銀髪金眼の少女
聖女が現れたと聞いたあの日から数日。
私は王家に呼び出され、馬車に揺られていた。
「…大丈夫ですか、お嬢様」
「何が?」
「……………いえ、失礼しました」
------? 何だと言うのだ。まあいい、今はルシェに構っている場合ではない。
何度も繰り返した生の中、とうとう、アリステラと対面するのだ。
------流石に、緊張するわね。
王家から届いた手紙を要約するとこうだ。
"聖女の能力を顕現したのはアリステラ=エルヴェイン侯爵令嬢。アリステラ嬢は長らく病で伏せっており、貴族界の礼儀に疎い。年も近く、同じ侯爵家の令嬢として、作法や王家での生活をサポートしてやってほしい"
------何故、私が。
いや、言い分は分かる。公にされることはないが、アリステラは庶子。当然貴族界に知り合いなどいない。そのため、王太子殿下の婚約者として同年代の貴族令嬢とも交流を持つ私に、補佐役が回ってきたのだろう。
……前回までは、レイフォード公爵令嬢が務めていたのかしら。お気の毒。
アルヴェリクを慕っている女に、王家で------アルヴェリクの身近で暮らす女のサポートをさせる。
政略結婚であると割り切っている私でさえ、煩わしさを感じるのだ。胸中は苦しかっただろう。
「……見えてきましたね」
「ええ」
馬車が、王宮に続く一本道に入る。
アリステラとの対面まで、あと少しだ。
*
「------テネルシア=ゼレンディア侯爵令嬢のご到着です!!」
「入れ」
衛兵が、いつもの調子で告げると、大きな扉がゆっくりと動く。
その、扉の先に。
------小さい。
「……はじめまして、聖女様。テネルシア=ゼレンディアと申します。ルシアとお呼びください。どうぞよろしくお願いいたします」
「あっ、えっと、アリステラ……エルヴェインです。ステラとお呼びいただければと思います。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします!」
礼をとった私に、聖女------アリステラも、慌てて頭を下げる。
「はは、二人とも家格は同じなのだ。そう緊張せずとも良い」
国王が、微笑ましいものでも見たかのように笑う。
------そういう話ではないのだが。
こちらの胸中など構わず、続ける。
「さて、先に伝えた通りだが、ルシア嬢にはステラ嬢の指導役を頼みたい。ステラ嬢は我が国の慣わし通り、これからは王家預かりとなり王宮に住むこととなる」
「はい、伺っております」
「ステラ嬢はエルヴェイン家の出ではあるが、病を患っていたため貴族令嬢との交流はおろか、礼儀作法も教本でしか学んでいないそうだ。そこで、先に王太子妃候補として教育を受けてきたルシア嬢に、協力してほしいのだ」
「………病、ですか。お体の方は?」
「ああ、心配はいらん。病の方は、聖女の力の顕現と共に完治したそうだ」
チラ、とステラを見遣ると、目を泳がせた。
------なるほど。"そういうことになっている"のね。
過去の調べによると、ステラは庶子。エルヴェイン家とは聖女の力を得るまで接点がなかった。
それを誤魔化すため、エルヴェイン家が用意した設定だろう。そして、王家もそれを受け入れた。
「そうですか。お元気になられて、何よりですわ」
にこっ、と笑いかけると、顔を赤くして俯くステラ。
「あ、ありがとうございます……」
消え入りそうな小さな声で答える。
嘘を吐くのは苦手なのだろうか。
------可愛らしいこと。
改めて、ステラを見る。
艶やかな銀の髪。抜けるような白い肌に、愛らしい顔立ち。ドレスを着ていても分かる、華奢な体。
歳は私とそう変わらないはずだが、暮らしが豊かではなかったのだろうか。一回りは小さく見える。
そして。
長いまつ毛の奥の、金色の瞳。
「うむうむ。無論、王家からも教師をつける。指導役とは言っても、友人のように気楽に接してくれれば良いのだ。頼めるかな?」
にこにこと続ける国王。
断る権利など、あるはずもない。
「勿論でございます。謹んでお受けいたしますわ」
国王に礼をし、ステラに向き直る。
「ステラ様、私のことはどうぞ、姉とでも思って気楽に接してくださいまし」
「………おねえ………さま?」
驚いたように目を丸くしたあと、ぱぁあ!と明るい顔になる。
「はいっ!!ルシア様、ありがとうございます!」
……この娘は、社交辞令というものを知らないのだろうか。
あまりにも素直に言葉を受け取り喜ぶ様に、一瞬心配になる。
「ははは。良かったな、ステラ嬢。それでは、今日はひとまず交流を深めてくれ。庭園に茶を用意させよう。ルシア嬢、よろしく頼む」
「承知いたしました」
「しょっ、承知いたしました!」
笑いながら部屋を後にする国王を見送る。
さて。
「……それじゃあ、行きましょうか」
「はいっ!」
ステラを連れて、私も部屋を後にする。
扉の外でルシェが合流した。
「………………何か」
ステラが、めちゃくちゃルシェをガン見している。
「はわっ!す、すみません……。黒髪黒眼の方を初めて見たもので……綺麗だなと………し、失礼しました………」
またしても顔を真っ赤にして俯くステラ。
……銀髪金眼の聖女ほど、珍しくはないだろうに。
「そうですか。聖女様の瞳ほど、珍しくはないと思いますが」
一瞬きょとん、として、
「……あっ!そ、そうですね。本当に………失礼しました」
再び頭を下げるステラ。
「……?」
妙な間に、ルシェと二人、顔を見合わせる。
もう一度ステラを見るが、にこにことこちらを見ていて特に変わった様子はない。
「……じゃあ、行きましょうか」
「はいっ」
改めて、庭園へと向かった。
*
「わあっ……!」
庭園に着くと、ステラは小さな歓声を上げた。
「………っとと、えへへ。淑女たるもの、こういう時も大きな声は出さないんですよね。でも、すごいです。こんなに綺麗な景色……初めて見ました。まるで、天国みたい」
そう言って瞳を輝かせる様は、それこそ天使のようだった。
「ふふ、そうね。庭園で言うなら、間違いなくこの国一番だと思うわ。さ、もう少し先に東屋があるの。そちらにお茶が用意されているはずよ。行きましょう」
「はいっ!」
鼻歌でも歌い出しそうな軽い足取りで後をついてくる。
間もなく、東屋が見えた。
「わぁあ……っ!」
並べられた茶菓子に、目を輝かせる。
------平民には、砂糖は高級品ですものね。
「すごい…こんなにお菓子が……クッキー、ケーキ、スコーン……どれも美味しそう……ルシア様、これはなんですか?」
「それは木苺のタルトレットね」
「へぇえ…!すごい、貴族になると、こんなに美味しそうなお菓子が沢山出てくるんですね!」
「………………ステラ様も、貴族でしょう?」
「あっ」
笑顔を作りながら、頭を抱える。
感想が、素直すぎる。確かにこれは正式な教師に会わせる前に、指導が必要かもしれない。
ちら、とルシェを見ると、ため息をつくかのような表情で肩をすくめる。
「………とりあえず、いただきましょうか」
どうしよう、という顔を隠しもせず焦っているステラに声をかけ、椅子に座る。
「えっ!これ、全部食べてもいいんですか!?」
「………全部食べる気なの?」
「えっ、あっ、いえっ……そういう訳では……」
真っ赤になって手をパタパタと振るステラ。
借りてきた猫のように小さくなるその姿は、どう見ても年相応の、ただの少女だ。
「……ふふ。冗談よ。もちろん全部召し上がっても良いけれど、淑女の嗜みとしては、少し控えめにしておく方が上品ね」
「………そうなんですか………こんなに美味しそうなのに………」
分かりやすく、肩を落とす。
「……でも、今日は初日ですものね。好きなだけ召し上がってくださいな」
「え!いいんですか!!ありがとうございます!!」
くるくると変わる表情に、強烈な既視感を覚える。
------そうか。
ルシェに、似ているのだ。
あの日------ギオを処理した、あの日までのルシェに。
「……ステラ様、紅茶にミルクは?」
「ミルク?お茶に?ですか?」
「ええ。そういう飲み方もあるのよ。試してみる?」
「はい!」
会話をしながら、茶会の作法についても教えていく。
ステラはまだ十二歳のはず。デビュタント前なら、他の貴族令嬢との交流はお茶会が主流となるはずだ。
茶器の持ち方から、菓子の取り方。一口の大きさ。お代わりを頼むときの言葉遣いまで、丁寧に教えていく。
「………すごいですわ、ステラ様。完璧です。覚えが早いのですね」
「本当ですか?嬉しいです!」
教本で学んだ、というのもあるだろうが、まさに聖女の資質とでも言うべきか。
基本的に一度教えたことはすぐに実践し、自分のものにしていく。所作だけ見れば、最初から貴族令嬢として生まれたと言われても違和感がない。
------こんなところまで、ルシェに似ているのね。
尤も、ルシェが持ち合わせていたのは貴族の才ではなく戦闘の才だったが。
「………それにしても、本当に神秘的ですわね」
「え?」
「ステラ様の瞳……金色の瞳だなんて、今までの人生で、見たことがありませんわ」
貴女以外には、と、心で付け足す。
「あぁ!そうですね、私もまだ慣れなくて……聖女の力を授かるまでは、よくある青い瞳だったのですけれど」
「え?」
「はい?」
にこにこと笑顔を崩さずに言うステラ。
------今、なんと言った?
「………瞳の色が、変わったのですか?」
「? ええ、何でも、歴代の聖女様も皆様金色の瞳をお持ちだったそうです。すごいですよね、初めて知りました!」
屈託なく笑う。
------私も、初めて知ったわ。
「ステラ様、それは…………………」
「はい?」
「機密事項なのでは?」
「えっ!?」
ステラの顔から、さっと血の気が引く。
「き、機密………ですか?」
「…私も昔、憧れから聖女様について随分と調べたことがあります。けれど、どんな文献を読んでも、瞳の色が変わるという記述はありませんでした」
「…………………」
「王家から、口外しても良いと言われましたか?」
「………………言われて、ません………」
「でしたら、今後は話さない方がよろしいかと。瞳のことだけではなく…聖女については、機密とされていることが多いはずですから」
「は、はい………ありがとうございます」
「………………落ち着いて。ここには、私とルシェしかいないわ。ルシェは私の専属護衛よ。常に私の傍にいるし、秘密は漏らさない。そうね?ルシェ」
「はい」
「……ね?私も今貴女から聞いた話は口外しない。だから、大丈夫。そんな顔をしなくてもいいわ」
「ルシア………さま…………」
今にもこぼれ落ちそうなほど、目に涙を溜めてこちらを見上げる。
「ありがとう……ありがとうございます、ルシア様。知られたのが、ルシア様で良かった……」
「あら、光栄ね。ほら、涙を拭いて。気分転換に、少し庭園を散歩しましょうか。もう少し奥には池もあるのよ」
「はい…。お池、見たいです」
「ええ、行きましょう。水蓮が見頃だと思うわ」
「すいれん………水のお花ですか?」
「あら、見たことない?白やピンクの花で------」
会話をしながら、連れ立って歩く。
最初は見るからに落ち込んでいたステラだが、少しずつ元の調子を取り戻し、池に着く頃にはすっかり元気になっていた。
「わぁ……!すごい、水の上にお花が咲いてます……!」
池一面に広がる水蓮を見て、今日何度目かの歓声を上げる。
「水蓮は南の方の原産ですものね。西の方のエルヴェイン領では、栽培が難しいのかしら」
「あ、西の方では……どうでしょう。私も生まれは西なのですが、育ったのは北のセルレイ領の方なので…」
北。それも、国境沿いの領地。
------どうりで、あれだけ探しても見つからなかった訳だ。
「あら、そうなの?」
「あっ、……ええ、北の方が空気が澄んでいて療養に良いとのことで、生まれてすぐに移ったそうです」
「そうでしたの。いくら療養とは言え、大変でしたわね…。本当に、お元気になられて何よりですわ」
「ありがとうございます」
「そういえば、ステラ様は中央語もお上手ですものね。エルヴェイン家の方には西の方の訛りをお持ちの方もいらっしゃるのに」
「ありがとうございます。言葉は、母が……中央の出身でしたから。いつ王都へ行っても恥ずかしくないようにと、教えてくれました」
------中央の出身「だった」。
過去形ということは、亡くなっているのだろう。
「……作法については、教本で学んだとお聞きしましたわ。もしかしてそれも、お母様が?」
水蓮を眺めながら、少し遠い目をしたステラに尋ねる。
「はい」
「なるほど。ステラ様のお母様は、とても、ステラ様のことを想っていらしたのね」
「! はい!」
「まるで、いつかステラ様が王宮へ来ることを知っていたみたい。もしかしたら、お母様にも先見の力があったのかもしれませんわね。……なんて」
「……あ、ルシア様は能力のことをご存知なのですか?」
「ええ。アル……王太子殿下から、伺う機会があって」
「そうなのですね」
何故か、少しほっとしたような表情を浮かべる。
------聞いてみるか。
「私の未来なども、見えるのかしら」
少し、困ったような表情を浮かべる。
「……すみません。個人の意思で能力を使うことは、禁じられております」
「ふふ、冗談よ。もしそうなら……怖いな、と思っただけ」
「怖い、ですか………?」
「ええ」
「………………」
「………………ぷっ」
何かを言おうとし、口を開いては閉じてを繰り返すステラを見て、つい笑ってしまった。
「っふふ、本当に冗談だから、気にしないで」
「は、はい………。………っあの、ルシア様」
「なあに?」
「あの、あの………………!今は、ルシア様の未来は、見えておりません!その……、私の能力を使うには、条件がありますので」
思わず、目を丸くする。
ステラなりに考えて、言える範囲で、私の恐怖を取り除こうとしてくれたのだろう。
------優しい子だな。
「………ありがとう」
「いえ…」
それはそうと。
「ところでステラ様」
「? はい」
「先ほどの出自の話ですが、詳しい地域などについてもあまり口外なさらない方がよろしいかと。育った地域が分かれば、当時の貴女を知る者を探すこともできます。そこから何が漏れるか分かりませんもの。
それから、先ほどの"条件がある"というお話……これも、言わない方がいいですわね」
ピシャリと言う私に、
「あう………き、気をつけます………」
半泣きになりながら落ち込むステラ。
「……でも、お気遣いは嬉しかったですわ。まだ、交流初日ですもの。これから少しずつ、会話の交わし方を学んでいきましょう。私も協力いたしますわ」
「……はいっ!よろしくお願いします、ルシア様」
そう言って礼をとるステラは、もう立派に淑女への一歩を踏み出していた。
------そう、まだ初日。
運命の日まで、残り約二年。
今は幼いこの少女が、その日までに私の天敵とならないよう、立ち回らなければならない。
------ここからは、未知の領域ね。
並んで池の上で揺れる水蓮を眺める。
天を仰ぐと、青い空がどこまでも続いていた。




