第2話 神話の始まりなのかも知れない
白いワンピースの少女は艶のある黒髪を風で靡かせる。透き通った白い肌に白いワンピースは似合っているのだけれど季節的に薄着過ぎる。商店街を歩く人に半袖の人は一人もいない。
僕は少女の大きな赤い瞳を眺めながら囁く。
「神様……何でこんな場所にいるのですか?」
「流星の様子を見に来たのだ。俺が来て嬉しいだろ?」
「嬉しいですけど。じゃあ募金お願いします」
「俺は賽銭を貰う側だ。そもそもお金を持っていない」
「ですね」
彼女は正真正銘の神様だ。日本の古い神で本当の名前はアマテラスと自称している。僕の母さんが巫女だったので僕にも神様の存在を感知出来るらしい。生まれた時からの付き合いなので少女が神々しい存在という事実はあやふやになっていた。僕としては僕を困らせてくる幼馴染という立ち位置でしかない。
「何しているのかしら?」
不審に感じたのか鬼龍院さんが問いかけてくる。神様は他の人間には見えない。基本的に神様はこの世界の物に触れられない。もちろん僕以外の人間は触る事すら許されない存在だ。傍から見れば僕が独り言を話していると思われるだけだ。
正直、誰かといる時は話し掛けて欲しくはない。以前にお願いしたのだが神様は自由人なので僕のお願いを聞いてはくれない。
「うーん。この娘は流星に合っていない。何というか……卑屈感と悪意が漏れ過ぎだ。付き合ったら他の女の連絡先を消してと言いそうな顔をしている。下着は黒だな」
見た目は愛らしい少女なのだが中身は面倒くさい大人だった。見えない事を良い事に鬼龍院さんのスカートの中を覗こうとしゃがみ込んでいる。
僕は真顔で手を伸ばして阻止した。すると邪魔された神様は純真無垢な瞳で見上げてくる。
「深淵を覗かなければ真実は見えない。机上の空論は馬鹿でも出来る」
「真面目風に答えてもダメです。いい加減セクハラ癖は止めた方がいいですよ」
小さく囁くと神様は腕を組んで近くのベンチにちょこんと座った。
神様がこの街に危険が訪れていると言い出したのは先週の事だった。次の日曜日は街の探索に向かうと言っていたのだが僕には募金活動の用事があった。まぁ、この街に危険が訪れるかも詐欺は過去に何度もあったので付き合わなくても大丈夫だと分かっている。神様は僕と遊びたいだけの口実に街を危険に晒しているようだ。
本当の神様なのだから嘘を付くのは止めてもらいたい。僕としては募金活動が終われば神様と遊びに行くつもりだったのだが待てなかったのだろう。
「……何かあったの?」
「別に何もないよ。じゃあ募金活動を再開しようか」
その後、募金活動を頑張ったが思うように成果が得られなかった。結果的に他のペアに比べて金額が圧倒的に少なかった。鬼龍院さんは先に帰ってしまったので僕一人で生徒会長に謝罪した後で帰路に着いた。
予想はしていたけれど少しだけ落ち込んでしまう。せっかく進んで参加したのに貢献できなかったのが悔しかった。やっぱり僕の顔の傷が目立ってしまうのかな。
「よし。ではまず公園に行くぞ! かくれんぼに興じようではないか!?」
「えぇ……神様って姿を消せるから勝ち目ないじゃないですか」
神様とは小さい頃からかくれんぼ対決で勝った試しがない。ただ、勝ち誇って喜んでいる神様の笑顔が好きで負けるのが分かっていても付き合っていた。
「もし俺に勝ったら願いを何でも叶えてやるぞ? どうだ? やる気はでたか!?」
小さい拳を握ってはしゃいでいる姿を見ると可愛い子供にしか見えない。
「神様に願いを叶える力なんて無いでしょ? 暗くなったら終わりですからね」
生まれ変わったばかりの神様に奇跡の力はないらしい。
ただ生まれ変わったばかりと言っても数百年は生きているらしい。数十年前、僕の爺さんが神主だった神社に訪れてから住み着いたと母さんは言っていた。今では誰も通わない神社となっているので山の奥にある廃れた神社に住んでいる神様は孤独だった。
参拝客はいない。神様の姿は人間には見えない。巫女だった母さんが死んでからは僕以外の人間と話せない。
神様は強がっているのか孤独は淑女の嗜みだと口では言っているが淋しいのは分かっていた。だからこそ僕は出来る限り時間を作って神様と会う事に決めている。
僕にとって神様はかけがえのない友達だった。
「そうだ流星。さっきの悪意ある女はお前が好きなのか?」
「さっきの? もしかして鬼龍院さんですか?」
「名前はどうでもいい。それでどうなんだ?」
「残念ながら僕は嫌われているようですよ」
「そうか。お前に興味があるように見えたのだが……」
「何ですか? 詮索しても何もありませんよ?」
十字路で立ち止まった神様は腕を組んで首を傾げた。すると「気のせいだとは思うのだけれど」と前置きしてから僕を赤い瞳で見上げてくる。
「俺と一度だけ目が合ったんだよ」
姿が見えない神様と目が合うなんてあり得ない。
もし神様の存在が視えるのだとすれば僕と同じで特殊な能力があるはずだ。
「神様……それってもしかして――」
「俺も罪な神様だ。どうやら俺の愛らしさが神の領域を超えたらしい。神の特性を超越する可愛さ……これは神話の始まりなのかも知れない。どう思う流星?」
舞台俳優のように悦に入る神様はお尻を突き出して左右に揺らす。ふざけているのが分かるので僕は驚きを一瞬で隠した。幼稚園のお遊戯ゾーンに入った神様に反応すると調子にのる。目の前で腰をフリフリする神様は可愛らしい。
ただ、見た目と動作だけだ。
僕は中身が面倒くさい大人なのだと知っているので無言を貫ける。他の子どもだったら可愛いねと遠慮せずに手拍子していただろう。
何とか乗り切った僕は意味のない動作を無視して歩き出すと「可愛さの天秤を図りかねたか?」と呆れた声が背中を押した。
どういう意味ですかと言いたいのを我慢して前だけを見て歩く。神様の勘違いでなければの話だが本当に鬼龍院さんが神様の存在が視えたのなら彼女は僕と同類となる。
神様が視えるというのは悪魔も視えるという事になる。
僕はアマテラスという少女風の神様に守られているから悪魔が近寄ってこない。
ただ、もし鬼龍院さんが神の加護を受けていないのなら危険が迫る可能性もあった。
気になった僕は次の日に学校で鬼龍院さんを探した。
しかし他のクラスを回っても鬼龍院さんの姿はどこにもなかった。
僕は怖がられるのを承知で他のクラスの女の子に尋ねると鬼龍院さんは先週に交通事故で亡くなったと聞かされた。




