消えない記憶
「失礼いたします。お嬢様をお連れいたしました」
応接室に入ると、新しい教師はすでに到着していた。
寸分の乱れもなく整えられた髪に細長い体。眼鏡の奥の、神経質そうな瞳。
------今回は、この男か。
幾度となく見た顔だった。人生を重ねるごとに知識が増え、それに伴い教師役もより高度な知識を持った人間に変わっていったが、私よりも知識のある人間などそういない。
自然と、教師としてやってくる人間は限られる。
------この男から学ぶことは、もうないわね。
そう思いながらも、頭を下げる。
「はじめまして。テネルシア=ゼレンディアです。ルシアとお呼びください。遅くなり申し訳ございません」
この男に、直接殺されたことはない。だが、少しでもプライドを傷つけられたと思えば、言うのだ。
「あの娘は悪魔だった」と。
------私からしたら、貴方の方が悪魔だけれど。
「はじめまして、ルシア侯爵令嬢。まだ時間前ですので、お気にならさず。」
再び、軽く頭を下げる。
「私はギオ=ランクル、本日から魔法学を担当させていただきます。専門は精神魔法。精神魔法は魂にまで結びつく奥が深い領域。神童との呼び声高いルシア様の教育係をお任せいただけるとは光栄です。よろしく」
「よろしくお願いいたします」
笑顔を作り、忌々しい記憶が蘇る。
"精神魔法は魂と結びつく"
初めてこの男と出会った時にも言われたその言葉を、私は理解していなかった。
理解していなかったが故に、使ってしまった。
16歳を超えられぬこのループから抜け出すために、その人生で得た手がかりを忘れぬために。記憶を保持する魔法を。
一瞬、体が強張ったのを、悟られないよう席に着く。
消えないのは有益な記憶だけではない。
忘れまいと記憶したことと同時に、その意思に関係なく、強い感情や衝撃は残る。
そう。例えば。
肉が泡立ち、焼ける臭い。
首に食い込む縄。伸ばされた筋の感触。
体内から聞こえる、骨が砕ける音。
胸から生えた剣。水の中から見上げた月。
命に直結するような強い記憶なら、鮮明に。
「…………………」
------今回は、どんな。
思いかけて、思考を止める。そうならない為に、私はまた生まれたのだ。




