伝説の聖女
「………ねえ、ルシア。デビュタントが済んだら、王家で行っている魔術研究を見にこないかい?」
たわいもない会話の途中、唐突にアルが問いかける。
王太子妃教育に追われる私を気遣ってか、王宮に訪れた際には、お茶に誘われることが多かった。
私などとは比べ物にならないほど忙しいだろうに、少しの時間でも共に過ごそうとしてくれる姿勢には、素直に好感が持てた。
カチャ、と紅茶を置き、続ける。
「君の魔術知識は素晴らしい。きっと、研究の役に立つと思うんだ」
------以前言っていた話ね。
この国では、貴族の娘は全て、十四を迎えた年に社交界入りするのが慣わしだ。
基本的には近親の男性がエスコートを務めるが、婚約者がいる場合には、その相手と共にデビュタントに参加する。
たとえ正式な発表前でも、親族以外の男性を伴えば、それは婚約者であるという暗黙の了解となっていた。
------お世辞じゃなかったのか。
真っ直ぐにこちらを見つめ、真摯な表情で話すアル。
デビュタントが済んだら、ということは、やはりエスコートを引き受けるつもりなのだろう。
公式発表はまだ先の予定だが、社交界に王太子殿下の婚約者であると周知されれば、当然、王家の一員として扱われる。
------公にしていない研究を見せるには、いい頃合いということね。
「ええ、ぜひ」
にっこりと笑って答える。
「本当かい!?それなら------」
「ご、ご歓談中失礼致します!!!」
バタバタバタ!と、衛兵が話に割って入る。
------あら?
服装が、いつもの衛兵とは違っている。
------あの制服は、国王直属の近衛兵ね。ということは。
「………なんだ、騒がしい」
アルには珍しく、ムッとした表情で近衛兵を見遣る。
「国王陛下が、至急お戻りになるようにと」
「父上が?要件は」
「それは…………」
言い淀む。
「申せ」
「……は。聖女が、現れたとのことです」
------きたか。
そう思う私とは裏腹に、目を丸くするアル。
「聖女…!?誠か!?能力は!?」
------しめた。
聖女に与えられる力は、いつの時代も同じではない。
戦乱の世には武を。疫病の世には癒しを。
その時代に最も必要とされる力を授かって現れるのが、聖女なのだという。
そして、その力は国の命運すら左右するが故に、原則として公にはされない。
私が知っているのも、歴代の聖女について残された僅かな記録だけ。
アリステラの能力については、何度繰り返しても知ることができなかった。
「それは………」
近衛兵が、チラ、とこちらを見たのを、アルヴェリクは見逃さなかった。
「……貴殿にまで伝えられているのだ。彼女は未来の王妃。知られて困ることが?」
先ほど話を遮られたことも関係しているのか、厳しい表情で言うアルに、
「い、いえ!失礼いたしました。今回顕現された聖女の能力は…………先見、だと」
------先見。
ドクンッ、と、心臓が大きく脈打つ。
「先見………!?未来が、視えるというのか………?馬鹿な。いくらなんでもそんな話……」
私の心中を代弁するかのように、アルが呟いた。
「…………ルシア、すまない。一先ず、私も聖女の元に向かおうと思う。先ほどの話は、また後日にさせてくれるかな」
「ええ、もちろんですわ」
「では」
挨拶もそこそこに、足早に去っていくアル。
その背を見送りながら、脈打つ心臓を鎮めようと息を吐く。
------未来が、見える?
俄には信じがたい。しかし、私は知っている。
この世には、常識から外れた存在がいるということを。
------私の、未来も
「ルシア様も、戻られますか?」
アルが去ったのを見て寄ってきたのだろう。
先ほどまで声の届かない位置にいた護衛役が、いつの間にかそこにいた。
思いもよらない聖女の能力に、随分と気を取られていたらしい。
「…ええ。今日は、邸へ帰った方が良さそうだわ。馬車の手配をお願い」
「は!」
冷めた紅茶を飲み干し、立ち上がった。
------今は、考えても仕方ない。
無理やり思考を閉じようとする。
まだ、聖女の正確な能力も、その真偽さえ、分からないのだ。今の私は、非公式とはいえ王太子の婚約者。王家に保護されたアリステラと、相対する機会もあるだろう。
馬車に乗り込み、王宮を後にする。
------その機会は、思いの外早く訪れた。




