4話 リナの負の感情
使用人として雇用してもらえることになりました。
せっかく雇ってもらったからには早く仕事を覚えて一人前になる所存だ。
そのためにもぜひ先達のご指導をお願いしたい。
と言うことで他の使用人について聞いてみたんだが……。
「え?この屋敷ってお嬢様1人しかいないんですか?」
「みんな辞めてしまったのよ……」
以前雇っていた人は全て辞めてしまい、この半年はお嬢様が1人で暮らしてたそうだ。
ずっと領地のことに頭を悩ませる日々だったから掃除なんてほぼ手付かずだったとか。
「給金が払えなくて……」
「なるほど」
「みんなそれぞれで生活があるものね。辞めていくのも仕方ないことだわ」
俺の給金を払えないって話じゃなくて、誰の給金も払えない状態だったのか。
「とにかくお金よ」
「ごめんなさい。私がもっとうまくやっていたら…」
「リナちゃんは良くやってくれているわ。悪いのは全て行方不明になったあたしよ」
どうやらお金がない、力も無い、無い無いばっかでキリがない状態らしい。
「明後日には商人に借金の返済を求められるわ。でもむしろお金をもっと借りられないか相談することになるかも」
「返済もできてないのに更にお金の相談なんて無理なんじゃ……」
金策のアイデアが無い状態で借金の返済期限は明後日かぁ。これは本格的にやばいんじゃないかなぁ。
「何かアイデアが欲しい……」
難しい問題だし、なかなかいいアイデアなんて出ないんじゃないかなぁ。知恵を貸してくれる人がいれば……。
あ、そう言えばシドには他にも家族がいるはずだよ。
神の園で聞いた時は4人家族って言ってたな。
奥様と娘が2人のはず。リナお嬢様と後1人お姉さんがいるはずだ。確か名前は確か《ミラ》お嬢様だったな。
「そう言えば奥様とミラお嬢様はどうされているんですか?」
――聞いた瞬間空気が変わった気がした。特にリナお嬢様は先ほどより明らかに辛そうな顔をしている。
「妻は……病気療養中よ。だからここにはいないの。ごめんなさいイアック。今は詳しいことは話せないわ」
妙な空気になったな……。
これは地雷を踏んだか……?もしかして奥様の容態はあまり良くないのだろうか。かなりデリケートな部分っぽいぞ。
「ミラお姉ちゃんは学園にいるの……」
「……了解しました」
ミラ様の方も訳ありか……?
これ以上聞くな的なオーラを感じる。
とりあえずあまり突っ込んだ話はしないようにしよう。少しずつ話してくれるのを待つ方が良さそうだ。
「金策は何か考えるからイアックは狩りに行ってきてちょうだい。でもその前に町を見て回りなさいな。リナちゃん、悪いけどイアックの案内をしてあげて」
「でもそんな場合じゃ……」
「ここで悩んでいてもいいアイデアなんて出ないわ。気分転換にもなるし、お願いできないかしら」
「……わかった。私もやることあるし、ついでに案内もやるわ」
「お嬢様、ありがとうございます。よろしくお願いします」
◇
ライフシード領は《ライフリー》という名の町が一つだけで特産もなく、観光ができる場所もなく、ただ面積だけはちょっと広めな領地だ。
ド田舎といった感じで土地の多くは山と森が占めており、そこから魔物がやってくるため常に脅威に晒されているとも言える。
そんな場所に町を作るなんてよく住民が集まったもんだと思ったけど、土地が安かったり人間同士の戦争とは無縁だったりと他にも色々メリットがあるそうだ。
そんなライフシード領のライフリーを案内してもらうため、今はお嬢様について歩いている。
「お嬢様、今はどこに向かっているのですか?」
「畑よ。もう着いたわ」
why?畑で何をしようと?案内するとこそこなの?
「私は畑の手伝いをするのが日課なのよ」
「なるほど?」
領主の娘さんが畑仕事をするのか。
本で読んだ感じと違うな。貴族の令嬢と言えば煌びやかな感じで泥に塗れる作業とは無縁だと思っていたから意外だな。
「リナちゃんおはよう。今日も手伝ってくれるのね。ありがとうね」
「こんにちはクルミおばさん。今日もよろしくね」
「そっちの男の子も昨日はご飯ありがとね。美味しかったわ」
「あ、はい。喜んでもらえてよかったです」
「さぁイアック。あんたも手伝いなさい」
おばあさんと親しげに会話した後、お嬢様はいそいそと着替えて畑仕事を手伝い始めた。
「お嬢様は普段から畑仕事を手伝っているのですか?」
「そうよ。でもここの畑だけじゃないわ。町中のみんなの手伝いをしてるの」
「そうだったんですか。なんでまたそんなことを?」
「食べ物がなくちゃ困るもの。他所から買うお金なんてないから自分たちで何とかしなくちゃ」
確かにお金がない状態で食べ物がないなら自分達で作るしかないだろうな。
若手がいないんじゃ力仕事もご年配の方々でやるしかないんだろうし、それは大変だ。
領主代理としての仕事もあるだろうに。それでもみんなを手伝うだなんて、お嬢様は領民のみんなを大切に思ってるんだな。
「お嬢様はとてもお優しいです」
「何よいきなり。って言うかあんた畑仕事やったことあるの?すごく手際がいいし疲れてる感じがしないんだけど…」
「はい、私も小さいですが畑を持ってましたから。畑仕事は慣れっこですよ」
神の園では食用の野菜を自分で育ててたからね。
シゲ爺の持ってた農業の本を読んだりもしたし。
「そう……。料理も狩りも畑仕事も出来るなんて多才なのね」
「多才ってほどではありませんよ。元々やっていたことだから慣れてるだけで。あ、でも体力にはちょっと自信があってあんまり疲れたりはしないんです」
大概の技能は60点くらいの出来栄えまではそれなりの努力で到達できるってじいちゃんが言っていたし、多分俺も60点前後の能力は持ってるんだと思う。
「リナちゃんありがとね。今日も助かったわ。ここはもう大丈夫よ」
「分かったわ。また来るからクルミおばさんも無理しないようにね。さぁイアック。次の畑に行くわよ」
「え?次?ちょっお嬢様!?」
お嬢様に手を引かれて畑仕事を切り上げる。素早く着替えを済ませてまた違うところに行くようだ。
話の終わりに「私にはそのくらいしかできないもの……」ってお嬢様がボソッと呟いたのが気になった。
その後もう一軒畑仕事の手伝いをした。
行く道ですれ違う人や畑の持ち主にたくさん話しかけられているお嬢様。
みんな笑顔を浮かべていて、言葉の端々からお嬢様への好意が感じられた。
「お嬢様、大人気ですね」
「みんないい人たちばかりなのよ。だから私も頑張らなきゃって思うの。……何とかしなきゃって」
何だかお嬢様が暗い表情になってきたな。思い詰めている感じだ。さっきみんなと話をしている時は笑っていたのに。
「……今日最後の手伝いに向かう前に町を案内するわ」
「はい。ありがとうございます」
おお、ついに畑以外の案内来たか。
俺はすごく楽しみなんだけど何故かお嬢様がどんどん元気なくなっていってるような?
「ここからがこの町のメイン通りよ」
「これは……」
お嬢様に連れられてきたメイン通りは飲食店、酒場、雑貨屋――だったであろう無人の建物ばかりだった。
「……ガッカリしたでしょ。今はどの店も閉まってるの。当然よね。他所ではもうこの領地はおしまいだなんて言われてるんだから」
「お嬢様……」
これが暗い顔してた理由か。
半年前は色々な商店が並び、若手がいて、治安も維持されていた。それが今は……。
「何にもできなかった。何もうまくいかなかった。今だって何も思いつかない。みんなを守らなきゃいけなかったのに」
メイン通りを見てお嬢様の想いが溢れて止まらなくなったようだ。独白は続く。
「商人に足元を見られたわ。必要なものを買いたくても高い値段でしか売ってくれなかった」
ありそうな話だ。商人とは先の利益を見て動き、先がないと見れば今を搾り取りにくると教わった。
つまり先がないと見て搾り取りに来られたのだろう。
「変な人が寄ってきたわ。お金を貸してやるって、だから領地を好きにさせろなんて言われた」
それは特にひどい。シドが危惧していた乗っ取りを企む人たちかもしれない。お嬢様が安易にそんな人たちと繋がっていたら領地は終わっていたかも。
「魔物被害も多発して、最近では盗賊も出たって聞いた。それなのに討伐どころか自衛する力もないの」
間引きしてないなら魔物はすぐ増える。盗賊のようなならず者は弱っている相手を襲う。どう見ても襲いやすい相手だったのだろう。
悲痛な表情。シドがいなくなって半年、苦悩しない日なんてなかったんじゃないだろうか。
「ライフシード領の現状を何とかしたくて必死に考えたけど、何も思いつかなかったわ」
急速に貧しくなっていく町、出ていく人、減っていく蓄え。
「どうにもならなくて、どうしていいかわからなくて、私が出せたアイデアなんて畑仕事を手伝うなんて言うその場しのぎだけだった」
ヤバい……見てられなくなってきた…。ほんとに辛そうだ。
何かいいこと言ってあげられれば良いんだけどな。良いこと…なんかいい話…こう言う時にかけてあげる言葉…うーんうーん。
………………
…………
……
いや、無理だって!俺には荷が重すぎ!何にも思いつかない!でもなんか言わなきゃダメだよね……この話聞いといて無言ってわけにもいかないよね。
「返済期限の近い借金だってあるし、今度は変なところから追加で借金しなきゃいけないかもしれない。
返す宛のない借金。返せなかった時にとんでもないことになるって分かっていても」
英雄譚からいい言葉を抜粋することはできるな。
でも俺、お嬢様と出会ってまだ1日なんだよなぁ……。
こんな関係性の薄い人からどっかから借りてきたような綺麗なだけの正論みたいなの言われてもお嬢様には響かないに決まってるよなぁ……。
…………よし、いいこと言うの無理!もういいや。俺の言葉で俺の考えを言おう。飾らないでそのまんま言おう。何とかなる、なってほしい、怒らないでほしいなぁ。
「私は無力なのよ」
「え?お嬢様は全然無力じゃないですよ?」
間髪入れずに否定してしまった。もういいやって思ったらスッと言葉が出てきた。俺はお嬢様が無力だなんて全く思ってないから。
「私がお嬢様がやってきたことに点数を付けるとしたら、100点満点中の100点だと思います」
「……え?」
「シドもお嬢様はよくやったと褒めていたじゃないですか」
「……それは建前よ」
「あまりご自身を卑下してはいけません。お嬢様は精一杯やったすごい人なんですから」
全部俺の本音。お嬢様は半年も必死になって領地を守ってきたんだから変に落ち込む必要はないと思うんだ。
「……どこがすごいって言うのよ」
「あれ?お嬢様?」
あれ?何だかちょっと怒ってる?会話の雲行きが怪しくなってきた…?
「あんたが言うの?初日からなんでもできたくせに」
「あ、いや、別に何でもはできてなくて、結構至らないところがあったと思ってるんですけど……」
「私のどこがすごいって言うのよ!馬鹿にしてるんじゃないわよ!」
そう言ってお嬢様は駆け出していってしまった。
「えええ……」
何で怒らせてしまったのかわからない。
「今の会話ってダメなの?何がダメなの……?わからない……」
1人残された俺。今の会話を振り返ってみるが、何がダメだったのかよくわからなかった。
「女心は難しいよ……」
俺はちゃんと女心を学ばなきゃいけないなと思った。
「今からお嬢様を追っていくのは違うよなぁ……。今は超嫌がられそうだ。仕方ない、狩りに行くかな……」
お読みいただきありがとうございます。
毎朝6時更新頑張ります。
苦戦していたことを別の誰かがすんなり上手くやっちゃうことってありますよね…。
そういう時ってその人はただ運が良かっただけだったり、実は単に経験者なだけだったりするんですよねぇ。
またお越しいただけたら幸いです。
よろしくお願いします。




