王家の責務
「護衛殿は、こちらでお待ちください」
応接室に続く扉の前を示される。
ほんの一瞬不服そうな表情を浮かべた後、大人しく従うルシェ。
それを確認し、衛兵がすう、と大きく息を吸う。
「失礼いたします!オルストン=ゼレンディア侯爵閣下、並びに、ご令嬢、テネルシア様、ご到着でございます!」
扉の先に向かって、大きな声で告げる。
隣に立つ父親は、事の重大さが分かっているのかいないのか、いつも通りのにこにこ顔だ。
「入れ」
ガチャ、と扉が開けられる。
華美ではないが、整えられた室内。置かれた茶器も値の張るものだと一目でわかる。
父とともに室内へ進み、国王の前で足を止める。
金の髪に、緑にも見える青い瞳。切れ長の目元に、整った顔立ち。
歳は父と同じか、少し上くらいか。しかしそれさえ、老いではなく威厳としてそこにある。
ドレスの裾を摘み、深く腰を落とした。
「テネルシア=ゼレンディアにございます。この度は国王陛下、並びに王太子殿下にお目通りの栄誉を賜り、光栄に存じます」
「顔をあげよ」
「はい」
姿勢を戻す。
「随分と早かったな。いや何、悪いことではない。ただ、急な来訪ゆえ、王妃は別の予定があり参加できない。その点は承知してくれ」
------当然だ。王家に対して、いくら婚約の打診を受けたとは言え、遣いを出したその日に押しかける者があるものか。
ただ、幸いなことに、その声に怒りは感じられない。
「………大変失礼をいたしました。国王陛下、並びに、王太子殿下に拝謁賜われると伺い、父も気が急いてしまったようでございます。何卒ご容赦くださいませ」
再び深く礼を取る。
一拍遅れて、隣の父も慌てて頭を下げた。
------これでよく、侯爵位が務まるものだ。
十二の娘に遅れをとる父が愉快だったのか、国王がはは、と声を上げる。
「それほど畏まらずともよい。そもそも、婚約を申し出ているのはこちらなのだ。気を楽にしてくれ。まあ、座りたまえ」
「ありがとうございます」
促されるまま、父と並んでソファに腰を下ろす。
「さて。要件は聞いているね?」
国王に聞かれ、こくりと頷く。
「はい。王太子殿下との婚約のお話と伺っております」
「うん。私としては、テネルシア嬢には是非アルヴェリクと婚約を結んでほしいと思っている。勿論二人ともまだ若いから、公式にはもう少し先の話になるが……君自身は、どう思っているかね?」
「身に余る光栄にございます」
意外だ。
これが、あの冷たい瞳の王と、本当に同一人物なのだろうか。相手は、王なのだ。その一存で、婚姻など簡単に進められる。
------それなのに、まだ十二の私にさえ、敬意を払ってくれるのか。
国王の横で静かに座っている王太子殿下------アルヴェリクに目をやると、アルヴェリクも同じくこちらを見遣り、微笑む。
国王によく似た容姿の中に、幼さを残した少年。
スッ、と立ち上がり、私の前で跪いて手を取る。
「ご挨拶が遅れました。私はアルヴェリク=ヴァレンティア。先ほど父からもお伝えしましたが、私の婚約者になっていただきたい」
手の甲にキスを落とし、再度微笑む。
------これは、普通の少女なら恋に落ちるでしょうね……。
普通でなくて良かった、なんて。生まれて初めての感情かもしれない。
「テネルシア=ゼレンディアです。勿体無いお言葉でございます、王太子殿下。本当に、私などでよろしいのですか?」
立ち上がり、こたえる。
------少し、淡々としすぎたかしら。
私の返答に一瞬面食らったような顔をして、すぐにまた微笑みを浮かべる。
「もちろん。私のことはアルと呼んでください。もし承諾していただけるのであれば、どうでしょう。親睦を兼ねて、少し庭でも散歩しませんか?」
------承諾も何も。
元より貴族。
政略結婚など、当然の義務だ。
「アル……様。ありがとうございます。是非ご一緒させてください」
今度は少し、照れたような顔で返答する。
手を取り合い足を踏み出そうとしたところで、
「おお!!では、これで晴れて婚約が成立したということですかな!?いや、めでたい!王太子殿下、どうか娘をよろしくお願いいたします!」
「お父様…………」
空気の読めない朗らかな声が響き、思わず額に手を当てたくなる。
「ゼレンディア侯。まだ正式な婚約ではないぞ」
まさか、この冷静な声に賛同する日が来るとは思わなかった。
「おお、これは失礼を!」
「ははは。まあ、そう急くな。二人にはまず互いを知ってもらわねばならん」
「寛大なお心遣い、ありがとうございます…」
先ほどまで苦手意識を感じていた国王に、本当に申し訳ない気持ちになってくる。
「ただ、テネルシア嬢。庭へ向かう前に、一つだけ覚えておいてほしい」
声の調子が変わる。
「王家に嫁ぐということは、華やかなことばかりではない。いずれは王妃としてアルヴェリクを支え、国を支え、次代へと血を繋いでもらうことになる。それが、王家に------国を守るものに嫁ぐ者の責務だからだ」
真っ直ぐにこちらを捉える青い瞳に、
「……心得ております」
視線を逸らさず、静かに応える。
一瞬、無言の時間が過ぎ。
ふ、と国王が表情を崩す。
「無論、今すぐに背負えと言っているわけではない。君はまだ十二だ。ゆっくり学んでいけばいい」
「ありがとうございます」
「それに、対策を進めてはいるが……魔獣や犯罪組織の被害もある。王家に入るというのであれば、君の身もまた王家のもの。全力で守ると約束しよう」
------守る。
何度も私を処刑台へ送った、あの王が。
守ると言った。私を。
「………ありがとう、ございます……」
震えそうになる声をどうにか押し込め、頭を下げる。
「婚約のお話……ありがたく、お受けいたします」
重々しい空気が、パッと明るくなる。
「そうか!決断を嬉しく思う。これからよろしく頼むぞ」
「はい。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
「良かったなあルシア!早速帰ってパーティの準備を」
「ゼレンディア侯は少し私と話そう。アルヴェリクとテネルシア嬢は、庭園に行くといい。薔薇が見頃だ」
「え?あ、は……」
戸惑う父を横目に、アルヴェリクに手を取られる。
「お気遣いありがとうございます」
「では父上。行って参ります」
アルヴェリクと揃って一礼し、部屋を出ると、扉の外に控えていたルシェと目が合った。
「待たせたわね、ルシェ。王太子殿下………アル様に、庭園をご案内いただくことになったわ。付いてきて」
その言葉で全てを悟ったのだろう。少し目を見開いた後、いつもの笑みを浮かべて応える。
「………はい。お嬢様、おめでとうございます」
「君の従者かい?ずいぶん若いんだね」
「護衛ですわ。従者も兼ねておりますけれど、私の専属ですの」
「へえ!この若さで専属だなんて、優秀なんだね」
「ええ、とても。ご挨拶させていただいても?」
「ああ、これは失礼。私はアルヴェリク=ヴァレンティア。ゆくゆくはルシア嬢と婚約を結ぶことになる。専属の護衛ならこれから会うこともあるだろう。優秀な人材がこの国を支えてくれるのは、私としても心強い。よろしくね」
「ルシェリオ=ラジェです。どうぞお見知りおきを」
頭を下げたルシェに笑顔で頷き、私たちは庭へ向かった。
「------本当に、見事ですわね」
流石は王宮。
赤、白、薄紅色。寸分の狂いもなく整えられた庭園に、色とりどりの薔薇が咲き誇っている。
「母上が薔薇をお好きでね。いつも素晴らしい仕事をしてくれるけれど、特にこの時期は、庭師たちが張り切るんだ」
「まあ、そうなのですね。王妃様もよくこちらへ?」
「うん。今日は残念だったけれど、次は是非母上にも会ってくれると嬉しい。きっと君を気に入ると思う」
「そうだといいのですけれど」
顔を見合わせて笑う。
------普通だ。
いや、何なら好青年と言ってもいい。
会話の引き出しも広く、さりげない気遣いに柔和な雰囲気。歳は確か十五だったか。
年相応の気さくさもあり、今まで王家に抱いていた印象とは、何もかもが食い違う。
「数年後には家族になるんだ。少しずつ交流を深めていこう」
------数年後には。
事もなげに言う。彼にとっては当たり前に来る未来。
------その横に、私がいる。
「……お」
「ルシア嬢、どうかしたかい?」
「……いいえ、何でもありませんわ。あまりにも綺麗なものだから、見惚れてしまって」
「そうか。そんなに気に入ってくれて嬉しいよ」
にこやかな王太子殿下。後ろを静かについてくるルシェ。
先ほどの国王の言葉を思い出す。
『いずれは王妃としてアルヴェリクを支え、国を支え、次代へと血を繋いでもらうことになる』
次代へ、血を繋ぐ。
------子を、産む。
誰が?
私が。
目の前を歩く、この少年と夫婦になって。
------あるのだろうか。
そんな未来が。
私にも。
「きゃっ!」
「わっ」
強い風が吹き、思わず顔を逸らすと、ルシェと目が合った。いつもの、ルシェ。
「風が出てきたね。戻ろうか」
「はい」
『それが、王家に------国を守るものに嫁ぐ者の責務だからだ』
国王の言葉を、もう一度噛み締める。
ぐっ、と。
人知れず、拳に力を込めた。




