わらせることのできない何かが、少女にはあった。
「………………」
「あの、先生?」
「いや、失礼。面白い発想だね。もし出来たなら、教えてくれ。授業を再開しよう」
「え?あ……」
強引に話を切り上げ、気づかれないように魔法を発動する。
この少女が何者なのか。
「先ほどの続きだが------」
分からないのであれば、本人の記憶に聞けばいい。
魔法を発動し、少女の背中に微かに触れた------刹那。
「ゔッ」
頭よりも先に、体が反応する。
「ヴォエエエエエエエエエエエエエエ!!!」
「きゃあ?!」
ビチャビチャビチャッ!
「あ"、?!ぅ"、オ"ェ"ッ!!!」
痛い。痛い痛い痛い痛い辛い苦しい熱い熱い痛い痛い痛い!!!!!!!!!
------なんだこれは。なんだこれは!?!?!?
火で焼かれた。首を落とされた。剣で貫かれた。岩で潰された。水に沈められた。
死。死。死。死。死。死。
あまりにも鮮明に視える死の記憶。
感じるはずのない痛みが、苦しみが、熱が、脳を焼く。
死んでいる。何度も、同じ人間が。
------なんだ、この記憶は!?
幻覚の類を疑う。否定する。
偽の記憶を疑う。否定する。
精神魔法を専門としているのだ。それらの術にかからぬよう、自身には常に防御魔法を施している。それが破られた形跡はない。
人の命は一つと決まっている。
考えるまでもない。それに例外はない。
それならば。
「せ、先生?!大丈夫ですか?」
「ひっ!」
"魂を修復することも、可能なのではないでしょうか"
先ほどの言葉が、脳内にこだまする。
そんなことができるとすれば。
それは、神の御業。もしくは。
「?」
------殺さ、なければ。
伸ばされた手に思わず恐怖し、心を持ち直す。
人間の命は、一つと決まっている。
それならば。幾度も死に、その記憶を持って存在するこの娘は。
人間ではない。
「あの、せんせ………………?」
うろたえ、こちらを心配そうに見遣る少女から距離を取る。
どう見ても、ただの人間。ただの少女。しかし、その内に在るのは、人間ではない何か。
攻撃魔法は得意ではないが、仕方ない。やるしかない。
後ろ手に魔力を集める。今ここで殺さねば、この世が危険に晒されるのだ。
この少女は神ではない。ならば。
「……死んでくれ。世界のために」
悪魔だ。
最期に手向けた言葉は、
「 」
声にならず空を切る。
「ぇ」
ぼん、ぼん、と鈍い音がして、景色が揺らいだ。
少女が私を見下ろしている。
------何だ、何が起こった?
再び開いた口はやはり音を立てず、そこで意識が途切れた。




