第3話 寝ぐせが酷すぎる
僕は自宅のアパートで悶々としていた。気になるのは鬼龍院さんである。
僕は部屋着で台所の椅子に座り腕を組んでいた。やっぱりどう考えてもおかしい。亡くなっているはずの彼女が募金活動に参加したなんてあり得ない。僕が話していた相手は幻でも幽霊でもなかった。絶対に生きた人間の気配だったのだ。
「まだ先日の事で悩んでいるのか? お前も暇だな。過去に囚われるのは人間の悪い癖だ」
神様は足をバタつかせて僕の隣に座っている。テーブルの上には本が開かれていた。
「何か嫌な予感がします」
「この世には神様がいるのなら幽霊的なモノもいるんじゃないのか? おい流星。次のページ」
神様はこの世界の物に触れられない。本のページも自分で捲れないのだ。僕は父さんが買ったリーダーシップの極意という啓発本のページを捲ってあげた。というか、神様という絶対的な存在なのにリーダーシップ能力が必要なのだろうか。そもそも人間の本で啓発される神様ってどうなのだろうかと疑問に思うが今は関係ない。
「神様。今から事故現場に行ってみませんか?」
今日は土曜日で学校が休みだ。夕方だけれど日が沈む前に帰れば問題ない。しかし神様は僕の方を見向きもしないまま一言だけボソッと呟く。
「無理。俺は忙しい」
「忙しいって……本は後でも見れるじゃないですか?」
「いやはや……流星に問う。流星は俺がリーダーになれなくてもいいのか? 部下を導く存在になれば俺も一つ成長できる。後じゃ駄目なんだ。今が全てだ」
隣から僕を見上げてドヤ顔をしてくる。他の人なら可憐な少女のドヤ顔は可愛いと感じるだろう。ただ見慣れた僕は吐息をつきながら立ち上がる。神様が嫌がるのなら僕にだって作戦がある。あまり意地悪するのは好きじゃないけれど心に巣食う嫌な予感を払拭する為だ。
「分かりました。じゃあ僕だけ行きます。本の続きは自分で勝手に読んで下さい」
「お前……まさか悪魔か?」
本物の神様に悪魔呼ばわりされるのは何だか不思議な感じだった。というか悪魔と言われるほど残酷な事はしていない。少し嫌味を混ぜていたのは罪悪感があるけれども。
現世の物に触れられない神様は一人で本を読めない。大好きな甘い物だって僕の身体を介さないと食べられないのだ。
「じゃあ一緒に行きましょう」
「他人を恐怖で支配しようとするのは権力者だけにしろ。しかもだ。この愛らしい神様を脅すなんていい度胸だ。いいだろう。例の物を俺に献上するのなら着いて行ってやる」
例の物とは冷凍庫に眠ったアイスだとピンときた。神様のすぐに交渉したがる癖は昔から変わっていない。お金を持たない神様が食べる甘い物にお金を使っているのは僕だ。
僕の家庭は決して裕福じゃない。食事の材料も節約しているので自分が食べたいお菓子なんて買わない。父さんが頑張って稼いだお金を無駄使いしたくない。
ただ、神様がおねだりするので父さんに相談して少しだけ買うようにしている。父さんも神様にお供え物だと笑って許してくれていた。
「来月の分のアイスでしたが……はぁ……分かりましたよ。冷蔵庫のアイスを帰ったら食べさせてあげます」
すると神様の口角が徐々に上がる。嬉しいのを我慢しようとしているのが見て取れるので可愛らしい仕草だった。
「アイス程度で俺に指図できると思うなよ。だがしかし! 愛すべき信者である流星の望みを聞かない訳にはいかない。迷える子羊を導くのも神様の仕事だからな! ほら早く支度しろ! リーダーは時間にうるさいのだ!」
小さい声で「アイス、アイス」と呟きながら玄関へ向かう。足取りが軽く喜んでいるのが分かる。まるで遊園地に向かう子供のようだった。
本当に神様は素直じゃない。見た目は可愛いが中身は面倒くさい大人なのだと改めて感じた。すると背後で戸が開く音が聞こえた。
「おはよう流星」
「おはよう父さん。ご飯は冷蔵庫の一番上の段にあるから」
父さんが目を擦りながら台所へ向かう。そして冷蔵庫を開けて覗き込んだ。
「今日は卵焼きか。ありがとう。美味しくいただくよ」
寝ぐせで髪の毛が飛び跳ねている父さんが欠伸をしながら冷蔵庫から牛乳を取り出す。父さんは夜勤警備の仕事をしているので昼夜逆転の生活をしている。忙しい父さんの為に家事全般は僕が担当していた。豪華な暮らしとは程遠いけれど僕は父さんとの二人暮らしに何の不自由も感じてはいない。
「あと今から出掛けるから戸締りよろしくね」
「また神様の所か?」
すると玄関の前で神様が「早くしろ」と催促してくる。
「神様と出掛けてくる。ちなみに神様は玄関で僕を呼んでるよ」
すると父さんは玄関の方へ歩き出して手を合わせて瞳を閉じた。
「アマテラス様。流星に不幸が訪れないように見守って下さいね」
「貴様もしつこいな。分かっていると何度も言っているだろうが……それに神に真面目に祈るというのならまずは身なりを整えろ。寝ぐせが酷すぎる」
父さんが視えない神様に祈るのはいつもの光景だ。母さんを事故で無くしてから心配性になっている。過保護すぎるのは困るけれど僕を大切に想ってくれているのは純粋に嬉しい。父さんのこういう所が母さんも好きだったのだろうと成長した今は分かる。不器用な人だけど家族を大切にしてくれる誇らしい父親だった。
「神様は俺に何か言っていたか?」
「祈る前に寝ぐせをなおせって言っている」
「相変わらず手厳しいな」
僕が神様の言動を正直に答えると父さんが笑う。
僕も釣られて笑ってしまった。




