↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/18

虹


ステラの指導を引き受けてからは、それまでにも増して多忙な日々だった。


王家も聖女誕生の正式発表の準備や受け入れ準備に追われ、以前のようにアルとお茶をする機会も減っていった。


それでも月に一度か二度は時間を作ってくれたが、礼儀作法の練習も兼ね、会う時はステラも含む三人で、というのが定番となった。


ステラの覚えが早かったこともあり、指導を開始してから三ヶ月後には、世間へ向けて、聖女が出現したことが正式に発表された。


侯爵家令嬢という肩書に加え、目を引く美しい容姿、何より百年以上ぶりに現れた聖女に、国中が大いに沸いた。


王太子と年が近いこともあり、王太子妃になるのでは、と噂する者までいた。

世間の話題はすっかりステラ一色となり------。


そんな中でも、私のデビュタントは訪れる。


毎年雪の季節に行われる、王家主催の大舞踏会。

アルからは予定が合わずエスコートが出来ない旨の書状が届き、私はお父様------オルストン=ゼレンディアと共に参加することとなった。


「ルシア」


「はい」


「渡すのが遅くなってしまったんだが………、これを」


「まあ、何かしら」


デビュタントの前日、オルストンから一つの贈り物があった。手渡された濃紺の箱を開く。


「まあ…、なんて綺麗なブローチ」


糸を編み上げたかのように繊細なプラチナの枠。その細い蔓を思わせる曲線に沿って、色とりどりの小さな宝石が散りばめられている。


そして、その中心。


幾重にも取り囲まれた宝石の奥で、一際大きな黄金色の石が、月の光を閉じ込めたかのように淡く輝いていた。


------本当に、何度見ても綺麗。


「希少な石で出来ているらしい。本当は、十二の誕生日に贈るつもりで用意していたんだが…。王太子殿下からの贈り物と重なってしまっただろう?

だから、そのまま仕舞っておいたんだ。返品しようかとも思ったが…、きっと、君に似合うと思うと手放せなくてな」


------今回贈られなかったのはそういう訳だったのか。


箱の中に収まるブローチを見つめる。

繰り返す生の中で幾千の宝飾品を目にしてきた私でさえ、これほど美しいものは他に見たことがなかった。


------まあ、だからお父様も、毎回贈ってくださるのでしょうけれど。


「………嬉しいですわ、お父様。ありがとうございます」


オルストンの目を見つめ、微笑んで礼を言う。


「うん……、いや、喜んでくれたなら良かった」


「明日のデビュタントも、こちらを着けていこうかしら」


「! 本当か? しかし、王太子殿下からいただいたものもあるだろう」


一瞬顔を綻ばせ、すぐに心配したような表情になる。


「ええ。でも、せっかくお父様にエスコートしていただくのですもの。アルヴェリク様も、きっと許してくださいますわ」


「そうか!そうか、うん。いやなに、これまでは王太子殿下から頂いた物を使っていたから、もしかしたら出番はないものかと思っていたんだが…、気に入ってくれたなら良かった」


「ふふ。お父様が私のために選んでくださったのですもの。嬉しくない訳がありませんわ」


「うん。うん!そうだな、ああ、私の可愛いルシア!明日のデビュタントが一層楽しみだ!今日は明日に備えて早く寝るんだぞ」


「まあ、お父様ったら。私、もう、小さな子供ではありませんわ」


「はっはっは、そうだったな!レディにとんだ失礼をしてしまった、私は退散するとしよう」


心外だ、という表情で返した私に、大きな笑い声を返して部屋を後にする。


「……………………本当に、綺麗」


手元に残されたブローチを手に取り、そっと胸元にあてる。


「………お嬢様の美しさの前には、霞みますね」


「まあ、ふふ。ルシェったら、お上手ね」


この数年でルシェも大分物静かになった。相変わらず外に出ていることもあるようだし、私への興味が薄れてきているのだろう。

それでも、二人になると、こうして軽口を叩いてくる。


「事実です」


「ふふ。ありがとう」


鏡に映ったブローチは、濃紺のドレスの上で、夜空に浮かぶ月のように、輝きを放っていた。



*


「ゼレンディア侯爵、ならびに、ご令嬢テネルシア=ゼレンディア様、ご到着です!」


大きな声とともに、両開きの扉が開かれる。


------まあ、大方予想通りね。


会場に入るや否や、周囲からの視線が集まる。中にはあからさまに声を潜め、囁き合う者もいた。


次期王太子妃と噂されている者が、デビュタントに王太子を伴わなかったのだ。聖女を王太子妃に、という声もある。好奇の視線を向けられるのは当然だろう。


------お父様は気にしてなさそうなのが幸いね。


ちら、と父を見上げると、目が合った。


「どうした、ルシア。緊張しているのか?はっは、大丈夫だ。この空間で、君より輝いている者はいないよ。そのブローチも、ドレスとよく似合っている」


向けられた朗らかな笑顔に、無意識に顔が綻ぶ。


------悪い人では、ないのよね。


何を言われようが、噂は噂。

言いたい者には言わせておけばいい。

そんなことで、私が私であることは揺らがない。


結果、デビュタントは元々交流のあった令嬢と談笑し、見知らぬ令嬢に少しの嫌味を受け、幾人かの貴族令息と踊ったのみで、大きな事件もなく幕を閉じた。



*



デビュタントを終え、季節が二つほど過ぎた。

十五の誕生日を迎え、一人、気を引き締める。


今回は王太子妃候補。

今までとは違って王家の護りがあるとは言え、いつもなら、あと半年から一年で、私の命は終わる。


「ルシア様」


呼びかけられ、目の前で優雅にお茶を飲む少女を見る。

ステラと出会ってから、一年が経っていた。


------あの頃とは、見違えるようね。


表情をころころと変え、失言をしては真っ青になっていた小さな少女は、今ではすっかり淑女の雰囲気を纏っていた。


「どうしたの?」


「あの………、申し訳ありません。王宮の侍女から、先月、ルシア様が十五歳を迎えられたと伺いました」


「? ええ、そうね」


少し目を伏せ、申し訳なさそうに言う。

何を謝ることがあるのだろう。


「ルシア様にはこの一年間、とてもお世話になりましたのに…知らなかったとはいえ、お祝いの言葉さえ差し上げられなくて」


「そのようなこと…ステラ様がお気になさることではないですわ」


「いいえ、そういう訳にはいきません。淑女たるもの、礼は尽くさねば。なので、ルシア様」


「?」


顔を近づけ、口元を扇子で隠して、小さな声で言う。


「お誕生日のお祝いと、お祝いが遅れてしまったお詫びに………一つだけ、未来を視て差し上げますわ」


目を見開く私に、ステラは悪戯っ子のように笑う。


「…王家の方々には、内緒ですよ?」


「…………本当、に、未来が、視えるの?」


掠れた声で聞き返す。


「はい。と言っても、確定した未来ではありません。私が未来を視ることで、変わる……変えられる運命もあるからです」


確かに、ステラが王宮に来てから、報道される事件に"未遂"という文字が付くことが増えた気がする。


「なので、一番可能性の高い未来、とお考えください」


私の目を見て答えるステラ。

それ以上は言えない、という風に一度目を伏せる。


視えた未来は、変えられる。


------それならば。


「…………………勿体無いお申し出、ありがとうございます。では……」


喉が張り付く。

気付かれないよう、静かに息を整えた。


「……私の、最期を」


「最期、ですか?」


こてん、と首を傾ける。自分の死が見たいなんて、酔狂だと思われただろうか。それでも。


小さく頷いた私に、ステラはふわっ、と笑い、


「分かりました。では、お手をお借りしても?」


震えを抑えて手を差し出す。


「…………ええ」


私の手を挟むように、胸の前で手を組み、目を閉じる"聖女"。


「------………虹、が、見えます」


「虹?」


「ええ。

------窓から、陽がさしていますわ。視線だけ動かして……お年を召した手をされているので、もう自由には動けないのかもしれないですわね。でも、苦しさはなく……明け始めた空に、虹がかかっています。憂いも、苦しみも、悲しみもなく------」


伏せられた睫毛が上を向き、こちらを見つめて微笑む。


「------ルシア様は、とても穏やかに、最期を迎えられるのですね」


「…………私、が」


声が震える。


「優しいお方ですもの」


涙が溢れそうになる。喜びか、安堵かは分からない。


「ありがとう…………ありがとうございます、ステラ様……。行先を知れて、今世を、穏やかに生きられそうですわ」


「ふふ。喜んでいただいたのなら、良かったです」


事件を未然に防げている以上、ステラの力は本物だ。つまりは。


------あるのだ。そんな未来が。私にも。


「……それでは、私は、次の予定がありますので」


「ええ。ごきげんよう」


「ごきげんよう」


溢れそうになる涙を悟られぬよう、足早にその場を去った。


庭を抜けたところで、ルシェが合流する。


「………お嬢様?いかがなさいました」


訝しげに聞くルシェに、


「何でもないわ。何でもないの」


重ねて答えた。


------あるのだ。私にも。


未来が。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。